第45話「保護と報酬」
東の森を抜けて、街道に戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。
俺は前を歩きながら、ちらりと後ろを見る。
少年と少女は、少し距離を取ってついてきていた。
少女はまだ警戒している。
少年の方は落ち着いてるというか。
ガキっぽくない。
「なあ」
俺が声をかけると、少年が顔を上げた。
「なんであんなとこで襲われてた」
少年は少しだけ黙った。
考えてる。言う内容を選んでる感じだ。
やがて、静かに口を開いた。
「……僕たちはパルマの商人の息子と娘だ」
少女が小さく俯く。
「王都へ向かう途中だった。父の商会が恨みを買っていて……その相手が、闇ギルドを使った」
「親は?」
「殺された」
短い返事だった。
風が吹く。
俺は前を向いたまま、内心で眉をひそめる。
パルマの商人。
王都へ向かっていた。
そこまで聞いた時点で、引っかかる。
なら、俺の顔を知らないのはおかしい。
パルマでのゴブリンキングの件は、街中の人間が知ってる。
俺がレグナに来て数日は経っているから、後からパルマを出たことになる。
(……嘘か)
少なくとも、全部は本当じゃない。
でも、今それを暴いたところで意味はない。
「……ふーん」
俺はそれだけ言って、それから続けた。
「で……名前は?」
少年は少しだけ間を置いてから答えた。
「……ルーク」
少女も、遅れて口を開く。
「私は……リアです」
(それも本当か怪しいな)
まあ、今はいい。
呼び名があるなら十分だ。
「ルークとリア、な」
少し歩いてから、今度は別のことを聞く。
「お前ら、金持ってるのか?」
リアがびくっとして、ルークを見る。
ルークは少し黙ってから答えた。
「……ほとんどない」
「ほとんどって?」
「銀貨が数枚だけだ」
俺は眉をひそめた。
追われてる。
金もない。
頼れる相手も、たぶん今はいない。
「……なら、しばらく面倒見てやる」
リアが顔を上げる。
「え……?」
「狙われてるなら、その辺に放るわけにもいかねえだろ」
俺はため息を吐いた。
(クエストもあるしな)
「ただし、ずっと面倒見られるとは思うなよ。落ち着くまでだ」
ルークは俺を見た。
「……なぜ、そこまでする」
「うるせえ。助けちまったからだよ」
それ以上は聞いてこなかった。
⸻
宿に戻ると、エマが入口で固まった。
「……え?」
グレッグは鍋を洗っていた手を止めて、露骨に嫌な顔をした。
「厄介事の臭いがする。帰れ」
「言い方」
俺は二人を前に押し出した。
「説明は後だ。こいつら腹減ってるみたいだから、とりあえず食わせてやってくれ」
リアが少し身をすくめる。
ルークは黙って周りを見ていた。
エマはすぐにしゃがんで、目線を合わせた。
「大丈夫ですよ。すぐ用意しますね」
グレッグが鼻を鳴らす。
「俺がな」
「はい、グレッグさんが」
「最初からそう言え」
その時だった。
受付の女が、俺を見るなり姿勢を正した。
「ユウヤ様。レグナ支部ギルドより、お戻りになりましたらお越しいただきたいと、言付けを預かっております」
「……今かよ」
「急ぎのようでした」
タイミング悪すぎだろ。
俺はため息を吐いて、エマとグレッグを見る。
「悪い。俺、ちょっとギルド行ってくる」
「こいつら、先に食わせといてくれ」
エマが頷く。
「分かりました」
グレッグは嫌そうな顔のまま、もう鍋に火をかけていた。
「さっさと行け。戻ってくる頃には食わせといてやる」
「助かる」
俺はルークとリアに目を向ける。
「逃げるなら好きにしろ。けど、次に追われても助けられるとは限らねえからな」
ルークは一瞬だけ黙ってから言った。
「……残る」
リアもすぐに頷いた。
「わ、私も……」
「よし。じゃ、任せた」
俺は踵を返して宿を出た。
⸻
レグナ支部ギルドは、夜になっても妙に明るかった。
受付で名前を言うと、すぐに奥へ通される。
ギルド長室の扉を開けると、ヘルガが腕を組んで立っていた。
相変わらずの圧だ。
部屋にいるだけで空気が重い。
「来たか」
「来たよ。で、何だ」
ヘルガは机の上の書類を軽く叩いた。
「お前の報酬の正式査定が終わった」
俺は少しだけ姿勢を正した。
「南門防衛、ゴブリンキング討伐、ジェネラル級の排除、民間被害の抑制――その全てを踏まえて、本査定が出た」
「……で?」
「追加で白金貨四十枚。仮払いした白金貨を合わせると、白金貨五十枚だな」
「は?」
思わず間の抜けた声が出た。
ヘルガは淡々と続ける。
「本来なら、もっと上がっていた。ゴブリンキングの魔石が残っていれば、それだけでも査定は数倍にもなったはずだ」
「何十倍?」
「だが現物はない。加えて、今は国の状況も不安定だ。王都も、金の出し方にだいぶ神経質になっている」
