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異世界でフルチンだった件 ~脱変態を目指したら英雄になっていた~  作者: 白峰レイ


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第64話「嫌な予感」

南通りは、まだ騒然としていた。


倒れた屋台。

砕けた石畳。

黒赤いヘドロに変わった魔人もどきの残骸。


ヴァルトが消えても、解決する訳ではない。


「おい、大丈夫か!?」


さっき駆けつけてきた大柄なハンターが、血相を変えて駆け寄ってくる。


「針に刺されたんだろ!? 魔人になっちまうんじゃねえか!?」


「知るかよ……」


吐き捨てながら、荒い息を整える。


左腕は重い。

肩口は熱い。

視界も少しだけ揺れている。


でも、まだ立てる。


「本当に大丈夫なのか!?」


「大丈夫じゃねえけど、行かねえと」


「は?」


胸の奥がざわつく。


ルーク。

リア。

エマ、グレッグ、セシル、トム。


嫌な予感がする。


カン。


腰のベルトが、小さく鳴る。


『緊急クエストクリア:魔人を撃退せよ』


『ヒーローポイント15獲得』


『現在のヒーローポイント15』


「……今かよ」


思わず呟く。


針に刺されても魔人化しなかったこと。

毒が思ったより回っていないこと。

ヴァルトが明らかに動揺していたこと。


全部引っかかる。

けど、今一番胸の奥をざわつかせているのはそこじゃない。


ハンター達が何か話しかけてきていたが、俺は走り出していた。


「お、おい!?」


呼び止める声は無視する。


左腕は重い。

肩も熱い。

それでも脚はまだ動く。


急がねえと。


倒れた荷車を飛び越える。

瓦礫を蹴る。

人波の隙間を抜ける。

悲鳴と怒号の中を、真っ直ぐ店へ向かう。


頼むから、無事でいてくれ。


その願いだけが、頭の中で何度も反響していた。


やがて、見慣れた看板が見えた。


旨味亭ブレイブ。


扉は半開き。

窓は一枚割れている。

だが、建物そのものは無事だった。


「エマ!!」


扉を押し開ける。


店内は荒れていた。


椅子は倒れ、皿は割れ、テーブルには引きずった跡がある。

床にはスープだか酒だか分からない液体が広がっていた。


けれど、血溜まりは見当たらない。


「ユウヤさん!」


奥から声が飛ぶ。


反射的にそっちを見る。


エマだった。

グレッグもいる。

トムもいた。


三人とも生きている。


その瞬間だけ、胸の奥が少しだけ緩んだ。


「よかった……」


「ユウヤさんこそ……って凄い怪我じゃないですか!?」


エマが駆け寄ってくる。

顔色は悪い。

目も赤い。

けど、大きな怪我はなさそうだった。


グレッグも心配そうに声をかけてくる。


「お前、ボロボロじゃねえか……」


「わかってる!」


俺は遮った。


「ルークとリアは!?」


その瞬間、三人の顔が止まった。


さっきまで無事を喜ぶ空気が、一瞬で冷える。


自分でも分かるくらい、声が低くなる。


「ルークとリアはどこにいる」


トムが視線を逸らした。


「いや、その……」


「セシルが」


グレッグが低く言った。


「二人を先に避難させたんだ」


「……は?」


グレッグは苦い顔のまま続ける。


「外が騒がしくなり始めた時だ。この近くも危ねえって話が回ってきて、セシルが“子供たちは先に逃がす”って言ってな」


エマが、ぎゅっとエプロンを握る。


「私たちも最初は一緒に出ようとしたんです。でも、店の外でもう人がすごくて……」


トムが悔しそうに歯を食いしばる。


「俺、途中まで追ったんすよ。でも、角の向こうで人が雪崩みたいに流れてきて、いったん引かねえと潰されそうになって……」


「それで?」


トムが拳を握る。


「落ち着いてから探したんす。周りの路地も、避難所になってる建物も、知ってる範囲は全部。でも――」


言葉が止まる。


グレッグが代わりに絞り出した。


「セシルも、ルークも、リアも……どこにもいなかった」


「……っ」


頭の奥が冷える。


セシルが二人を連れて避難した。

それ自体はおかしくない。


むしろ、あいつならそうする。


「何かに巻き込まれたってことか……」


エマの顔が青ざめる。


「そ、そんな……」


「分からねえ」


俺は低く言った。


「でも、探してもいないってことは」


外ではまだ怒鳴り声が飛んでいる。

騎士の号令も聞こえる。

王都が壊れていく音の中で、ここだけ妙に静かだった。


グレッグが低く唸る。


「攫われた、ってことか……?」


「……その可能性が高い」


口に出した瞬間、嫌な予感がさらに形を持った。


ルークとリア。

王都の混乱。

あの連中。


全部が、妙に繋がりすぎている。


エマが不安そうに俺を見る。


「セシルさんも、二人を守ろうとして巻き込まれたのかも……」


「……ああ」


セシルが二人を守ろうとして巻き込まれた。

三人まとめて連れ去られた。


そう思った、その時。


カン。


腰のベルトが、また鳴る。


こういう時のクエストは、だいたい外さない。


『クエスト発生:ルークとリアを取り戻せ』


『報酬:ヒーローポイント+30』


「っ……」


やっぱりか。


分かっていた。

でも、出ると最悪さが現実になる。


けれど、迷ってる暇はなかった。


「ギルドへ行く」


「え?」


トムが聞き返す。


俺は三人を見る。


「ルークとリアについての情報を集める。今の王都で一番情報が集まるのは、あそこだ」


グレッグが眉をひそめる。


「俺たちも行く」


「いや、今回は俺一人で行く」


トムが食い下がる。


「でも――」


「店を頼む」


短く言う。


「エマを一人にするな。ここも、まだ安全って決まったわけじゃねえ」


エマが不安そうに俺を見る。


「ユウヤさん……」


「大丈夫だ」


本当は全然大丈夫じゃない。

けど、今はそう言うしかなかった。


「情報を集めて、すぐ動く。だから、お前らはここを離れるな」


グレッグがじっと俺を見る。


たぶん、何か隠してるとは気づいている。

でも、あえて聞かない顔だった。


しばらくして、低く息を吐く。


「……分かったよ」


トムも拳を握ったまま、悔しそうに頷く。


「絶対、連れて帰ってきてください」


「ああ」


即答だった。


俺は踵を返す。


店を飛び出す。


夜の王都は、まだ悲鳴と怒号に満ちていた。

騎士が走る。

ハンターが怒鳴る。

負傷者を運ぶ者たちが通りを駆ける。


その中を、俺は一人でギルドへ向かって走った。


ルークとリアを取り戻す。


その言葉だけが、頭の中で何度も反響していた。

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