第96話「地獄の配属先」
試験の終わり際、訓練場に残っていた騎士が受験者たちへ告げた。
「合否は明日、昼前に詰所前へ張り出す。番号があった者は、昼の鐘までにここへ集まれ。以上、解散!」
ざわめきが広がる。
受かったのか、落ちたのか。
誰にもまだ分からない。
ユウヤはその声を聞いた瞬間、張り詰めていたものがぷつりと切れた。
「……もう限界だ」
「ユウヤ?」
「寝る」
それだけ言って、ユウヤはふらふらと宿へ戻った。
部屋に入る。
靴も半分脱ぎっぱなし。
飯を食う気力もない。
そのまま寝台へ倒れ込む。
「……」
気絶だった。
本当に、一瞬で意識が落ちた。
一方、レオルドはまだ少し落ち着かなかった。
筆記は何とか埋めた。
実技もたぶん問題なかったはず。
だが、だからといって受かる保証はない。
「うーん……」
「大丈夫だって」
酒場の前で、カレンが笑う。
「昨日あんなに頑張ってたんだし、きっと受かってるよ」
「だといいのですが……」
「結果が出ないと不安なんだよね」
アルヴェルトが苦笑した。
「そうなんですよ」
レオルドは真顔で頷く。
だが、結局そわそわして落ち着かず、何故かその日も酒場でミレナに捕まり、普通に働かされた。
「はい、そっち葡萄酒二つ!」
「はい!」
「お釣り!」
「銅貨二枚です!」
「マシになってきたじゃない!!」
怒られ、褒められているのか分からない評価を受けながら、気づけばくたくたになっていた。
その夜は、そのまま従業員室の寝台へ倒れ込んで眠った。
翌日。
昼前。
詰所前の掲示板には、人だかりが出来ていた。
受験者たちが番号を探して、押し合うように前へ出る。
番号があった者は喜びの叫びを上げ、無かった者は下を向いて去っていく。
ユウヤはまだ少し死んだ顔のままだった。
レオルドは逆に妙に緊張していた。
「見えません……」
「押すなって……」
その時だった。
「……あっ」
レオルドが声を漏らす。
「ありました」
「何番だ」
「三〇〇番と……三〇一番」
ユウヤが顔を上げる。
確かに、あった。
掲示板の中ほど。
合格者一覧の中に、三〇〇と三〇一の数字が並んでいる。
その瞬間ベルトから小さく音が鳴る。
『クエストクリア:帝国騎士団の入団試験に合格せよ』
『ヒーローポイント15を獲得』
『現在のヒーローポイント : 60』
「やったじゃん!」
カレンが先に喜んだ。
アルヴェルトも小さく息を吐く。
「よかった。本当に」
レオルドはしばらく掲示板を見つめていたが、やがて感慨深そうに呟いた。
「とうとう私が騎士に……」
ユウヤが半目のまま振り向く。
「お前……騎士になるんじゃなくて潜入するんだぞ?」
「はっ!! そうでした……」
「大丈夫か? お前……」
昼の鐘が鳴る頃、合格者たちは訓練所前へ集められていた。
百人あまり。
千二百三十六人いた受験者の中から、ここに残ったのはわずか百八名だけだった。
全員が緊張した面持ちで整列している。
その前方に設けられた壇上へ、一人の男が上がった。
空気が、変わる。
ざわめきが自然と止む。
重たい鎧。
高い背丈。
白に近い灰色の髪を短く刈り込み、眼光は鋭い。
立っているだけで、周囲を圧するような存在感があった。
「あれが……」
誰かが小さく呟く。
「帝国騎士団総長だ……」
男は壇上の中央で立ち止まり、合格者たちを見下ろした。
その視線だけで、何人かが思わず背筋を伸ばす。
帝国騎士団総長ヴォルクハルト。
帝国騎士団を束ねる男だった。
「諸君」
低く、腹に響く声が訓練所へ広がる。
