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川路救出作戦

一昨年建ったばっかりの真新しい隊舎。北防府基地業務群から借り受けた事務室。

ここが3中隊水中訓練隊本部だった。


しっかりとした空調は年度末の底冷えを全く感じさせない。


「えーはいはい。問題ない。問題ないんですね。え?川路。川路はうちにいますが。

おい、川路。川路呼べ!」

中隊システム員の倉田2曹に大声で呼ばれ、水中訓練隊本部にのそりと川路がきた。


「川路2士入ります!」

「はいれ。川路、お前に電話や。シャバん人や。藤重工システムズん人で奥村さんちゅう人や。」


ー藤の奥村かー

川路の同期だ。しかし川路は顔に出さない。


受話器を渡され川路はよそ行きの声で挨拶をする。

「3中隊の川路です。

はい。はい。まあ、口調は、ここではそういう立場やけんですね。はい。先輩がた?みなさん頼もしゅうして。いろいろ教えてくれて助かっとりますよ。はい。では。まあ、また今度お会いしましょ。え、かわらんでいいですか。」

電話が切れた。


「倉田2曹、電話終わりましたが。代わらなくてよかったですか。」

「ええよ。話は終わっとったけん。しかし、アレか。前ん職場の知り合いやったか。」

「はい。入社同期でした。」

「そのわりによそよそしいしゃべり方やったな。」

「いくら仲がよくても、ここで同期風吹かせて話すのは、はばかられまして。」


「殊勝なやっちゃな。ところで先輩方は頼もしゅうあるか。」

倉田2曹はあきらかに加勢のことを言っていた。

「はい。理想の先輩です。いろいろ教えられて、助けられています。」

「気密服は逆に助けたじゃないか。勝手なプログラムで。まあ、それは藤さんから問題無しと回答もらえたから、かまわんが。」

「その件はお手数おかけしました。人には得手不得手がありますので、加勢士長が苦手で自分が得意なことがあれば骨身はおしみません。」

「よっしゃ、行ってよし!」


倉田2曹は話を切り上げて川路を解放した。


水中訓練で川路が加勢に施した、仕様にないプログラムの安全性の確認のため、隊本部が藤重工システムズに照会をしたのだが、そもそも安全性は大丈夫かと隊本部に照会したのが倉田だった。


倉田は自衛隊の流儀外のことをした川路にあまり良い印象がない。


北防府に来て10日。

今晩は宴会。

水中訓練の慰労会兼ねて中隊長続投祝い兼ねて練成滞宙への団結会、か。


府中の宇宙作戦団本部から異動してきた倉田には、3中隊のゆるい雰囲気が我慢ならない。

まあ、現場部隊はこんなもんなのだろうとは思うのだが、2等空士の暴走。それも、一歩間違えば死に直結しかねないシステム変更がこの程度の騒ぎで済むというのが納得いかない。


納得いかないまま日は暮れていく。


基地内の厚生クラブにある民間チェーン店の居酒屋で宴会が始まった。

会場の飾り付けや食べ物、瓶ビールなどの配膳は加勢達が張り切って店を手伝ったものだ。


「えーそれでは乾杯の挨拶を先任の徳田曹長にお願いしますー」

幹事の峯田1曹が長い長い司会の末にようやく乾杯に移ってくれた。


徳田の乾杯でようやく酒にありつけた中隊の面々はスタートダッシュを切るように次々に酒を飲み干し、料理を平らげていく。

会場は喧騒に包まれ、冗談や噂話が飛び交う。


その中で大谷3曹と川路2士がこんこんと倉田の説教をくらっていた。

システム操作の危うさ、部下のアシストマッスル調整を地上で確認しなかったこと。その他、気づいたことは何でも。

時折、大谷が倉田に酒を注ぎ、倉田が注ぎ返す。

川路はずっと座って頭を垂れている。垂れているけど、倉田達より頭の位置は上だ。


大谷と川路のことなら責任は山本1曹にあるのだが彼はうるさ型の倉田が苦手で離れて飲んでいる。

「ま、倉田の言うことも、もっともなことだし。」

くらいに思っている。


加勢は同期や仲の良い先輩と飲んでいた。加勢は酒が苦手なのでドリンクバーでいろんなジュースを試している。

酒が回って真っ赤な顔をした先輩の津志田が加勢に「お前んとこのあれ、あいつ。ずっとクラタンに絡まれてんな。」と指差しジェスチャーをした。

津志田は3つ上のWAF(女性航空宇宙自衛官)の先輩で、ヤンキー趣味だ。口調がぶっきらぼうなのにちょっと憧れる。


倉田2曹の説教はずっと気にはなっていた。しかし、流石に本部の2曹。それもうるさ型の倉田が正論をぶつけているのを止める方法はない。

自分を助けてくれた川路やいつも世話になっている大谷に対して忸怩たる思いだ。


「お手本みせよっかね。」

津志田が倉田に瓶ビールを持っていった。

なにやら雑談して、お酌をすると険しい顔をした倉田が相好を崩して笑うではないか。

津志田は一礼して戻ってきた。

「クラタン、結構露骨に女好きだから、あんな感じなんだぜ。」


よっし!

加勢は両手で頬をたたいて気合を入れて瓶ビール片手に突っ込んでいった。

「失礼しまーす!」

虎の子の唐揚げを倉田に差し出す。

「お話中すみません、倉田2曹!是非宇宙作戦団本部のこと聞かせてください!」


さっきの津志田とは勢いが違う。

倉田は面食らった。

まだ大谷らに言い足りないのだが、宇宙作戦団のことを是非聞きたいという若いのがいるなら、教えてあげねばなるまい。

ビールが頭に回りきった倉田は加勢にあれこれ話し始めた。


いつしか倉田の弁には熱が帯び、加勢は倉田の肩をもみ、上機嫌のうちに大谷は川路を連れて脱出した。


宴会も終わり、加勢達も会場の後片付けを終え、三々五々、外来隊舎に戻る。


途中、一人歩いていた加勢に川路が追いついた。

「加勢士長、今日はありがとうございました。」

「あーあれ。倉田2曹に捕まってたやつね!」

「はい。加勢士長が来てくれてどんなに心強かったかわかりません。」

加勢は上機嫌で胸をたたいた。

「いいってことよ!」


しかし

「加勢士長」

川路が妙に真面目な声を出す。

「なに、川路」

「加勢士長。女を安売りするもんじゃありません。」

「え」

「すべて、宴席の余興みたいなものと思いますので、不粋な事だと思いますが。加勢士長。あんなことをしてはいけません。」

加勢は黙りこくる。


「あんなやり方で人間関係を良くしようとか、なにか解決しようとか、それはいけません。加勢士長。助けていただいたことは感謝してもしきれません。しかし、自分は中隊で一番下の人間です。倉田2曹のような方からああやって言われるのも、つとめのひとつです。放っておいて構わなかったのです。」

加勢は固まって動けない。


「いえ、すみません。加勢士長。言わなくていいことを言ってしまったかもしれません。

今日はありがとうございました。」

川路は深々と一礼して去っていった。


あとには加勢が残された。

基地の淋しい街灯が加勢を照らす。

ハッと我に返った加勢は、とぼとぼと女性自衛官隊舎に戻っていった。


ベッドの中で加勢はしばらく寝付けなかった。

津志田のいびきがうるさかったからではない。

自己嫌悪と悔しさ。

寂しさがが加勢の胸の内を渦巻いた。

めそめそ泣いているうちに気がついたら加勢は寝ていた。


翌日3中隊は肝付へ帰っていく。

年度がかわればいよいよ練成滞宙が始まる。

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