第43話「レグナ麺の初陣」
朝のレグナは、昨日よりさらに騒がしかった。
南市場の端。
俺たちの露店の前には、まだ店を開ける前だってのに列ができていた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
エマが木椀を並べる手を止めて、目を丸くした。
「な、並んでます……」
グレッグが鍋の蓋を少しずらして、鼻を鳴らす。
「昨日の時点で嫌な予感はしてた」
「嫌な予感って言うな。嬉しがれ!」
そう言いつつ、俺は列の先頭を見てげんなりした。
――いた。
当然みたいな顔で、当たり前みたいに立ってる男が。
仕立てのいい服。整った顔。
朝から無駄に爽やかでいけ好かない野郎。
「なんでお前が一番前なんだよ……」
レオルドは静かに言った。
「昨日、また来ますと言いましたので」
「すげえ気に入ったんだな」
「とても美味でした」
レオルドの後ろにも、昨日来た客の顔がちらほら見える。
「昨日の赤いの、うまかったんだよな」
「今日は鳥の方からいくか……」
「薬草入りってのが地味にいいんだよ」
新しい顔も混ざってる。
昨日の客が、別の客を連れてきたのかもしれない。
(……ちゃんと広がってるな)
俺は鍋を見た。
鳥の旨味スープ。
赤い旨味スープ。
そして、昨日なんとか形にしたパスタもどき。
いける。
いや――いくしかない。
「エマ、麺の値段どうする?」
エマは少し考えてから言った。
「鳥の方は大銅貨八枚。赤い方は薬草も入ってますし、銀貨一枚でどうでしょう」
「強気だな」
「スープより腹に溜まります。食事として出すなら、それくらいでも」
グレッグが口を挟む。
「安く売る気はねえ。こっちは早朝から粉と格闘してんだ」
「お前が一番言うと説得力あるな……」
俺は頷いた。
「よし。それでいく」
エマが看板の横に、新しい札を立てた。
新作 レグナ麺
鳥のレグナ麺 大銅貨八枚/赤いレグナ麺 銀貨一枚
列がざわつく。
「レグナ麺?」
「なんだそりゃ」
「新作ってそれか」
俺は口の端を上げた。
「スープだけじゃ腹が膨れねえだろ。だから、主食を作った」
「主食?」
「小麦粉で作った麺だ」
一瞬、沈黙。
「パンじゃねえのか?」
「切ってあるぞ」
「小麦粉って、そういう形にもなるのか……?」
グレッグが鼻を鳴らす。
「なるようにしたんだよ」
「偉そうだな」
「偉いからな」
「嘘つけ」
⸻
最初に頼んだのは、当然みたいにレオルドだった。
「赤いレグナ麺を」
「迷いがねえな」
「昨日の赤が美味でした」
グレッグが小鍋に赤いスープを入れて、少し煮詰める。
茹でた麺をそこへ落として絡め、深皿に盛る。
トマルの酸味。
オニアの甘み。
薬草の爽やかな香り。
湯気が立つ。
通りの空気が、少しだけ変わった。
「……なんだあれ」
「赤い汁を絡めてるのか?」
「すげえ美味そうな匂いだな」
レオルドが皿を受け取る。
木のフォークみたいな道具で麺を持ち上げようとして、少し手間取った。
「食べにくいですね」
「フォークがなかったんだよ。今日のところはそれで我慢してくれ」
「ですが、嫌いではありません」
「まだ食ってねえだろ」
レオルドが一口。
止まる。
さらにもう一口。
列の後ろまで、妙に静かになる。
そして、レオルドがゆっくり言った。
「……美味です」
短い。
分かりやすい。
一番強い。
ざわ、と通りが揺れた。
「レオルド様がまた美味いって言ったぞ」
「それ、スープじゃなくて麺だよな?」
「腹に溜まるのか?」
俺が言う。
「溜まる。だから作った」
レオルドは真顔で頷いた。
「昨日のスープは驚きでしたが、これは満足ですね」
「おっ、まともなこと言ってくれるじゃねえか」
「腹に残るのがいいです」
「それだよ、それ」
レオルドが皿を持ったまま、続けた。
「鳥の方もください」
「赤食って即、鳥もかよ」
「比べたいので」
「はいよ」
その一言で客が動いた。
二番目の客が前に出る。
「じゃあ俺も、そのレグナ麺」
「赤い方くれ」
「鳥の方はどうなんだ?」
「薬草入りなんだろ?」
エマが一気に商売の声になる。
「赤い方は香りが強くて、鳥の方は優しい味です! ! どちらも旨味がありますし、赤い方は体にもいいですよ!」
「よし、赤いの一つ!」
「俺は鳥!」
「スープもまだあるよな!?」
「あります!」
一気に注文が入り始める。
グレッグが怒鳴る。
「次! 注文まとめろ!」
「赤麺一! 鳥麺二! 赤スープ一!」
俺は器と皿を並べて、呼び込みに回る。
「赤い方は香り強め! 鳥は優しい! レグナ麺は腹に溜まるぞ! スープもある! 薬草入りで体にもいい!」
昨日は物珍しさだった。
でも今日は違う。
みんな、美味いから買いに来てる。
(……勝ったな)
俺は口元が緩みそうになるのを、なんとか抑えた。
⸻
「赤麺もう一つ!」
「鳥のレグナ麺、子供でも食えるか?」
「赤い方、思ったより食いやすいな!」
皿が返ってくる。
木椀が戻ってくる。
そのたびにエマがさっと受け取って、洗い場に流す。
昨日より、明らかに忙しい。
グレッグの手が止まらない。
