013 或いはそれは覚悟の中(2)
「さて、と……」
ピンクのベッドに腰掛け、大きな溜め息を吐く。
良い匂い……というには、甘ったるく気持ちの悪いものであった。残った彼女の匂いだけを肺いっぱいに取り込んだ後、シオンはステータスを開いた。
シン・ルール……シオンの父である彼との記憶は残ってはいないが、その実態に関しては知識として残っている。
五百年という歴史を持つ由緒正しきデューア王国の王の実弟……そして、活躍から僅か八歳にして公爵家として花開いた化け物、世界最強の存在でもある。
「歴戦負け無し、か」
七歳の実戦から一度も負けを知らない猛者。
交渉の場で嘘を見抜く真の洞察眼の持ち主。
戦闘も交渉も、どちらにおいても敗北を知らない彼は、一人で名前の通り、共通のルールとなっていた。故に与えられた二つ名は───
「傲慢なる主……国王を兄に与えておいて随分な名前じゃないか。まぁ……そんな奴と戦う必要がある訳だけど」
独り言、だが、当の本人は満面の笑みだった。
高揚、興味……相手がどれだけの存在なのか、それだけに尽きるのだ。今までの経験と知識を踏まえても勝てないのか……真の偉人との対談には何が必要なのかが、純に彼の心を動かしてしまう。
「って、要らない機能だな……昭和かよ」
回転するベッド、回る視界……横になった時に当たったボタンは、気味の悪い効果を齎すだけのものであった。知識として得ているだけの遺物とも言えない笑い種でしかないものだ。
「俺にノーパンしゃぶしゃぶでもやれ、と」
フッと笑みが零れる。実姉とはいえ、思い出も無ければ一人の女性としか、彼は見れないのだ。彼女がしてくれるとなれば……そこまで考えが回って強く頭を搔いた。
「むしろ……強み、か」
情、その弱さは嫌という程に彼を苦しませ、同時に多くの者を狂わしてきた。嫌な経験……とはいえ、確かに必要な事でもある。
ステータスを開き、とある言葉を打ち込んだ。
それは【スキル】……ステータスの中にあった異能の力である。絶対的な知能への自負、それでも相手は化け物と名高い偉人なのだ。その相手を前に準備をしない等、愚者すらも笑われるような行いでしかない。
「少なくとも……本当に金があって助かるな」
起き上がり、机前の椅子に座ると引き出しから十数枚の紙とペンを取り出す。幾つかのピックアップしたスキル名を羅列して記入し、その金額を横に書き並べていく。
並べ、必要なものに丸を付けては大きな溜め息を吐いて頭を搔く。金はある……だが、全てを揃えるには足りないのだ。スキルという時点で技術的なもの、つまりは補助具としての機能だと彼は察したが……。
「相手の……弱さを突くしかない、か」
汗が垂れる、その視線は少しだけ覚束無い。
弱さ……確かに自身も、奥の手も切り札としては十分なものである。だが、それは同時に彼への弱点でもあった。もしも、その手で壊される可能性を踏まえれば……。
「守る……もう、負けねぇ……!」
脳内に過ぎったのは嫌な記憶、負け犬の声。
大切な女性に嫌われ、去る姿を見る事しか出来なかった弱さだけが彼の心に傷を付ける。痛く痛く、二度とは味わいたくない屈辱……だからこそ、その眼をキツく締めた。
「ははっ……いいね、俺の強みじゃないか」
エルザとの会話、その時に彼は理解した。
得た経験は確かに力を発揮する、と……同時に切り札を行使したとしても、負けなければ良いのだと感じたのだ。何故ならば、目の前にある光景は成し遂げられるだけのものだと内面から理解させられてしまう。
「傲慢、か……どっちが、だろうな」
視界の先にあった九つは全て灰色となっていた。
検索に入れたスキル名、七つの大罪のどれもが確かに購入出来ない色を示している。他二つを含めても全てが購入出来ないのだ。同時に傲慢のみが称賛を見れる状態となっている。
「ほぼ、読めない状態……でも、所有者は……」
シン・ルール、実の父の名前である。
本物の傲慢が目の前におり、人として傲慢に生きた偽物が知識を得ているだけ……その状態がどれだけ恐怖と興味に繋がるだろうか。
「傲慢、大逆者の力を持つとすれば……はは、詳細は分からないけど……」
紡ごうとした言葉、同時に自嘲して笑った。
過去の自分……自身の能力を過信した故の結末を知っているのだ。もしも、それと同様にステータスという形で力を視覚的に知らされる世界は、彼の心を揺さぶり昂らせるには十分だった。
そのまま、幾つかのスキルを購入した後に紙をクシャリと潰して入口へ投げ捨てる。トントンと落ちる姿を眺め、背もたれに体を預けると微かな独り言が漏れた。
「人を助けない神モドキが、人に勝てるとでも」
「随分な物言い、ですね」
それに答えたのは一人、剣を腰に差す女性は顔も姿も分からない状態であった。一瞥、その視線に恐怖等は少しも無い。あるのは明らさまな煩瑣的感情のみである。
「勝手に部屋に入る君に言われたくないな」
「……これに気が付かない方を守らなければいけない、そんな私の気持ちも汲んで欲しいものですが」
ドサリと音がした。同時に一つの首が転がる。
その目は恐怖一色に染まっており、傍から見れば女性の行いこそが随分な物と言えなくもない。だが、それを見て軽く頭を押さえてから笑って視線を向ける。
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