第51話「ひそむ者たち」
レグナ支部ギルドに着いた頃には、まだ夕方だった。
ギルドの扉を開ける。
受付の女が顔を上げた。
「ユウヤ様――」
「ゴリラ女……じゃねえや、ギルド長いるか?」
「今、一瞬なんておっしゃいました?」
「何でもない。ヘルガいるか」
受付の女はじとっと俺を見たあと、少しだけため息を吐いた。
「……今のは聞かなかったことにしておきます。では、お取次ぎします」
「頼む」
しばらくすると、奥の扉が開いた。
「こっちだ」
ヘルガ本人が、相変わらず面倒くさそうな顔で立っていた。
「忙しいんだ。面倒事はやめてくれ」
「……俺だって来たくなかったんだよ」
俺はそのままギルド長室へ入った。
⸻
部屋に入るなり、ヘルガが腕を組んだ。
「で、何があった」
「……三人組の蛇架と思わしき奴らとやり合った」
その一言で、ヘルガの目つきが変わる。
「詳しく話せ」
俺は椅子にも座らず、そのまま話した。
店の周辺に不審な気配があったこと。
裏路地へ回ったら、黒い外套の影に誘い出されたこと。
東の森と同じ連中だったこと。
煙玉を使って往来に逃げられたこと。
そして――首元に見えた印。
「蛇と十字架みたいな刺青だった」
その瞬間、ヘルガの空気が変わった。
「……蛇架だろうな」
やっぱり知ってやがる。
「王都でも確認されてんのか」
俺が聞くと、ヘルガは腕を組んだまま答えた。
「長らく姿を見せていなかったんだが、ここ最近になって何件か目撃情報が上がっている」
「……嫌な感じだな」
「嫌な感じどころじゃない」
ヘルガの声が低くなる。
「奴らが現れる時は、決まって大きな事件が起こっている。毎回多くの人が巻き込まれ、怪我人も死人も多く出ている」
俺は小さく舌打ちした。
「気をつけろってことか」
「ああ」
ヘルガはそこで、俺をまっすぐ見た。
「――あいつらに目をつけられる心当たりはあるか?」
その言葉に、頭の中で一気に繋がる。
(……ルークとリアか)
俺は少しだけ間を置いてから答えた。
「少し前に子供を二人、保護してる」
ヘルガの目が細くなる。
「子供?」
「ああ。東の森で襲われてた。で、今回やり合った三人とも、その前に森で一回やり合ってる」
「……なるほどな」
ヘルガは小さく息を吐いた。
「俺を見に来てたってより、店を見張ってた感じだった」
「だろうな」
ヘルガは机を指で叩く。
「蛇架が動くなら、ただの商人の子供じゃないな」
「だろうな」
そこで、俺はふと眉をひそめた。
「……待て。なんでそこまで知ってるんだ?」
ヘルガは腕を組んだまま、少しだけ呆れた顔をした。
「レオルドから報告を受けてるからな」
「は?」
「蛇架の活動が王都内で複数確認されている。あいつには、その捜索を頼んでる」
「……あいつに?」
「ああ。腕は確かだし、顔も利く。面倒だが使える」
そこまでは分かる。
でも、ヘルガはそこで小さく鼻を鳴らした。
「ただし、上がってくる報告がな」
「……何だよ」
「レグナ麺と、お前らのことばかりだ」
思わず顔をしかめる。
「やっぱバカだな……」
ヘルガは本気で疲れた顔で、報告書と思われる紙を見せてくる。
『本日も旨味亭ブレイブは盛況でした』
『赤のレグナ麺はこれまでにない味と風味を持ち、とても美味でした』
『保護した二人の商人の子供は少しずつ元気を取り戻しています』
「業務報告に何書いてんだあいつ!!」
「私も最初は意味が分からなかった」
ヘルガは机を指で叩いた。
「だが、その報告の中に二人の子供の存在も出ていた。だから知っている」
「あいつ、マジで何してんだ……」
「実際、蛇架が絡んでいたからあながち無能とも言えんがな」
「たまたまだろ……」
「いや、あいつの感性は、人とかけ離れているから分からんのだ」
ヘルガはそこで空気を戻すみたいに言った。
「で、その二人についてだ。お前もそう思ってるから、まだ放り出してないんだろ」
「まあな」
そこまで見抜かれてると、少し腹が立つ。
ヘルガは引き出しから小瓶を出して、俺に放った。
反射で受け取る。
「飲め」
「何だこれ」
「回復薬だ。高いやつだ。感謝しろ」
「別にたいした傷じゃねえっての……」
文句を言いながら口をつける。
