第74話「今度こそ」
カン。
腰のあたりが小さく震えて、俺は目を開けた。
「……っ」
白い天井と布、それに魔石灯のぼんやりした光が目に入る。
見覚えがある。
……治療院だ。
身体を起こそうとして、すぐに眉が寄った。
全身が重く、喉も乾いている。
腕の内側も妙に痛んだ。
腰のベルトへ意識を向ける。
視界の端に、文字が浮かんでいた。
『ブレイブドライバー変身不可解除まで残り1時間を切りました』
『補足:乗り物は使用可能』
『クエスト継続中:ルークとリアを取り戻せ』
『報酬:ヒーローポイント30』
「……なっ!? まる一日近く寝ちまったのか!?」
思わず声が出る。
「よかった。目が覚めたんですね」
横から声がした。
治療師が覗き込んでくる。
「無理に動かないでください。急に動くと倒れてしまいます!」
「……俺はなんでここに……誰が連れてきたんだ?」
「顔ははっきり見えなくて……治療費を渡されて、すぐにお帰りになられました。女性の方だったのは覚えているのですが……」
「……女?」
気にはなった。
だが、今はそれどころじゃない。
「……とにかく、ルークとリアを助けねえと」
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
壁へ手をついて、息を整える。
そこで、扉が勢いよく開いた。
「ユウヤさん! ようやく見つけました!」
聞き慣れた声だった。
金髪の男が、治療院へ飛び込んでくる。
レオルドだ。
外套は新しいものに替わっているが、頬の浅い傷はまだ残っていた。
珍しく、顔が焦っている。
「不味いことになりました」
俺は即座に聞き返した。
「どうしたんだ?」
レオルドが頷き、一歩近づいて声を落とす。
「王城前に処刑台が組まれています。民衆も集められている。騎士団が周囲を固め、誰も通さない構えです」
「は?……誰の処刑だ?」
「……ルークさんとリアさんです」
「……は?」
レオルドは続ける。
「“第三王子が闇ギルドと結託し、今回の魔人騒ぎを引き起こした”――そういうことになっています。そして王女も共犯として扱う、と」
歯を食いしばる。
「ちっ……セドリックの野郎」
「セドリック……第二王子ですね」
「メルキオの研究室でも名前が出てた。間違いない」
レオルドが一歩近づく。
「異例ですが、今夜のうちに処刑を済ませるつもりなのでしょう。急がなければ……」
「ああ」
俺は腰のベルトを叩くように示した。
「俺は無茶しちまって、あと一時間くらい力が出せねえ……すまねえが頼らせてもらうぞ」
レオルドは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに爽やかな笑顔を浮かべた。
「……任せてください! 私は任せるに足る男です!」
「簡単に言うな」
肩で息をしながら、治療師を見る。
「世話になった」
治療師が顔をしかめる。
「そんな体で……無茶ですよ」
「無茶は慣れてるから大丈夫だ」
強がりでも言わないと足が止まる。
ふらつく身体を押して外へ出た。
夜気はまだ冷たく、遠くから怒号と鐘の音が聞こえてくる。
王城前はもう動いてる。
治療院から王城までは近くない。
この身体で走ったら、途中で倒れる。
そこで、ふと思い出した。
「……そういや、使えるんだっけか……」
腰のベルトへ低く言う。
「出ろ。漆黒鋼機動輪」
カン。
石畳の上に、漆黒鋼機動輪――例の黒い自転車が現れた。
「……マジで使えんのかよ」
変身不可状態でも、乗り物は使えるらしい。
「……絵面は最悪だが仕方ねえ……レオルド! 乗れ!!」
レオルドは迷いなく後ろへ回った。
「これは何ですか?」
「いいから!」
跨ると、車体が軽く震える。
ペダルを踏み込んだ。
一気に加速する。
「……速っ!」
風が頬を打つ。
王城前まで、治療院からだとまあまあ距離がある。
大の大人が二ケツして走り回るのはだいぶ恥ずかしいが、そんなこと言ってられない。
必死でペダルを漕いでいると、後ろから笑い声が聞こえた。
「はははっ、これは風が気持ちいいですね!」
「今、言うんじゃねえ!!」
幾つもの路地の角を切り、広場を抜け、さらにペダルを漕ぐ。
後ろで声が上がった。
「何だ今の!?」
「黒い……乗り物!?」
「あっ、レオルド様が手振ってるぞ」
「こっち見んな!! お前も手振るんじゃねえ!!」
悪態をつきつつ、必死に踏む。
レオルドは相変わらず笑顔だ。
「乗り心地も最高です」
「お前、もう黙ってろ!!」
やがて王城前が見えた。
そこだけ魔石灯と松明の光で、昼のように照らされている。
巨大な門の前では騎士団が列を作って周囲を固め、その外側を大勢の民衆が埋め尽くしていた。
中央には、木組みの処刑台が立っている。
俺は減速して止めた。
息が荒い。
視界も少し揺れている。
腰の文字を見る。
『変身不可解除まで残り:19分』
「……くそ。まだか」
レオルドが後ろから降りる。
「私が騎士団を押さえます。ユウヤさんは――」
「中を突っ切ればいいんだな?」
言い切ると、漆黒鋼機動輪が黒い光に包まれて消え、ベルトへ吸い込まれた。
「……こういう機能はいいから、早く変身出来るようにしてくれよ」
ぼやいて、拳を握る。
身体は重く、傷もまだ痛む。
それでも、処刑台から目を逸らせなかった。
門の向こうで人の流れが割れる。
縄で繋がれた、小さな影が見えた。
「……今度こそ、絶対助ける」
俺は一歩踏み出した。
変身できなくても、行くしかない。
あと十九分。




