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水中ジャンプ

年があけてからのシャックルトン警備隊第3中隊はひたすら忙しかった。

宇宙法制、シャックルトンの地勢教育から始まり、打ち上げのための体力調整、疑似無重力訓練等々。

建徳9年10月からのシャックルトン警備を見据えた2回の練成滞宙のための準備訓練。


中隊としても2年ぶりであるから、かなりの熱の入れようだった。

が…


「中隊長げんなりしてんな。」

「上番間にシャックルトン警備できなかったもんな。」

「訓練やるだけやって3月に交代じゃあ面白くないだろうな。」


3中隊長岩倉1尉は建徳7年3月に3中隊長に上番し、8年度のシャックルトン警備を担任する予定だったのだが、空幕の意向で延期となり、上番間にシャックルトン警備をすることなく、建徳9年3月に下番する。


「CS(幹部が昇任するための教育課程)合格逃したら、チュウも踏んだり蹴ったりだな。」

これが最近の中隊本部の主な話題だった。


その陰鬱な岩倉1尉一行は北防府基地で疑似無重力訓練を受けていた。


「バルブよし。パッキンよし。原田気密よーし!」

「バルブよし。パッキンよし。村田気密よーし!」

「バルブよし。パッキンよし。川路気密よーし!」

班員の報告を受け、加勢士長が大谷3曹に報告する。

「2班気密よーし!」

各班の報告を受けた分隊長の大谷3曹は先任空曹の山本1曹に分隊の気密よしを報告する。


去年警備隊に補給された42式気密服は旧式よりもスタイリッシュなデザインで、軽量化されている。

21世紀初頭の船外活動服は120kgあったが、42式気密服は50〜60kgである。

しかし、なお重いため42式気密服には新型のアシストマッスルが組み込まれ、使用者の動きを補佐している。

このため、使用者は、たとえ加勢のような体格のものでも機敏に動くことができる。


「できるって言ったじゃないですかー!」

「慣れ、だな。」

加勢が大谷3曹に無線で苦情を言う。


水中に再現されたシャックルトンクレーターのリム(縁)を警備行進する大谷分隊。

水面から差し込む青い光。

排気の気泡。

透明度を高めてはいるが、なお鮮明ではない視界。

今はそれらのすべてが加勢にとって腹立たしかった。


アシストマッスルは使用者の筋肉に走る微弱電流を読んでくれるのだが、加勢のアシストマッスルはどうも読んでくれてなさそうだった。

地上訓練ではうまくいったはずなのだが。


加勢だけが行進から遅れ気味だ。

後ろをチラチラ見てしまう。模擬45式小銃がずっしり重い。

低重力下用小銃は20式小銃の2倍の重量がある。

高性能電池を内蔵し、超電磁弾を放つことができる。

地上では許されない重量での設計が可能にした性能だ。


しかしアシストマッスルがうまく機能していないので、その重量が加勢の筋力を徐々にむしばんでいく。

加勢は焦りにだんだん飲み込まれていった。

班員に情けないところは見せられない。


「班長殿」

川路が加勢に無線で話しかける。

「どした、川路」

「システムメニュー開いてください。」

「開いた。」

「手入力でcpt/allと入れてEキー」

加勢は右手親指を手袋から抜いて操作コマンドを入れる。

加勢のアイモニタに半透明のコマンドが表示される。

「どうすんの。なに?」

加勢の不機嫌な声が川路のイヤホンに届く。


川路はシステム画面に直接入力する設定を加勢に口頭で伝える。

疲労した加勢は言われるがまま、システムに入力をする。


商社時代に扱った商品に積まれたものとだいたい同じシステム。川路は思い出す。

座学でタブレットに落としたシステム概要をみて、加勢班長の規格外の小柄な体格に適応させたプログラムをついつい作ってしまった。

既成プログラムだと多分不具合がでるだろうな、と。


一介の2等空士が教育で習っていないことについて口出しするのもどうかとだまっていたが、加勢班長の歩みの重さは流石にみかねた。


「班長殿、最後にrunと入力してEキーです。」

加勢がEキーを押すと画面はもとに戻り、半透明のコマンドは消え、一気に体が軽くなった。

 

唐突に軽くなったので、加勢は3歩4歩、スキップし、バランスを崩したので小ジャンプをした。


「加勢、ふざけるな!」

先任空曹の山本1曹が加勢を無線で指導した。

「すみません!」


べつにふざけたわけではないし、楽しかったのでスキップジャンプをしたわけではない。

ないのだが、加勢はあらためてスキップジャンプで警備行進をしたくなった。


こんなに軽いのか!

これなら踊れるじゃん!


陰鬱な気分は台風が一過した青空のごとく晴れる。


加勢は怒られついでにジャンプした。

川路は察して手を差し出す。

ハイタッチ


ここにもうひとり陰鬱な人物

岩倉1尉は部下の誰かがはしゃいでいるのを横目に、行進最後列を歩いていた。


どうせ本物のシャックルトンクレーターを歩くことはないのに、我ながらご苦労なことだと、今日は朝から自嘲しっぱなしである。


「岩倉」

岩倉1尉に呼び捨ての無線が入った。個人通話だ。

「はい、こちら岩倉1尉」

声の主は1科長外崎3佐だった。

「良い知らせと嬉しい知らせがある。どっちから聞く?」

この陽気な先輩とはあまりウマがあわない。

幹部候補生学校に行く際、いろいろ資料をくれたが、開いてみると大半は奈良の街でいかにして遊ぶかという資料だった。

もっとも、寂れた奈良の街でそれは重宝したのだが…


などとあれこれ思い出しながら、岩倉1尉はこんな時にまたなんだと、少々不貞腐れて答えた。

「それじゃ良い知らせからお願いします。」

「CS合格だ。晴れて95期。俺を抜けるぞ岩倉1佐!」


喜びを押し殺し、岩倉1尉は続けて嬉しい知らせを尋ねた。

「次に3中隊長をやる予定のどっかの1尉が借金と女遊びがばれて人事が吹っ飛んだ。」

「つまりなんですか。」

岩倉1尉は聞くまでもない答えをもとめた。

「続投だ。お前にはシャックルトンクレーターを歩いてもらう。」


山本1曹が加勢のジャンプを叱りつけている後方で中隊長が大ジャンプをしていた。




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