014 或いはそれは覚悟の中(3)
「言動が変わりましたね。それが素でしょうか」
「素……なんて、人によりますよ。現に、愛おしきマリア姉に見せる姿と、勝手に寝床を侵害する貴方では変わっても当然でしょう」
分かりやすくシオンは舌打ちをして、右手で乱雑にベッドを指す。少しばかり、その女性も悩んだ素振りを見せてから、それに従って座ってみせる。
「私を襲う気ですか」
「顔も分からない女に興味は湧かないな。まぁ、一瞬で人を殺す剣技に関しては興味があるけど」
その言葉を聞いて、女性が舌打ちをする。
空気を読めよという感情、それと同時に目の前の存在への疑念を強めるだけであった。女性としての矜持は確かにあるだろう。だが、それ以前に目の前の存在への興味の方が勝ってしまう。
「まるで、殺したところを知っているような」
「知っているよ。だって、来ないなら勝手にさせればいいだけの事だろ。分かっていてこない時点で、殺せないって示しているようなものだ」
その言葉は、一つの彼なりの答えでもある。
マップ……確かに彼女が姿を見せた時には彼も驚きはしただろう。一度たりとも映らずに目の前に現れたのだ。だが、それ以外の半端者相手では別の話である。
自身を探るように壁伝いを動いていた存在、マリアに連れられている時、横を通った彼でも視線に収める事は出来なかった。それでも、容易にマップへ映る相手に対して、微かな敬意すらも覚えるだけの覚悟は彼には無いのだ。
「では、来た時には」
「父様を愚弄出来る俺が無能だとでも」
当然、それもまた彼なりのハッタリである。
当然、未だに彼女がマップに映る事は無い。だが、だからこそ、そこまで察せられてしまう事が最悪の状況であった。反面、餌を殺されてしまった事への意趣返しもあるだろうか。
「……面白い方、ですね。まるで、リリーを見ているようです」
リリー、その名を聞いて彼の眉がピクリと動く。
知識だけ……それでも、リリーという存在もまた化け物に位置する存在であった。王国最強の騎士と聞かれた際に、最初に挙げられるような女性騎士の名前である。
「白百合騎士団長か。うーん、多分、俺と一緒とか言われても、普通は悪口にしか感じられないだろうから本人には言わない方がいいぞ」
「言いませんよ。私がどうこう考えようと、それを誰かに指示されるのは好みませんので」
女性の言葉に大きな溜め息を吐いて笑みを返す。
相手の感情ではなく、言われる事が面倒だと返す女性を多少なりとも面倒に感じながら、確かに彼は話していて楽しいとさえも思ってしまったのだ。
「シオン様」
「リオン……な」
隣に座ったリオンに驚いたのか、女性は少しばかり仰け反った。背後に置いた手……奇しくも、それは彼も押してしまったボタンと同じ位置である。
クルリと回るベッド……予想だにしない行動に体がリオンのもとへと向かう。優しく抱き留められ、フワリと動いたのは短な緑色の髪である。少しだけ鋭い目に、チラと見えた小さな耳に……確かに彼は見蕩れた。
咄嗟に抱き締めている現状に気が付き、彼女を押して顔を背ける。紅潮、確かに頬が異変とも言える程に熱を帯びている事を実感していた。
「変な機能、だよな。俺もそう思う」
「画期的、とも言えますけどね」
視線を戻したリオンの目には、確かに見えなかったはずの女性の顔が端に映っていた。顔は見えてはいなかったが、その優しげな声は一度、聞いた事のあるものである。
「私は結構、かなり、とてつもなく、今の貴方が大好きですよ」
好意の吐露、探るような視線を送るのも致し方ないのだろう。人を信じては、裏切られ続けられるだけの日々……それらが脳裏を過ぎって即座にリオンはハッと嘲笑した。
「綺麗な女性に褒められて光栄だね」
「本心は、何でしょうか」
笑み、どちらもただ単純に高揚しているのだ。いいや、その場に漂う甘い空気に酔い、溺れているだけなのかもしれない。
「マリアを守れる手札が手に入った、だが」
「ふふ……非力なれども」
女性は片膝を地面について、リオンの右手を奪って口を付けた。そのまま、足に手を伸ばしたところで腕を引かれて行為を止める。
静かな視線、それに従い、髪を右耳にかけ直して隣へと座る。フワリと漂う香りは、彼女本来のものだろうか……とても甘く、彼の鼻腔を突く。
「いいねぇ、王国最強と戦うのは非力の集まりだなんて……物語の始まりとして最高だろ」
「お任せを……その時には───とお呼びください」
耳へ届いた声、それは彼の表情を確かに変化させた。忠義のために示した言葉……彼もまた、放って置かれた彼女の右手を手に取って口を開く。
「もし、もしもだ。何もかもが嫌になった時に」
「……随分な弱音を吐きますね」
どちらも顔は動かさない。
だが、笑っているのは確かだった。
「人って言うのは存外、脆いよ。俺も、俺以外も」
「否定……出来ないのが、恐ろしいところです」
リオンの開いた口が閉じた。言えない本音、素直な君だから気を許せる等と伝えるには心が持たないのだ。───誤魔化すように彼は伝える。
「俺、嘘吐きも取り巻きも嫌いだから……勝手な女の方が話しやすくて、楽しくて助かるよ」
素直な言葉、それを聞いて女性はニコリと笑う。
態と押したボタン……グルンと回転したベッドに対してリオンを手を引いて押し倒される。美しい女性が眼前にいる状態、生唾を飲んでもおかしくない中で動転しているリオンを置いて笑う。
「このまま、襲いますか」
「しねぇよ!」
ハッと、起き上がって顔を逸らす姿に、確かに笑って、その一センチ隣へ彼女は座る。その耳へ一言だけ何かを呟くと転がっていた頭を持って女性は部屋を後にした。
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