表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面勇装マスクド・ブレイブ ~異世界でヒーローやらされてます~  作者: 白峰レイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/55

第53話「地道な英雄」

翌朝、一階へ降りると、店の中はいつもより静かだった。


鍋の火は落ちている。

卓も片づけられていて、開店前の慌ただしさがない。


今日は店休日だ。


週に一度は休みにする。

仕入れの整理、帳面の確認、厨房の掃除。

店を回し続けるには、そういう日も必要だと、エマとグレッグが最初に決めていた。


その代わり、朝の匂いだけはちゃんとしていた。


干しきのこと肉を煮た匂い。

焼いたパンの匂い。

それに、少しだけ甘い香草の匂いも混じっている。


食卓には、もう四人分の朝食が並んでいた。


「おはようございます」


セシルが、何事もない顔で一礼する。


「……お前、ほんと朝から完成してるな」


「朝ですので」


意味の分からない返しだが、もう慣れた。


リアは椅子に座って、湯気の立つ皿を嬉しそうに見ている。

ルークはもう起きていて、相変わらず妙に姿勢がいい。


俺も席について、四人で朝食を食べる。


こうしてると、王子だ王女だなんて話が、少しだけ遠く感じる。


でも、遠くなっただけで消えたわけじゃない。


腰のあたりが、朝からやけにうるさい。


視界の端に、昨日のウィンドウがまた出現した。


『特殊クエスト : 王都で英雄たれ』

『達成条件:7日以内にヒーローポイントを合計30獲得せよ』

『※獲得したポイントは前借り返済に自動で充当されます』

『現在の前借り残高:20』

『成功報酬:ヒーローポイント10』


その下に、さらに細かいクエストがいくつも浮かぶ。


『クエスト : 老女の荷物を運べ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


『クエスト : 迷子を親元へ届けろ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


『クエスト : 露店の倒れかけた看板を直せ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


『クエスト : 喧嘩を止めろ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


『クエスト : 荷崩れを防げ』

『報酬:ヒーローポイント+2』


「……さっそくかよ」


思わず小さく漏らす。


リアが瞬きをする。


「どうかしましたか?」


「いや、こっちの話だ」


王子と王女を守れって話の翌朝に出てきたのが、荷物運びと迷子対応である。

しかも一ポイント。


「千里の道も一歩からってか……」


セシルが首を傾げる。


「何か問題でも?」


「問題しかねえけど、説明しても分からん」


俺はパンを口に放り込み、水で流した。


「今日はちょっと出かけてくる」


ルークが顔を上げる。


「どこへ行くんだ」


「ちょっと野暮用だ」


「……一人でか」


「ああ」


リアは少しだけ不安そうにしたが、何も聞かなかった。


セシルが静かに言う。


「お気をつけて」


「地味な用事だけどな」


そう言いながら立ち上がる。


王子と王女を守るために、まずやることが老女の荷物運びと迷子探しらしい。


ほんと、世の中よく分からない。



最初のクエストは、本当にそのままだった。


市場へ向かう途中、腰の曲がった婆さんが大きな袋を二つ抱えて立ち往生している。


『クエスト対象を確認』

『老女の荷物を運べ』


「……いや、ほんとにいるんかい」


俺はため息混じりに歩み寄った。


「持つか?」


婆さんが目を瞬かせる。


「いいのかい?」


「そのまま持ってたら腰やるぞ」


「もうとっくにやってるよ」


「なおさらじゃねえか」


袋を受け取る。

重い。野菜と粉か。ずっしり来る。


婆さんの家まで運んでやると、何度も頭を下げられた。


「ありがとうねえ」

「最近の若い子は、声かけても素通りばっかりでねえ」


「そうかよ」


カン。


『クエストクリア : 老女の荷物を運べ』

『ヒーローポイント+1』

『特殊クエスト進行:1/30』

『前借り残高:19』


「少ねえな……」


思わず声が出た。


婆さんがびくっとする。


「ああ、いや、何でもねえ」


王族を守る第一歩が、荷物運び一ポイント。


先が思いやられる。



次は迷子だった。


噴水の近くで、小さな男の子が泣いている。


