第66話「裏切り」
ギルドを出てから、ユウヤは西へ向かって走っていた。
旧水路口。
頭の中にあるのは、その言葉だけだった。
「おい」
走りながら、腰のベルトへ低く言う。
「残ってる装備、全部見せろ」
カン。
視界の端へ、見慣れたウィンドウが浮かぶ。
『ver.3装備(必要HP:各5)』
・漆黒の包帯(防御++/腕力++)
・漆黒の眼帯(封印解除)
・乗り物:漆黒鋼機動輪
『現在のヒーローポイント:15』
「……」
少し立ち止まる。
ちょうど全部買えるが、嫌な予感がした。
前回もそうだった。
火炎の舞はよかった。
一輪車も見た目はアレだが便利だった。
だが、ひょっとこ口調に無駄に痛い名乗りの変更。
正直、今回も同じ匂いがする。
包帯。
眼帯。
最後に漆黒鋼機動輪。
どう見ても、まともな強化じゃない。
「全部名前が痛ぇんだよ……」
だが、今さら選んでいる暇はない。
残っている三つを全部買えば、ver.3装備は揃う。
だったら、答えは一つだ。
「全部買う」
カン。
『漆黒の包帯を購入しました』
『残りヒーローポイント:10』
『漆黒の眼帯を購入しました』
『残りヒーローポイント:5』
『漆黒鋼機動輪を購入しました』
『残りヒーローポイント:0』
一拍遅れて、追加の表示が重なる。
『ver.3装備コンプリートにより、封印解除が真封印解除へ更新されました』
『名乗りが変更されました』
『名乗り成功ボーナスが更新されます』
『名乗り成功:身体能力強化32倍(加算)+ 攻撃に黒焔属性を付与』
『真封印解除:発動から1分間、全能力を反転強化します』
『反転強化中:黒焔属性は氷獄属性へ反転強化します』
『警告:真封印解除終了後、強制的に変身解除されます』
『警告:反転反動により、24時間の変身不可状態へ移行します』
「おいおいおいおい、情報量が多すぎだろ!」
思わずツッコむ。
包帯と眼帯と、あと乗り物買っただけだろ。
なんで急に、黒焔属性だの反転強化だの二十四時間停止だの、一気に説明が流れてくるんだよ。
「しかも、封印解除使ったことねえのに真封印解除になってるし……」
だが、さらに追い打ちみたいに、やけに大仰な文章が浮かんだ。
『名乗り : 我は漆黒の奈落を統べる、終焉の代行者……!
禁じられし黒焔の封印を解き、滅びの摂理すら捻じ曲げよう!
恐れるがいい、汝らの運命は既に我が掌の上だ!
我が名は、漆黒勇装・マスクドブレイブ!!』
「最悪じゃねえか!!」
思わず叫びかけて、慌てて飲み込む。
何だこれ。
名乗りじゃねえ。
公開黒歴史だろ。
しかも最後に、追い打ちみたいな一文が出る。
『補足:変身中は発声・口調に影響が出ます』
「はぁ……でたよ……」
落ち込んでいる暇はない。
西区はまだ遠い。
走って行けなくはないが、少しでも早い方がいい。
「急がねえといけねえし、一応出すか……」
ユウヤは嫌な予感しかしない名前を、小さく呟いた。
「……カモン……漆黒鋼機動輪」
カン。
次の瞬間、石畳の上に黒い何かが音もなく現れた。
「……あ?」
艶のある黒いスマートなボディ。
細部まで凝った赤い模様が入っている。
タイヤは太めでしっかりしている。
そして、銀色に輝くペダル――
自転車だった。
「……いや、正直そんな気はしてたわ……」
前回の一輪車よりはだいぶマシだ。
マシなんだが――
「漆黒鋼機動輪って名前で自転車はねえだろ……」
だが、文句を言っている暇はない。
ユウヤはすぐにそれへ跨った。
足をペダルへ乗せた瞬間、車体がわずかに震える。
妙に軽い。
普通の自転車より、明らかに踏み込みが軽い。
「……お?」
試しに強く踏み込む。
次の瞬間、漆黒鋼機動輪は石畳の上を滑るように加速した。
「速っ!?」
風が頬を打つ。
倒れた荷車の横を抜け、路地の角を切り、騎士たちの脇を一気に通り過ぎる。
「何だ今の!?」
「黒い乗り物が走ってったぞ!」
後ろでそんな声が上がるが、もう知らない。
「一輪車の時とレベルが違ぇ……車くらい速いんじゃねえのか、これ……!」
見た目は痛いが、これは当たりだった。
曲がり角を一つ。
さらに西区へ入る。
その先、崩れた石壁の前に三つの影が見えた。
ヘルガが回したハンターだ。
「来た!」
一人がユウヤに気づき、手を振る。
ユウヤは自転車を滑らせるように止めた。
「こっちは押さえた!」
「崩落の危険ってことにして、人払いも済んでる!」
別の男が声を潜める。
「入口の奥に見張りらしき影が二つ!」
「五分前から動きはねえ!」
「他は?」
「見える範囲じゃ増援なし! だが中は分からねえ!」
「十分だ」
ユウヤは短く返す。
