表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でフルチンだった件 ~脱変態を目指したら英雄になっていた~  作者: 白峰レイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/86

第48話「旨味亭ブレイブ」

店に戻った頃には、もう夕方だった。


看板屋で「店名を決めてから来い」と追い返され、無駄足を踏んだ帰り道。

俺はずっと、どうにも釈然としない気分のままだった。


新しい店の一階へ入ると、エマが帳面を閉じて顔を上げる。


「おかえりなさい。……どうでしたか?」


「どうもこうもねえよ」


俺はため息を吐いて、店の真ん中で立ち止まった。


「で」


みんなを見回す。


「店の名前どうするよ」


グレッグが腕を組む。


「お前……考えずに行ったのかよ」


「忘れてたんだよ。仕方ねえだろ」


「仕方なくはねえよ」


エマが苦笑した。


「でも、決めないと看板が作れませんね」


「そういうことだ」


俺はテーブルの端に腰を乗せた。


「何でもいいから案出せ。分かりやすくて、覚えやすくて、変じゃねえやつな」


リアが少し遠慮がちに手を挙げる。


「あの……名前って、そんなに大事なんですか?」


「大事だ」


グレッグが即答した。


「何の店か分かんねえと客が入らねえ」


エマも頷く。


「覚えてもらうためにも必要ですし、看板があるだけで入りやすさは全然違います」


ルークが静かに言った。


「要するに、中身が伝わる名前がいいんだな」


「そういうことだ」


俺が頷いた、その時だった。


扉が開いた。


「失礼します」


嫌な予感しかしない声だった。


振り向く。


当然みたいな顔で入ってきたのは、レオルドだった。


しかも、でかい布包みを抱えている。


「……なんでお前がいるんだよ」


「さっきのお礼です」


「嫌な予感しかしねえ」


レオルドはそのまま店の真ん中まで来ると、布包みを立てた。


「ちょうど必要かと思いまして」


「必要って何が――」


言い終わる前に、布がばさっと外された。


そこにあったのは、立派な木の看板だった。


分厚い板に、深く、綺麗に文字が彫られている。


そして、その真ん中には大きく――


旨味亭ブレイブ


空気が止まった。


「…………は?」


一拍遅れて、俺は叫んだ。


「なんで店名決まってねえのに勝手に注文してんだよおおおお!!」


リアがびくっと肩を震わせる。

エマが目を丸くし、グレッグは額を押さえた。


レオルドは真顔のままだった。


「店の核は旨味。加えて、あなたはマスクドブレイブ。よって、旨味亭ブレイブが最適解だと判断しました」


「なんでお前が判断してんだよ!?」


「必要かなと思ったので」


「必要でも順番があるだろ!!」


ルークが看板をじっと見て、小さく言った。


「……まあ、“旨味亭”の部分は悪くないな」


「そうなんだよ! そこが余計に腹立つんだよ!」


エマも苦笑しながら看板を見上げた。


「すごく立派ですね……」


グレッグが腕を組む。


「で、これいくらしたんだ」


レオルドは何でもないことみたいに答えた。


「金貨五枚です」


「「高ぇよ!!」」


俺とグレッグの声が綺麗に重なった。


「看板に!?」

「何頼んだんだお前!?」


レオルドは少しだけ首を傾げる。


「立派な方がいいかと思いまして」


「立派すぎるわ!!」


エマが少し引き気味に聞く。


「……それ、もう支払ってるんですか?」


「もちろんです。助けていただいたお礼です」


「勝手に払うな!!」


「ですが、感謝は形にすべきかと」


「形にするな!! いや、するにしても相談しろ!!」


でも、もう支払っている。

しかも、どう見ても出来はいい。

そして何より――“旨味亭”の部分は普通に悪くない。


俺は看板を見て、レオルドを見て、もう一度看板を見た。


「……はぁ」


グレッグが鼻で笑った。


「使うのかよ」


「金貨五枚の看板を捨てられるかよ……」


エマも小さく頷く。


「作り直すのは、さすがにもったいないですね」


リアが少しだけ嬉しそうに言う。


「じゃあ……この名前になるんですね」


「仕方なくだけどな」


ルークが静かに言った。


「忘れにくい名前ではある」


「そこなんだよな……」


正直、語呂は悪くない。

悪くないのがまた腹立つ。


レオルドはほんの少しだけ胸を張った。


「お気に召していただけて何よりです」


「召してねえよ!!でももういい。使う。使うから、その満足げな顔やめろ」


「善処します」


「できてねえ」


俺は大きくため息を吐いた。


「……よし。表に出すぞ」



看板は立派だった。


思ってた以上にでかく、思ってた以上に目立つ。


入口の横へ据えると、一気に“店”らしくなった。


旨味亭ブレイブ


文字は太く、湯気の飾りまで入っている。

余計な“ブレイブ”さえなければ完璧だった。


通りすがりの人間が、すぐに立ち止まる。


「新しい店か?」

「旨味亭ブレイブ?」

「ブレイブ?……どっかで聞いた事あるな」

「スープとレグナ麺の店らしいぞ」


反応は悪くない。


俺が腕を組んで眺めていると、エマが隣に来た。


「……目立ちますね」


「だな」


「でも、ちゃんと見てもらえそうです」


「……それはそう」


レオルドが当然みたいな顔で頷く。


「良い看板は人を呼びます」


「お前はもう黙ってろ」


リアは看板を見上げて、小さく笑った。


「なんだか……本当にお店になった感じがします」


ルークはその少し後ろで、無言のまま看板と通りを見ていた。


グレッグだけが少しだけ不服そうだった。


「ブレイブが邪魔だ」


「分かる」


「まあでも、五万相当の看板なら使うしかねえか」


「分かる」


結局、全員だいたい同じ感想だった。



翌日。


旨味亭ブレイブの初日だ。


開店準備を終え、そろそろ扉を開けるかと思った頃には、もう表に人が並んでいた。


「……は?」


俺は扉の隙間から外を見て、思わず変な声が出た。


「なんで並んでんだ?」


エマが横から覗き込んで、目を見開く。


「え……もうですか?」


グレッグが鍋の蓋を開けながら言う。


「昨日の露店の客じゃねえのか?」


「それにしたって早すぎるだろ」


リアもそっと入口の方を見た。


「すごい……」


ルークが静かに言う。


「……先頭、やっぱり来てる」


「だろうな」


俺はため息を吐いた。


一番前には、当然みたいな顔でレオルドが立っていた。


「お前、店の前で野営でもしてんのか!?」


扉を開けた瞬間、俺が言うと、レオルドは澄ました顔で答えた。


「してません。私が一番に並ぶのは、この店の名付け親だからです」


「そうなんだよなぁ……」


「毎日通います」


「もっと別のことにその熱量使え」


後ろの客たちが少し笑う。


空気は悪くない。


「よし、開けるぞ!」


俺の声に合わせて、店の中が一気に動き出した。



忙しかった。


最初の一時間で、もう忙しかった。


スープを注ぐ。

麺を茹でる。

赤いソースを絡める。

器を運ぶ。

会計をする。

洗う。

また運ぶ。


「鳥スープ二つ! 赤スープ三つ!」

「鳥麺四つ、赤麺二つ!」

「麺上がるぞ!」

「器こっちです!」

「リアさん、それ二番卓!」

「ルーク、水!」

「今行く!」


店の中が回る。

ギリギリで回る。

でも、回っている。


グレッグは厨房で走り回っていた。

ソースの味と火加減を確認し、パスタを茹で、急いでスープをよそう。


ルークは言われたことを正確にこなしていた。

速くはない。

だが、無駄が少ない。


「そっちじゃねえ、こっちだ!」


「……分かった」


「分かったなら早く動け!」


「努力する」