「本日ここに立っている時点で、諸君は凡百の受験者ではない。たゆまない努力をし、騎士になれる素質を持つ者たちだ」
誰も口を挟まない。
「だが、それだけで帝国騎士にはなれん」
ヴォルクハルトは一歩前へ出た。
「騎士とは、国の剣であり、盾であり、秩序そのものだ。自らの名を飾るために剣を振るう者もいよう。家を守るためにここへ来た者もいよう。飢えぬために志した者もいるだろう」
その声は静かだが、妙に重かった。
「理由は問わん。だが、覚えておけ」
ほんの一瞬、訓練所に張る空気がさらに鋭くなる。
「帝国は今、力を必要としている。遠からず、諸君らもその力を使う時がくるかもしれん」
ざわめきは起きなかった。
だが、何人もの顔色がわずかに変わった。
ユウヤは重たい頭の奥で、その一言を引っかける。
――遠からず。
――力を使う時。
戦の匂いがした。
ほんの少し。
だが、確かに。
ヴォルクハルトは続ける。
「今日より諸君は騎士見習いとして扱われる。まずは各騎士団の宿舎へ入り、先輩騎士の下で雑務と基礎を学べ。掃除、配膳、武具の整備、訓練の補助。全て騎士の務めだ。嫌なら今ここで帰れ。今ならまだ間に合う」
誰も動かなかった。
「よろしい」
ヴォルクハルトが小さく頷く。
「では、配属を始める」
名前ではなく、番号で呼ばれていく。
「七番、第一騎士団」
「十四番、第二騎士団」
「二十一番、第五騎士団」
次々と振り分けられ、合格者たちは担当の騎士に連れられていった。
やがて、
「三〇〇番」
ユウヤが顔を上げる。
「第五騎士団」
「三〇一番」
レオルドが背筋を伸ばす。
「第三騎士団」
「はい」
二人の視線が一瞬だけぶつかる。
「別れちまったな」
ユウヤがぼそっと言う。
「何団体かに分かれてるんですね」
レオルドが素直に言った。
「みてえだな」
「後で会えますかね?」
「知らねえよ。とりあえずお前は馴染むことだけを考えとけ」
「了解です」
そこで二人は分かれた。
レオルドを迎えに来たのは、銀縁の眼鏡をかけた若い騎士だった。
背筋はぴんと伸び、鎧もよく磨かれている。
いかにも真面目そうな男だ。
「第三騎士団のクラウスだ。今日からしばらく、お前の面倒を見る」
「レオルドです。よろしくお願いします」
「挨拶はいい。付いてこい」
言葉は短いが、冷たくはなかった。
第三騎士団の宿舎は、外から見ても整っていた。
壁は白く、廊下は静かで、武具もきちんと並べられている。
歩いている騎士たちもどこか洗練されていて、声を荒げる者が少ない。
「……静かですね」
レオルドが素直に言うと、クラウスは少しだけ首を傾げた。
「第三は規律を重んじる。騎士団の中でも、特に結果を求められる場所だ」
「なるほど」
「お前は試験で目立っていた。期待もされるし、見られもする。軽率な真似はするな」
「分かりました」
「あと、伝えておくが、お前の筆記の成績は最下位だったぞ。騎士団は事務仕事もある。覚悟しておけ」
そう言いながらも、クラウスの口調には少しだけ面倒見の良さが滲んでいた。
レオルドは、悪くないかもしれないと思った。
一方、ユウヤを迎えに来たのは、大柄な騎士だった。
使い込まれた鎧には傷が多く、肩には木剣を担いでいる。
目つきも鋭く、近づくだけで圧がある。
「三〇〇番か」
「……そうだけど」
騎士の目がすっと細くなる。
「なんだ、その口の利き方は」
空気が一気に冷えた。
「ここをどこだと思っている!懲罰室に放り込まれたいのか?」
ユウヤはすぐに表情を引き締める。
「……失礼しました」
