第75話「処刑台」
ユウヤが処刑台へ向けて一歩踏み出した、その瞬間だった。
「止まれ!」
槍の穂先が、横一列に並んで道を塞ぐ。
騎士団が門前に壁を作り、民衆との間に“境界”を引いていた。
その境界を越えようとしただけで、空気が刺さる。
「……ちっ」
ユウヤは息を吐く。
身体はまだ重い。肋が痛い。喉が乾いて、舌が張り付くみたいだ。
それでも、目だけは台から逸らせなかった。
縄で繋がれた小さな影。
ルークとリア。
守ると決めた。
だから、行くしかない。
「ユウヤさん」
背後からレオルドの声。
ユウヤが振り向く前に、レオルドが一歩前へ出た。
騎士たちの視線が一斉に集まる。
「レオルド様……!?」
「なぜここに……!」
ざわ、と列が揺れる。
それだけ“王都最強”の名前は重かった。
レオルドは、涼しい顔で言う。
「通ります」
「許可がありません! 王命です!」
「では、王命が誤っています」
「は?」
騎士が言葉に詰まる。
その瞬間、レオルドはユウヤの方へ体を向けた。
「ユウヤさん。あなたは今、力が出せないのでしたよね。これを使ってください」
レオルドが腰の剣を抜く。
迷いなく、ユウヤへ差し出した。
「お前……剣なくてどうやって戦うんだよ……」
「騎士団なんて丸腰で十分です。それに傷つける気もありませんので」
さらっと言い切る。
ユウヤは受け取るしかなかった。
重い。ちゃんとした剣だ。持ち方すら分からない。
「それ、良い剣なので大事に使ってくださいね」
「……剣なんて使ったことねえよ……」
その時、騎士団の列が割れた。
前へ出てきた男を見た瞬間、周囲の騎士たちの背筋が一段伸びた。
鎧の造りが違う。立ち姿が違う。
その場の空気そのものが、わずかに張る。
騎士団長。
アルヴェイン家の長男――レオルドの兄だ。
「……レオルド」
低い声が広場に落ちた。
「馬鹿なことはやめろ。アルヴェイン家の顔に泥を塗る気か」
レオルドは一切ひるまない。
「兄上。今の王家に正義はありません」
「正義だと? 何を言っている」
「正義でないということは、悪です」
「……相変わらず何を言っているのかわからんな」
「褒め言葉として受け取ります」
「受け取るな!!」
兄の声が荒くなる。
周囲の騎士が固唾を呑んだ。
民衆のざわめきが膨らむ。
「騎士団長だ……」
「兄弟喧嘩か?」
その隙に、処刑台の上では淡々と準備が進む。
縄が持ち上げられた。
執行役が前に出る。
その少し後ろには、執行役とも騎士とも違う、白衣めいた細い影が静かに立っていた。
だがユウヤには、そこまで意識を割く余裕がない。
背中が冷える。
時間がない。
ユウヤは腰のベルトへ一瞬だけ意識を向けた。
『変身不可解除まで残り:16分』
(くそ……まだだ)
騎士に構ってる時間はねえ。
ユウヤが一歩踏み出そうとした瞬間――
「ユウヤさん」
レオルドが、わずかに声を落とした。
「私はこの悪党と戦うので長くは持たないかもしれませんが……道を作ります」
「悪党は貴様だ! アルヴェイン家の面汚しめ!」
騎士団長が剣を抜く。
鋼の音が、広場の空気を切り裂いた。
レオルドも、ゆっくりと手を上げる。
剣は持っていない。
だが、空気が変わる。
足元の砂が舞った。
外套が揺れた。
「風……?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
ドン、と鈍い衝撃音。
レオルドの前に、巨大な“壁”が立ち上がった。
風の壁だ。
目に見えるほど濃い風が、渦を巻きながら一直線に伸び、騎士団と民衆の間を断ち切る。
風が鳴る。
鎧が軋む。
旗が千切れそうにはためく。
ユウヤを守るように風が壁となる。
「……これ、目立ちすぎだろ!?」
ユウヤが思わず叫ぶ。
「英雄は目立つものです」
レオルドが真顔で返す。
「英雄じゃねえよ!」
「行ってください、ユウヤさん」
レオルドの声が、少しだけ強くなる。
「ここは私が止めます」
騎士団長が一歩踏み出した。
「レオルド……本気か」
「本気でなければ、友は救えません」
「……馬鹿が」
騎士団長が剣を振る。
風の壁が裂け、レオルドの足元へ斬撃が突き刺さった。
石畳が割れる。
レオルドは驚いた顔で、半歩ずらす。
「危ないじゃないですか。当たるところでしたよ……」
「当てようとしてんだよ!」
最強の兄弟喧嘩が始まろうとしていた。
ユウヤは剣を握り直した。
「……悪いな!」
「いいえ」
レオルドが一瞬だけ、目だけで笑った。
「必ず、間に合ってください」
ユウヤは踵を返し、風の壁の“切れ目”へ突っ込む。
風が背中を押した。
ユウヤを止めようとした騎士の槍先が、横風に煽られて逸れる。
「止めろ! 侵入者だ!」
「レオルド様、何を……!」
レオルドが切り開いた道を一直線に走る。
集まった人々の視線が刺さる。
息が詰まる。
足がもつれる。
頭もクラクラする。
それでも、目の前に処刑台がある。
ルークがこっちを見ている。
リアが唇を噛んでいる。
(間に合え……!)