『クエスト : 迷子を親元へ届けろ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


「また一かよ……」


しゃがんで目線を合わせる。


「おい、どうした」


「ま、ままがいない……っ」


鼻水がひどい。


一瞬、そのまま抱えて探しに行こうとして、視界の端に余計な注釈が出た。


※無言で親元へ連行した場合、達成になりません。


「細けえよ!!」


つい空に向かって言ってしまい、男の子が余計に泣きそうになる。


「あー、悪い悪い。お前に言ったんじゃねえ」


深呼吸して、できるだけ怖くない声を出す。


「名前は?」


「……トーマ」


「母ちゃんはどんな格好してんだ?」


「青い服きてて、小太りで、でべそ」


「おっ、おう……口が悪ぃな……」


市場を歩き回っていると、割とすぐに見つかった。


「トーマ!」

「ままー!」


再会して抱き合う親子を見て、俺は少しだけ肩の力を抜いた。


カン。


『クエストクリア : 迷子を親元へ届けろ』

『ヒーローポイント+1』

『特殊クエスト進行:2/30』

『前借り残高:18』


「やっぱ安いな……」


でも、トーマは泣き止んで笑っていた。


まあ、悪くはない。



次は露店の看板だった。


市場の端で、風に煽られて看板がぐらついている。

木の足が一本、抜けかけていた。


『クエスト : 露店の倒れかけた看板を直せ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


店主の親父が片手で看板を押さえながら怒鳴る。


「兄ちゃん、悪い、そっち持ってくれ!」


「おう!」


押さえてる間に、親父が木釘を打ち直す。

俺は支えてるだけだ。


「助かった! こいつが倒れてたら、客の頭に直撃するところだったぜ」


「それは危ねえな」


カン。


『クエストクリア : 露店の倒れかけた看板を直せ』

『ヒーローポイント+1』

『特殊クエスト進行:3/30』

『前借り残高:17』


「これで三つ目……」


店主の親父がじっと俺を見る。


「兄ちゃん、どっかで見た顔だな……あっ、レグナ麺の兄ちゃんか!」


「おっ、知ってんの?」


「露店行ったことあるぜ!」


レグナ麺が着実に広まってるようだ。


「礼は要らねえからよ、旨味亭ブレイブって店やってるから、よかったら食いに来てくれ」


親父が目を丸くする。


「店になったのか! 今度若えの連れて食いに行くわ」


「待ってるぜ」


ポイントついでに宣伝もできて一石二鳥だ。



昼前に、ようやく少しだけマシなのが来た。


坂道で荷車が傾き、積んでいた木箱が崩れそうになっていた。

近くにいた子供が、呆然と立ち尽くしている。


『クエスト : 荷崩れを防げ』

『報酬:ヒーローポイント+2』


「おい、下がれ!」


俺は子供を突き飛ばすように下がらせ、そのまま荷車に肩を入れる。


重い。


――はずだった。


「……あれ?」


前なら、こんなの変身なしじゃ無理だった気がする。


なのに今は、きついとは思っても、身体がちゃんと耐えている。

踏ん張った足も、肩も、思ったより沈まない。


(……地味に、強くなってきてる?)


「そっち、車輪押さえろ!」

「親父、上の箱から下ろせ!」


周りの人間が慌てて動く。

二、三人がかりで体勢を戻すと、荷車の持ち主がへたり込んだ。


「た、助かった……」


「積みすぎだ」


「返す言葉もねえ……」


カン。


『クエストクリア : 荷崩れを防げ』』

『ヒーローポイント+2』

『特殊クエスト進行:5/30』

『前借り残高:15』


「ようやく二か」


これでもまだ二である。


でも、今のは少し収穫だった。


変身しなくても、前の俺よりは確実に強くなってる。

ポイントだけじゃなく、戦い続けて身体そのものも変わり始めてるのかもしれない。



最後は喧嘩だった。


路地の角で、二人の男が胸ぐらを掴み合っている。


『クエスト : 喧嘩を止めろ』

『報酬:ヒーローポイント+1』


「……また一かよ」


俺が間に入ると、片方が怒鳴った。


「なんだテメェ、関係ねえやつは引っ込んでろ!」


「こんなとこで喧嘩しやがって、迷惑だろうが」


「こいつがぶつかってきたんだ!」


「てめぇが先に――」


うるさい。


俺は二人の首根っこを同時に掴んで、無理やり引き剥がした。


「痛ぇ!」

「静かにしろ! 次やったらそのまま水路に投げるぞ」


言ってから、自分で少しだけ引っかかった。


前なら、大人二人をまとめて引き剥がすなんて無理だった気がする。

変身してる時の力には遠く及ばない。

でも、前の“ただの俺”よりは確実に強い。


(……やっぱ、少しずつ身体そのものも変わってきてるな)