騎士はしばらく無言でユウヤを見下ろしていたが、やがて鼻を鳴らした。
「第五騎士団のガルドだ。付いてこい」
「……はい」
「返事はもっとはっきりしろ」
「はい!」
ガルドは木剣を肩に担いだまま踵を返す。
「第五に来た以上、新入りに甘い歓迎はない。覚えておけ」
ユウヤは小さく息を吐いた。
どうやら、ハズレを引いたかもしれない。
第五騎士団の宿舎へ着いた瞬間、ユウヤは顔をしかめた。
うるさい。
中がとにかくうるさかった。
笑い声。
怒鳴り声。
木剣のぶつかる音。
どこかでは賭け事までしているらしい。
廊下には適当に脱ぎ捨てられた靴。
壁には傷。
第三とは比べものにならないほど雑然としている。
「なんだここは……」
「これが第五だ」
「……失礼しました」
「ふん」
ガルドはそう言って、部屋の扉を蹴るように開けた。
中にいた騎士たちが一斉にこちらを見る。
「お、新入りか?」
「試験で寝てたやつじゃねえの?」
「変な格好になったの、こいつだろ?」
ユウヤのこめかみがぴくりと動く。
もう知られている。
最悪だった。
(もう噂回ってんのかよ……)
ガルドは面倒くさそうに顎をしゃくる。
「今日からこいつは俺の下だ。とりあえず水汲みと武具磨きからやらせる」
「承知しました」
「ほう。今度はちゃんとしてるな」
部屋の奥から笑い声が上がった。
ガルドは木桶を放って寄越す。
重い。
「井戸は裏だ。三往復」
「承知しました」
「口は丁寧でも顔が不満そうだな」
「気のせいです」
「気のせいじゃなかったら四往復だったぞ」
「……ありがとうございます」
「礼はまだ早い。終わってから言え」
ユウヤは無言で木桶を持ち、部屋を出た。
その頃、第三騎士団の宿舎では。
レオルドが荷物を置いた部屋は、驚くほど普通だった。
寝台。
棚。
水差し。
無駄のない整理。
クラウスは必要な物の場所だけ説明すると、最後に短く言った。
「昼から訓練だ。それまでに制服へ着替えろ。訓練の後、昼食だ」
「はい」
「分からないことがあれば聞け。くだらないこと以外なら答える」
「昼食はおかわりできるのですか?」
「……可能だ」
そう言って部屋を出ようとしたクラウスが、ふと立ち止まる。
「それと」
「はい?」
「第三は頭を使う仕事も多い。書類仕事から逃げられると思うな」
それだけ言い残して、静かに扉は閉まった。
レオルドはしばらく黙っていた。
「……では、何故私はここに配属されたのでしょうか……」
その呟きは、誰にも聞かれなかった。
一方で、第五騎士団では。
ユウヤが早くも木桶を抱えて走らされていた。
「遅えぞ新入り!」
「次は武具庫だ!」
「おい、それ終わったら洗濯物も運べ!」
「……はい!」
理不尽だった。
着いたばかりなのに、休む暇がない。
しかも口の悪い連中ばかりだ。
だが、手は抜けない。
抜けば余計に面倒になるのが見えていた。
ユウヤは奥歯を噛みながら、黙って動き続けた。
その途中、廊下の隅で細身の見習いが年上の騎士に小突かれているのが目に入る。
「ノロいんだよ!」
「す、すみません……」
ユウヤの足が一瞬だけ止まる。
だが、今はまだ動けない。
余計なことをすれば、潜入どころではなくなる。
「……チッ」
小さく舌打ちして、ユウヤはまた走り出した。
こうして、二人の騎士見習い生活は始まった。
片や、規律と結果を重んじる第三騎士団。
片や、荒っぽく理不尽な第五騎士団。
配属された場所は真逆だった。
そして、その違いは、二人が思っている以上に大きかった。