苦い。だが、じわっと痛みが和らいだ。
「……で、ギルドは動けるのか」
ヘルガは即答しなかった。
そこが、逆に答えになっていた。
「それがかなり難しい」
「は?」
「過去に蛇架を大規模に捜索したことは何度もある。だが、ヤツらの尻尾を捕まえたことは一度もない。警戒されれば、捕らえるのはさらに難しくなってしまう」
「大っぴらにはやれないってことだな」
「そうだ。だが、何もしない訳じゃない」
ヘルガの目が鋭くなる。
「支部で何人か、気配を読むのが上手い奴を回す。店の周辺に、目立たない形で見張りは置いてやる」
「助かる」
ヘルガが続ける。
「あと、その二人に話を聞け」
「……だよな」
「お前はもう巻き込まれてる。店も、従業員も、あの二人もな。守る気があるなら、せめて何から逃げてるのかくらいは知っておけ」
手遅れになる前に聞くべきだろう。
「言われなくても分かってる」
部屋が静かになる。
蛇架が店を見張っていた。
しかも俺を誘い出してまで、近くに張り付いてた。
店にも、もう守る相手が増えてる。
俺一人が面倒ごとに巻き込まれる話じゃない。
「早いうちに聞く」
ヘルガが小さく頷く。
その時だった。
カン。
腰が鳴る。
視界の端に、透明なウィンドウが開いた。
『クエストクリア : 蛇架との交戦を報告せよ』
『ヒーローポイント+3』
『前借り残高:25』
続けて、もう一枚。
『クエスト : 二人の正体を聞き出せ』
『店と仲間を守るため、ルークとリアの事情を把握せよ』
『報酬:ヒーローポイント+5』
「……だろうな」
「何がだ」
ヘルガが怪訝そうに言う。
「いや、こっちの話だ」
俺は立ち上がった。
「店に戻る」
「今夜は外をうろつかせるな。特にその二人は絶対に一人にするな」
「分かってる」
「あと」
ヘルガは少しだけ間を置いた。
「次に襲われたら、今度は生かして捕まえろ」
「簡単に言うなよ」
「できると思ったから言ってる」
「買い被りだ」
「そうでもない」
こいつの俺への評価が高すぎる。
俺は小さく手を上げて、部屋を出た。
⸻
店へ戻る頃には、夜もだいぶ深くなっていた。
表の灯りは落ちている。
でも、完全に寝静まってる感じではない。
裏口から静かに入ると、一階はもう片付いていた。
椅子も整ってる。
床も綺麗だ。
「……セシル、仕事できすぎだろ」
思わず小さく呟く。
階段を上がる。
足音を抑えながら二階へ上がったところで、部屋の前に人影があった。
ルークだった。
壁にもたれて、腕を組んでいる。
最初から待っていたみたいな顔だ。
「起きてたのか」
「……前に襲ってきたやつと戦ったんだな」
俺がため息をつくと、ルークは少しだけ視線を落とした。
「……やっぱり」
俺は壁に背中を預けた。
「悪いが、さすがに話してもらうぞ」
ルークはすぐには答えなかった。
扉の向こうは静かだ。
リアも、たぶんセシルももう寝ている。
だからこそ、今しかない。
「店を見張っていた。あいつらは蛇架だった」
その名前を出した瞬間、ルークの顔色がはっきり変わった。
やっぱり知ってる。
「……そうか」
俺は声を低くした。
「もう店まで巻き込まれてる。グレッグもエマも、セシルも、リアもだ」
ルークは黙ったままだった。
でも、逃げる感じはない。
「話す」
ルークは目を伏せる。
「……でも、長くなる。少し整理させてくれ」
そこまで言って、ようやく顔を上げた。
「明日、店が閉まったあとでもいいか」
俺は数秒黙ったあと、短く答えた。
「わかった……逃げんなよ」
「逃げない」
その声は、思ったより真っ直ぐだった。
俺は壁から背を離す。
「分かった。明日だ」
部屋へ戻ろうとして、一歩だけ進んだところで足を止める。
「ルーク」
「なんだ」
「次が来たら、今度は店ごと巻き込まれる」
ルークは静かに頷いた。
「分かってる」
その返事だけは、妙に重かった。
俺はそれ以上何も言わず、自分の部屋へ入った。
寝台に腰を下ろす。
体は疲れてる。
でも、頭は少しも休んでくれそうにない。
蛇架。
ルークとリア。
そして、明日の夜。
「……ほんと、店主ってのは忙しいな」
誰に聞かせるでもなく呟いて、俺はようやく深く息を吐いた。