ユウヤは痛みを無視して走った。
その時、広場の中心で声が響く。
「第三王子ルークならびに王女リア――
闇ギルドと結託し、王都に魔人騒擾を招いた罪により――」
「ふざけんな!!」
ユウヤが叫ぶ。
民衆が揺れた。
「……誰だ?」
「ブレイブ亭の店主じゃね?」
「なんで剣持ってんだ……?」
ユウヤは叫び続ける。
「こんなふざけた処刑があってたまるか!!」
騎士が二人、ユウヤの前へ立ち塞がる。
「黙れ! これ以上近づけば斬る!」
「どけぇ!!」
ユウヤは剣を振り回しながら突っ込んでいく。
正直、形になってない。
でも、進むしかない。
剣がぶつかる。
金属音。
腕が持っていかれそうになる。
(重っ……!)
その瞬間、ベルトから音が鳴った。
ユウヤは反射で、腰のベルトを見る。
『変身不可解除まで残り:12分』
(あと十二分)
あと少しが遠い。
処刑台の上で、執行役が剣を持ち上げた。
ルークの首元へ近づける。
ユウヤの目が血走る。
「やめろぉ!!」
一か八か剣を処刑台目掛けて投げる。
剣に細い糸のような風が纏わりつく。
剣は意志を持ったみたいに滑り、執行役の刃を横から弾き飛ばした。
騎士の視線が剣に吸われる。
後ろの方で声が聞こえる。
「だから言ったでしょう。私は任せるに足る男だと」
金髪男のドヤ顔が頭に浮かんだが、騎士の隙を突いて処刑台の方へ走る。
勢いのまま、執行役へ体当たり。
「ぐはっ……!」
執行役が台から転げ落ちる。
縄が揺れる。
ルークとリアが身をこわばらせた。
「ルーク! リア! 待たせたな。今解いてやるからな!」
「無茶しすぎだ……リアの方を先に解いてやってくれ」
ルークの声は掠れていたが、目は死んでいない。
ユウヤは頷き、リアの縄へ手を伸ばした。
指が震える。
結び目が固い。
(早く……!)
「ユウヤさん……!」
リアが必死に声を堪えている。
その時だった。
背後から、冷たい声が落ちた。
「全く……これだから人間に任せるのは反対したのですよ」
「……なに?」
ユウヤが振り向く。
さっき処刑台の後ろにいた、白衣めいた男が、いつの間にかすぐ背後まで来ていた。
痩せた顔。
温度のない目。
メルキオ。
手には、メスみたいに薄い刃。
「メルキオっ!!」
ユウヤが叫ぶより早く、刃が動いた。
その瞬間、見覚えのある細い影がルークの前へ滑り込んだ。
黒い髪が揺れ、白い布が翻る。
――刺さる音がした。
ずぶり、と。
倒れかける影。
「……っ!」
ユウヤの喉が、言葉になる前に詰まった。
その場が、凍りつく。
次の瞬間――民衆の悲鳴が、広場を揺らした。