自転車から飛び降りた瞬間、漆黒鋼機動輪は黒い光に包まれ、そのままベルトへ吸い込まれるように消えた。
「……一輪車の時と一緒かよ……」
ぼやきながらも、ユウヤは崩れた石壁の隙間へ向き直る。
旧水路口は、半分潰れていた。
石壁は割れ、上から落ちた土と瓦礫が入口を狭めている。
人が一人、身を屈めてようやく通れるくらいの隙間だ。
奥から、冷たい空気が流れてくる。
湿った土の臭い。
古い水路の匂い。
何十年も陽の差さない場所が、そのまま眠っていたみたいな空気。
年嵩のハンターが低く言う。
「こっから先はお前一人だ」
「気をつけろよ」
「わかってる……じゃあ行ってくる」
そう返して、ユウヤは石の隙間へ身体を滑り込ませた。
中は暗い。
数歩で入口の月明かりが届かなくなる。
壁に手を当てながら進む。
足音を殺す。
呼吸を浅くする。
しばらく進むと、前方に微かな橙色が揺れた。
松明だ。
誰かいる。
曲がり角の手前で、話し声が聞こえた。
二人。
男だ。
ユウヤは壁へ身を寄せ、そっと覗き込む。
いた。
薄暗い通路の先。
松明を足元に置いて、二人の男が立っている。
片方は壁にもたれ、片方は欠伸を噛み殺していた。
黒っぽい外套。
剣。
立ち方だけで分かる。
ただのならず者じゃない。
「……ったく、なんで俺らが見張りなんだよ」
立っていた方がぼやく。
「上が面倒くせえこと始めたからだろ」
壁にもたれていた方が吐き捨てる。
「第二王子が王になるまでは、上も引く気ねえんだろ」
その一言で、ユウヤの背筋が冷えた。
やっぱりだ。
ルークとリアは、この先にいる。
「ガキ二人はどうした」
「旧牢区画だとよ」
立っていた方が、にやつく。
「それにしても、あの新入り上手くやったよな」
「ああ?」
「メイドに化けて潜入してたんだろ?」
「そのまま王子と王女を連れてくるとか、大したもんだ」
壁にもたれていた方が鼻を鳴らす。
「今回の功績で、上位魔人にしてもらえるかもな」
「はっ、ありえる」
立っていた方が喉の奥で笑う。
「例の血を薄めずに貰えば、魔人もどきとは別物だって噂だ。そうなりゃ席持ちだって夢じゃねえ」
その瞬間、ユウヤの頭の中が真っ白になった。
胸の奥が、嫌な音を立てる。
違う。
何かの聞き間違いだ。
そう思いたいのに、言葉が頭の中で嫌になるほど残る。
新入り。
メイドに化けて潜入。
取り入って。
王子と王女を連れてきた。
「……っ」
思考が一瞬遅れる。
だが、ここで止まるわけにはいかなかった。
ルークとリアは、この先にいる。
それだけは確かだ。
「……よし」
小さく息を吐く。
とにかく変身しねえと。
ユウヤはわざと、足元の小石を蹴った。
カツン。
乾いた音が、通路に響く。
「ん?」
立っていた男が顔を上げる。
「誰だ!」
その瞬間。
『観測されました』
「変身」
上半身へ黒い包帯が巻き付き、その上から袖なしロングコート、グローブ、チェーン付きダメージズボン、ブーツが一気に装着される。
そして、最後に片目へ眼帯が落ちた。
「……うわ」
心の底から嫌な声が漏れた。
包帯。
眼帯。
全身真っ黒。
ワンポイントみたいにズボンに付いたシルバーのチェーンがジャラジャラと嫌な音を鳴らす。
痛い。
痛すぎる。
だが、次の瞬間にはそんなことを考えている余裕もなかった。
「何だ、てめ――」
男が叫ぶより早く、ユウヤは床を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
「がっ!?」
立っていた方の腹へ拳がめり込む。
漆黒のグローブが、骨ごと内側へ沈ませるような手応えを返してくる。
そのまま男の身体がくの字に折れ、壁へ叩きつけられた。
もう一人が剣へ手を伸ばす。
遅い。
ユウヤは踏み込みざま、回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐぇっ……!」
鈍い音。
男の身体が横へ吹き飛び、松明ごと床を転がる。
火が散る。
だが、悲鳴は長く続かない。
二人とも、数秒で動かなくなった。
「……よし」
短く息を吐く。
その瞬間だった。
「フッ……雑兵風情が、我が歩みを阻むなど片腹痛い」
「は?」
自分の口から出た言葉に、自分が一番驚く。
何だ今の。
俺か?
「……マジで口調まで変わってんじゃねえか」
最悪だ。
本当に最悪すぎる。
だが、今はそんなことに構っていられない。
通路の先を見る。
壁には逆三角の刻印。
旧牢区画。
「この先か」
ユウヤは低く呟いた。
二体の見張りを倒した。
旧牢区画にルークとリアがいる。
湿った地下通路の奥を睨みながら、ユウヤは拳を握り直した。