しばらく睨んでいると、二人とも急に大人しくなった。


「……悪かった」

「……すまん」


「頭冷やしてこい」


カン。


『クエストクリア : 喧嘩を止めろ』

『ヒーローポイント+1』

『特殊クエスト進行:6/30』

『前借り残高:14』


視界を確認する。


『特殊クエスト : 王都で英雄たれ』

『期限:残り6日』

『進行:6/30』

『前借り残高:14』

『成功報酬:ヒーローポイント10』


「……六か」


一日中王都を歩き回って、たった六ポイント。


俺はその場で空を仰いだ。


「一日潰れてこれだけかよ……」


ほんとに地道だ。

地道すぎる。


でも、あいつらを守るには今のままじゃ足りない。

装備も足りねえ。

人前で変身もしづらい。


なら、やるしかない。


「……仕方ねえか」


小さく呟いて、店への道を戻り始めた。


その途中で、ふと現実に気づく。


「……いや」


明日からまた店だ。


今日みたいに外を歩き回る日が増えるなら、その分店の人手が足りなくなる。

セシルが有能でも、今の人数でギリギリなのは変わらない。


「……抜ける訳にはいかねえしなぁ」


立ち止まって少しだけ考える。


そして、すぐ結論が出た。


「仕方ねえ、誰か雇うか」


前の面接の時に来た中で、まとも寄りだった奴が一人いた。


パルマのトム。


唯一の欠点は、俺の――いや、マスクド・ブレイブの強烈なオタクってことだ。



店に戻ると、一階は静かだった。


休みの日だから当然だ。

客の気配はない。

でも、そこに人の暮らしの気配はちゃんとあった。


奥の卓では、リアが紙に何か描いていた。

炭筆で描かれた丸い顔が三つ。いや、四つか。

たぶん俺たちのつもりなんだろうが、誰が誰だかよく分からない。


その少し横で、ルークは本を開いていた。

ただ読んでるだけじゃない。余白に細かく何かを書き込んでいる。

こういう時まで妙にきっちりしてる。


セシルは帳場まわりを整えていた。


「おかえりなさい」


セシルが静かに一礼する。


「どうでしたか?」


リアが顔を上げる。


「荷物運んで、迷子見つけて、看板直して、荷崩れ止めて、喧嘩止めてた」


「……人助けですか?」


「……仕事みてえなもんだ」


リアが少し笑う。


「素敵なお仕事ですね」


「一銭にもならんがな」


俺は椅子に腰を下ろした。


ルークが本を閉じる。


「詳しくは分からないけど……店より優先しないといけないことなんだな」


「残念ながらそうなんだよなぁ……」


俺は肩を鳴らした。


「でも、俺が抜けると店が厳しい」


セシルが静かに頷く。


「ユウヤ様が外に出る時間が増えるなら、今の人数では足りなくなるでしょうね」


「だよな」


俺はそのまま言った。


「だから雇う」


リアが目を瞬かせる。


「もう決めたんですか?」


「決めた。前に面接に来た、パルマのトム。あいつ呼ぶ」


俺は水を一気に飲み干す。


「しばらく店の中もバタつくぞ。悪いけど、付き合え」


セシルが静かに一礼した。


「問題ございません。人が一人増えれば、かなり楽になるはずです」


「だな」


その時、また腰が鳴った。


カン。


『特殊クエスト : 王都で英雄たれ』

『期限:残り6日』

『現在:6/30』

『前借り残高:14』

『次段階解放まで、あと24ポイント』


「……長ぇな」


思わず本音が出た。


リアが紙から顔を上げる。


「何がですか?」


「こっちの話だ」


でも、ゼロじゃない。


六ポイント。

たった六。

それでも前には進んでる。


問題は、あと二十四もあることだ。


「……明日、トム探すか」


誰にともなく呟くと、リアが紙をひらひらさせた。


「じゃあ、明日は六人になりますね」


「その前に、トムが本当に捕まればな」


ルークは静かに言った。


「たぶん、来る。あの時、一番働く気があった」


「それは覚えてる」


そう返しながら、俺はリアの紙をちらっと見る。


「で、それ何描いてんだ」


リアが少し得意そうに紙を見せてきた。


「みなさんです」


「嘘つけ。俺はもっとイケメンだ」


「そんなことないです」


「おい」


リアがくすっと笑う。


その笑い方は、少し前よりずっと自然だった。


王宮の陰謀。

蛇架の気配。

地道な人助け。

その上、人手不足まで増えた。


面倒ごとは減るどころか増える一方だ。

でも、こういう時間があるなら、まだ踏ん張れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