「口じゃなく手を動かせ!」


怒鳴られながらも、ルークは黙々とついていった。


リアは最初こそ緊張していたが、エマの横で器を拭き、運び、卓を片付けるうちに少しずつ動けるようになっていった。


「これ、二番卓です」

「はい……っ」

「大丈夫、落ち着いて」


客の前に器を置いた時、小さな声が聞こえた。


「ありがとう」


リアが、ほんの少しだけ目を見開く。


たったそれだけの言葉なのに、何かが胸に入ったみたいな顔だった。


レオルドは当然のように、鳥と赤を両方頼み、当然のように満足そうに頷いている。


「やはり美味です」


「毎回二つ食うな」


「比較は大事です」


「比較は昨日で終わってんだろうが……」


でも、レオルドが美味いと言うと、周りの客が安心したように注文するのも事実だった。


旨味亭ブレイブの初日は、昼前から大繁盛だった。



昼営業が終わった時には、全員へとへとだった。


「……死ぬ」


俺が壁に背中を預けると、グレッグが鍋の底を確認しながら言う。


「夜があるぞ」


「聞きたくなかった」


エマは帳面を閉じて、深く息を吐く。


「でも、想像以上です」

「ここまで来るとは思いませんでした」


リアは少し赤くなった手を見ていた。

でも、その表情は朝よりずっと明るい。


「みんな……すごく美味しそうに食べてました」


「そりゃ、うまいからな」


グレッグがぶっきらぼうに言う。


リアは少し驚いてから、小さく笑った。


ルークは水を飲みながら、静かに店の中を見回していた。


何も言わない。

でも、ただ逃げ場を探している目じゃなかった。


ここがどういう場所になるのか、少しだけ考え始めているように見えた。



夜営業まで終わった頃には、もう足が棒だった。


最後の客が帰り、扉を閉めた瞬間、全員が一気に力を抜いた。


「……終わったあ……」


俺が椅子に崩れ落ちる。


グレッグは流しにもたれたまま、空の鍋を睨んでいた。


エマは帳面と金を前にして、しばらく黙っていた。


「どうした」


俺が聞くと、エマはゆっくり顔を上げた。


「……すごいです」


「何が」


「売上です」


帳面をこっちへ向けられる。


「鳥旨味スープが三十八杯、赤旨味スープが三十一杯。鳥レグナ麺が五十二食、赤レグナ麺が六十一食」


俺は頭の中で計算して、途中で諦めた。


「で、合計は」


エマが少しだけ興奮した声で言う。


「銀貨百二十六枚と、大銅貨四枚です」


「は?」


思わず間の抜けた声が出た。


「初日でそれかよ……」


リアも目を丸くし、ルークも無言で帳面を見る。


でも、その空気をぶち壊すようにグレッグが言った。


「無理だな」


「何がだよ」


「これ毎日は死ぬぞ」


グレッグは空になった鍋を指で叩く。


「せめて、あと一人……いや、二人は欲しい。今日みてえなのを毎日やったら、そのうち誰か倒れるぞ」


エマも静かに頷く。


「はい。嬉しい悲鳴ではありますけど、このままだと限界が来ます」


俺は椅子に背中を預けて、天井を見た。


旨味亭ブレイブ。

開店初日。

大繁盛。


でも、問題が消えるわけじゃない。

むしろ増えてる。


「……また仕事が増えたな」


そう呟くと、グレッグが鼻を鳴らした。


「店ってのはそういうもんだ」


エマは少し笑う。


「でも、いい一日でしたね」


俺は少しだけ口元を緩めた。


「……まあな」


借金つきの新店舗。

事情ありのガキ二人。

面倒くさい友人未満の変人貴族。

それでも、客は笑って帰っていった。


だったら、悪くない。


俺たちの店――旨味亭ブレイブは、思ってたよりずっと良い形で始まったらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白いけど〜変身ヒーロー物語が、料亭物語になってしまったのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