俺は眉をひそめた。
「……つまり、だいぶケチられてるってことか」
「言い方は悪いが、そういうことだ」
「こんだけ死にかけて白金貨五十枚か……」
ヘルガはそこで、もう一枚の書類を机に置いた。
「それと、ランクも上がる」
「……あ?」
「Dランクのままは無理だ。今日付で、お前をBランクに昇格させる」
「は!?」
今度は本気で声が出た。
「また、そんな飛ぶのかよ」
「ゴブリンキングとジェネラル級を討伐した時点で飛び級は当然だ。むしろ魔石が残っていれば、もっと面倒な話になっていた」
「面倒ってなんだよ」
「お前を王都に縛りつける理由が増えるという意味だ」
「今でも十分縛ろうとしてるだろ……」
ヘルガは腕を組んだまま言う。
「ただし、経験も少なく、不安定な要素が多い。よって、王都ギルド監督下での特例昇格だ」
「やっぱ条件付きじゃねえか」
「不満か?」
「……何か嫌な予感がする」
ヘルガは小さく鼻を鳴らした。
「……勘がいいな。Bランクからは指名依頼が来ることもある」
「指名依頼?」
「ギルドから直接回す案件だ。場合によっては、貴族から高報酬の依頼が来ることもある」
俺は眉をひそめた。
「……それって拒否できるのか?」
ヘルガは少しだけ間を置いた。
「……場合による」
「場合によるってなんだよ」
「相手と内容次第だ。断れる依頼もある。断りにくい依頼もある」
「それ、昇格っていうか面倒ごとが増えただけじゃねえか?」
「高報酬には高報酬の理由がある。世の中、うまい話ほど面倒だ」
「そんなことだろうと思った……」
「それでもBに上がる価値はある」
「まあ、金は好きだしな」
ヘルガは机の引き出しから袋を二つ出した。
片方は見覚えのある重さ。
もう片方が、さらに重い。
「受け取れ」
袋を持った瞬間、腕が沈む。
重い。
笑えるくらい重い。
「……こんなに貰っていいのかよ」
「貰う権利があるから貰える。不満か?」
「いや、ない」
即答した。
あるわけない。
ヘルガは俺をじっと見る。
「それと、所在をはっきりさせろ。お前は王都ギルドの監督下になる。それを使って家を借りるなりしろ」
「監督って言い方は好きじゃねえな」
「気に入る必要はない」
拠点か。
確かに露店だけじゃ、いろいろと限界がある。
今は特に、あの二人もいる。
「……分かった」
俺は袋を腰に括りつけた。
「じゃあな」
⸻
宿へ戻ると、エマとグレッグ、そしてルークとリアが一階にいた。
リアは空になった器を両手で持っている。
ルークも、二杯目まできっちり食ったらしい顔をしていた。
グレッグが俺を見るなり眉をひそめた。
「遅かったな」
「まあな」
俺はそのまま、机に袋を二つ置いた。
どん、と重い音が鳴る。
エマが振り向く。
「ユウヤさん?」
グレッグも眉を寄せる。
「なんだそれ」
「報酬」
俺は袋の口を開いた。
白金貨が、鈍く光る。
エマもグレッグも固まった。
「……は?」
「……え?」
リアも目を見開いている。
ルークだけは表情を崩さなかったが、目つきが少し変わった。
俺は何でもないことみたいに言った。
「白金貨五十枚」
「ご、五十!?」
「お前何したんだよ!!」
グレッグが素で叫んだ。
俺は椅子に腰を下ろしながら答えた。
「街を一個救ったんだよ」
「なんだそれ!?」
「これでもケチられてんだぞ」
エマがまだ信じられない顔で袋を見ている。
「白金貨五十枚って……お店、持てますよ?」
その言葉に、俺は袋を指で叩いた。
「それだ」
グレッグが腕を組む。
「それって?」
「これだけ元手があれば、店構えられねえか?」
一瞬、空気が変わる。
エマの目が、商人のそれになった。
「……できると思います」
「あるのか」
「たぶん。明日、商業ギルドで物件の情報を聞いてみましょう。王都で店を出す人向けの仲介や紹介もあるはずです」
グレッグが鼻を鳴らす。
「金ができた途端、話が早えな」
「今までは露店しか選べませんでしたから」
「まあ、それはそうだな」
俺はルークとリアを見る。
「宿にずっと住み続ける訳にもいかねえしな。だったら、まとめて確保した方が早い」
リアが小さく息を呑んだ。
ルークは静かに俺を見ている。
「……俺たちもいいのか?」
「行く場所ねえんだろ、お前ら」
「……」
「だったら、ある程度落ち着くまでそこで寝泊まりしろ。細かいことは、明日決める」
エマは、ほっとしたように笑った。
「じゃあ、明日は商業ギルドですね」
俺は頷いた。
「よし。それでいく」
袋の白金貨が、机の上で重たく光っている。
露店から始まった商売。
事情がありそうな子供が二人。
そして、五十枚の白金貨。
めちゃくちゃだ。
でも、こういう時に限って人生は前に進む。




