第83話「再会」
ギルドの隠れ家は、王都の外れにひっそりと建つ古い宿舎だった。
表から見れば、もう使われていない建物にしか見えない。
壁はくすみ、窓枠もところどころ傷んでいる。
だが、中は最低限の手入れがされていて、寝台も、水も、灯りもあった。
セシルは奥の部屋へ運び込まれ、治療師が改めて様子を見ている。
扉が閉まり、少しだけ静かになった廊下で、ユウヤはようやく息を吐いた。
広間の方から、足音が駆けてくる。
「リアさん!」
真っ先に飛び込んできたのは、エマだった。
顔を見た瞬間、リアの張り詰めていたものが切れたみたいに震える。
「エマさん……!」
次の瞬間には、リアはエマに抱きついていた。
エマもすぐに抱き返す。
細い肩を包み込むように、強く、強く。
「よかった……! 本当によかったです……!」
リアは声にならないまま、エマの服をぎゅっと握りしめた。
泣くのを堪えているのか、肩が小さく震えている。
その横で、グレッグはルークを見た。
しばらく何も言わなかった。
それから、いつものぶっきらぼうな手つきで、ルークの頭をくしゃっと撫でる。
「無事でよかったぜ」
短い一言だった。
ルークは一瞬だけ目を見開いて、それから小さく笑った。
「……はい」
声が少し掠れていた。
トムも、ようやく息を吐く。
「ほんと、どうなるかと思いましたよ……!急にいなくなって、みんなずっと落ち着かなくて……」
ルークはそんなトムにも、小さく頭を下げた。
「……すまない」
「いや、そこ謝るとこじゃないっすよ!」
トムは慌てて首を振る。
広間の空気が、そこで少しだけ緩んだ。
攫われていた二人が戻ってきた。
それだけで、みんなの顔から張り詰めたものが少し落ちる。
ユウヤはその様子を見て、ようやく肩の力を抜いた。
その時、奥の部屋から治療師が出てくる。
全員の視線が一斉に向いた。
「セシルさんは!?」
リアがエマから離れ、半歩前に出る。
治療師は頷いた。
「ひとまず命は繋がっています。まだ目は覚ましていませんし、油断はできませんが……少なくとも、今すぐどうこうという状態ではありません」
その瞬間、広間にいた全員が目に見えて安堵した。
エマは胸に手を当てる。
トムは力が抜けたように壁へもたれた。
グレッグも腕を組んだまま、ふっと短く息を吐く。
「そうか……」
誰が言ったのかも分からないくらい、小さな声だった。
ユウヤもそこでようやく息を吐いた。
「よかった」
短い言葉だったが、それで十分だった。
だが、安堵が広がったその直後、グレッグが苦い顔で呟く。
「……店、めちゃくちゃだろうな」
トムも悔しそうに俯く。
「何も出来なかったっす……」
エマも、リアの肩に手を置いたまま少しだけ目を伏せる。
だが。
「そんなもん、またやり直せばいいだろ」
ユウヤがあっさり言った。
みんなが顔を上げる。
ユウヤは眉一つ動かさない。
「店が潰れたならまた建てればいい。厨房が壊れたなら直せばいい。レグナ麺が出せなくなったなら、別の場所でまた出せばいい。そんなことより、お前らが無事でよかった」
その言い方には、まるで迷いがなかった。
エマの目が少しだけ揺れる。
トムも、ぽかんとした顔でユウヤを見る。
グレッグは口の端を少しだけ上げた。
ユウヤはそこでほんの少しだけ視線を落とした。
「あと……巻き込んですまなかった」
真っ直ぐな一言だった。
グレッグが鼻で笑う。
「何言ってやがる」
それから、いつもの調子で言った。
「子供二人助けるために突っ込んだんだろ。だったらそれでいいじゃねえか」
「そうっすよ!」
トムもすぐに続く。
「店はまたやれますって! ていうか、ユウヤさんがその気なら、なんだかんだどうにかなりそうですし」
エマも小さく頷いた。
「はい……私も、そう思います」
ユウヤは小さく鼻を鳴らした。
「当たり前だ」
その一言で、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らぐ。
だが、その空気を長くは置かないように、壁際で腕を組んでいたヘルガが口を開いた。
「再会を喜ぶのはいいが、状況が良くなったわけじゃない」
和らいでいた空気が、また静かに張り詰める。
ルークの顔が引き締まり、リアもエマの袖から手を離した。
ヘルガは低く続ける。
「お前らが無事だったのはよかった。セシルも、ひとまず生きてる。だが、王都の状況は最悪だ。今は隠れ家に入れたからいいが、ここから先を考えねえと終わる」
ユウヤは腕を組んだ。
「分かってる」
「ならいい」
ヘルガは短く返す。
「第二王子が王都を握りつつある。ルークとリアは表に出られない。ユウヤは顔が割れてる。セシルもこの状態だ。ただ隠れてやり過ごすなんてことはできない」
ルークが俯く。
リアもセシルの部屋の方を見たまま黙っている。
しばらく沈黙が落ちた。
その時だった。
ユウヤがふと顔を上げる。
頭に浮かんだのは、王がルークへ最後に託したあの革袋だった。
王家の印と、見ないように言われた密書。
ルークは一度も開けてない。
だが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。
「……ルーク」
ルークが振り向く。
「お前、あれ持ってるよな」
その一言で、ルークの表情が変わった。
リアも、はっと息を止める。
エマたちは意味が分からず、二人を見比べた。
ユウヤは続ける。
「ルークとリアが逃げる前に王様が渡したやつだ。今見るべきじゃねえか」
ルークはしばらく黙っていた。
だが、やがてゆっくりと懐へ手を入れる。
取り出したのは、小さな革袋だった。
「……これが、父様が最後に渡してきた物だ」
広間の空気が変わる。
リアが小さく呟く。
「お兄様……」
ルークは袋を見つめたまま、低く言った。
「本当は、見るなって言われてた。でも、もうそんなこと言ってる場合じゃない」
ユウヤは黙って頷く。
王都はもう動いている。
第二王子も、蛇架も、止まらない。
なら、こっちも止まっていられなかった。
ルークは革袋を握りしめたまま、静かに息を吐く。
「……開けよう」
その一言に、広間にいた全員の視線が集まった。