「麺! 次の麺持ってこい!」
「赤足りねえ、鍋寄こせ!」
「はいはい、今やってる!」
俺も皿を運びながら叫ぶ。
「熱いから気をつけろ! あと器は返せよ! パクるなよ!」
「誰がパクるか!」
「前のやつ返せ! 次が食えねえ!」
「分かってるって!」
露店の前は、祭りのようになっていた。
湯気。
香り。
木椀のぶつかる音。
客の声。
グレッグの怒鳴り声。
エマの商売声。
その真ん中で、レオルドが当然のように二杯目を頼んでいた。
「……お前、まだいたのかよ」
「鳥の麺も食べなければいけません」
「そこはお前、お得意の自由だろ」
「いいえ、これは義務です」
「いや、義務じゃねえからな!?」
後ろの客が吹き出す。
「あんた、すげえ面白いんだな」
「レオルド様って、いつもこんな感じなんですか?」
レオルドは鳥のレグナ麺を食いながら頷く。
「否定はしません」
「さっさと食べろ。後ろがつっかえてる」
でも、その空気がまた客を呼んだ。
(Aランク客寄せパンダかよ……)
⸻
昼前には、鍋の底が見え始めた。
グレッグの額から汗が落ちる。
エマの声は少し掠れてる。
俺も皿を運ぶ手がさすがに重い。
でも列は消えない。
「おい、鳥の麺、残り少ねえぞ!」
グレッグが怒鳴る。
「赤は?」
「赤も危ねえ!」
エマが客に頭を下げる。
「すみません! なくなり次第終了になります!」
「は!? もう!?」
「まだ昼前だぞ!」
「明日また来てくれ!」
俺が言うと、列の後ろから声が飛ぶ。
「朝から並べってことかよ!」
「すまん!」
「明日はもっと用意しとけよ!」
「……だってよ、グレッグ!」
「お前も手伝えや!!」
そのやり取りの間にも、残りは減る。
最後の一皿。
赤いレグナ麺。
受け取った客が、ちょっと誇らしそうに食べている。
グレッグが空になった鍋を見て、深く息を吐いた。
「……終わりだ」
エマが売上袋を両手で抱えたまま、呆然と呟く。
「……完売、ですね」
「昼前でな」
俺も鍋の中を覗き込む。
空っぽだ。
(マジか)
昨日は「売れた」で終わった。
今日は違う。
売れるという確信を得た。
それが、目の前の空鍋で分かる。
「……いけるな」
俺が言うと、グレッグが壁にもたれて笑う。
「いけるけど、腕が死ぬ」
「そこはまあ、そうだな」
エマが少しだけ頬を緩める。
「すごいです……こんなに喜んでもらえるなんて……」
「だろ」
俺は売上袋の口を開いて、中を覗いた。
昨日は大銅貨ばかりだった。
でも今日は違う。
銀貨が目立つ。
「……銀貨六十八枚と、大銅貨五枚」
思わず、口元が緩んだ。
「昨日の約3倍だな」
エマが目を丸くする。
「そんなに……!」
グレッグが鼻を鳴らした。
「そりゃそうだろ。麺は強気に取ったんだからな」
「やっぱ腹に溜まるもんは、ちゃんと金になるな」
俺は袋を軽く持ち上げた。
ずしりと重い。
スープは入口。
麺は利益。
その形が、ちゃんと数字になって出てる。
「……勝ったな」
「まだ早ぇよ」
グレッグが言う。
「今日は勝った。でも、まだ珍しいから食ってる客も多い」
「だな」
俺も頷いた。
「スープも麺も上手くいった。暫くはこれを主軸にして質を高める」
エマが息を呑む。
「……もっと、上を狙うんですか」
「当たり前だ」
俺は頷いた。
「旨味も麺も受け入れられた。だったら次は、もっと強いソースだ」
グレッグが少しだけ笑う。
「欲深ぇな」
「商売人だろ?」
「この間までハンターやってたやつが言うな」
「今は兼業だ」
「嫌な兼業だな」
俺は机の上に残った麺の切れ端をつまむ。
「ソースの強化。あと、麺の形ももっと詰めたい」
グレッグが鼻を鳴らした。
「簡単に言ってくれるな」
「それがお前の仕事だ」
「……臨むところだ」
俺は笑いかけて――そこで止まった。
カン。
ベルトが鳴る。
「……あ?」
視界の端に、透明なウィンドウ。
『クエスト : 東の森の少年少女を救え』
『レグナ東の森で少年と少女が襲われている』
『報酬:ヒーローポイント8』
「……今かよ」
エマがきょとんとする。
「どうしました?」
グレッグも眉をひそめた。
「変な顔してるぞ」
俺は空になった鍋を見た。
売れた。金も入った。
店も、ちゃんと回り始めた。
なのに。
「……商売の次は、ヒーローの時間らしい」
「は?」
「なんでもねえ。ちょっと出る」
エマが慌てる。
「えっ、今からですか!?」
「今からだ」
グレッグが立ち上がる。
「どこ行く」
「東の森」
「急すぎるだろ」
「俺もそう思う」
俺はベルトを軽く叩いた。
カン。
(少しくらい休みをくれよ……)
でも、放っとける類の内容じゃない。
俺は息を吐いて、二人を見た。
「今日の片付け、頼めるか」
エマがすぐに頷く。
「はい。任せてください」
グレッグが舌打ちした。
「戻ってきたら、続きだぞ」
「わかってる」
俺は背を向けた。
旨味は通った。
商売も回り始めた。
――それでも。
助けを求める声が鳴るなら、
俺はそっちにも行かなきゃならないらしい。
「……ほんと、休ませてくれねえな」
そう呟いて、俺はレグナ東の森へ向かって駆け出した。




