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異世界でフルチンだった件 ~脱変態を目指したら英雄になっていた~  作者: 白峰レイ


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第41話「スープの販売」

朝のレグナは騒がしかった。


南市場の端。

人通りはあるが、中心よりは少しだけ落ち着いている。

それでも、グレンやパルマとは比べものにならない。


エマが木箱を並べる。

グレッグが鍋の火加減を見る。

俺は器を並べて、通りからどう見えるかを確かめた。


鍋は二つ。


一つは、鳥の骨と干しきのこの旨味スープ。

もう一つは、そこにトマルとオニアを入れた赤い旨味スープ。


赤い方には、エマの薬草を少しだけ使ってある。

オレガノみたいな爽やかな香り。

薬草入りだから体にもいい。これが今日の売りだ。


湯気が立つ。


匂いはいい。かなりいい。


「……最高の匂いだな」


俺が言うと、グレッグが鍋を覗いたまま鼻を鳴らした。


「匂いだけならな」


「縁起でもねぇこと言うな」


エマは鍋の横に薬草を並べながら、小さく笑った。


「その前に、値段を決めませんか?」


「そうだった」


俺は鍋を見た。


「いくらがいい」


エマは少し考えてから答えた。


「鳥の方は大銅貨三枚。赤い方は薬草を使ってるので、大銅貨四枚くらいでしょうか」


「スープだけで四枚か……ちょっと強気だな」


「王都ですし、薬草入りですから」

「安すぎると逆に怪しまれます」


「……なるほどな」


グレッグが口を挟む。


「匂いだけなら銀貨でも取れそうだけどな」


「調子に乗るな」


「冗談だよ」


冗談に聞こえねえんだよ、この料理人。


「じゃあそれでいく」

「鳥が三枚、赤が四枚だ」


エマが頷く。


「はい」


俺は通りを見た。


「で、値段だけじゃ弱い。目立たせたいな」


「看板ですか?」


「だな。看板作るか」


俺は木の板と炭を持ってきた。


エマがぱっと振り向く。


「いいですね! 文字があった方が、立ち止まってもらえます」


「任せろ」


さらさらと書く。


試食無料

先着三名

薬草入り 旨味スープ


書き終えて、板を立てた。


エマとグレッグが揃って黙る。


「……どうした」


エマが板を見たまま言った。


「ユウヤさん。それ、何て書いてあるんですか?」


「は?」


グレッグも眉を寄せる。


「見たことねえ字だな」


俺は板を見て、ようやく気づいた。


(……日本語ダメじゃん)


反射でベルトを叩く。


カン。


(読めるようにしてくれてるなら、書けるようにもしろよ……)


返事はない。

知ってた。


「……悪い。なんか癖で」


「癖で知らない文字を書く人、初めて見ました」


「俺もだよ」


グレッグが板をひったくる。


「貸せ。俺が書く」


「頼む。ちゃんと読めるやつでな」


グレッグは勢いよく炭を走らせた。


ガリガリガリガリ。


書き終えて、満足げに板を置く。


今度は俺が黙った。


「……おい」


「なんだ」


「汚くて読めねえ」


「うるせえ」


エマが小さく手を挙げた。


「……私、書きます」


結局、エマの字が一番綺麗だった。


板には、すっきりとこう並んだ。


薬草入り 旨味スープ

鳥旨味 三枚/赤旨味 四枚

体にもいい

先着三名 試食無料


「よし」


俺は頷いた。


「これでいける」


グレッグが鍋を混ぜながら言う。


「ん? 試食ってなんだ?」


「最初の一杯が売れりゃ流れができる。だから三人までタダで飲ませるんだよ」


俺は空の器を指で弾いた。


「小さい器もねえし、とりあえずそれくらいで様子見だ」


エマが真面目に頷く。


「最初の三人だけ……ですね」


「そう」


俺は通りを見た。


匂いで足を止めるやつは、もう何人かいる。

ただ、赤いスープが珍しいのか、薬草が入ってるのが珍しいのか分からないが、誰も買おうとしない。


ただただ時間だけが過ぎていく。


「……サクラするってのはどうだ」


エマが首を傾げる。


「さくら?」


「客のふりして演技するんだよ。『うまっ!』って言って注目してもらう」


言った瞬間、エマが即座に首を振った。


「そんなのダメです! そもそも私たち、ずっとここにいるからバレちゃいますよ」


「だよな」


俺もすぐ頷いた。


「商売は信用が命だ。最初にそれ捨てたら終わる」


エマがほっと息をつく。


「はい。絶対ダメです」


「だったらやることは一つ。呼び込みしかねえ」


エマが息を吸った。


「薬草入りの旨味スープです! 体にもいいです! 試食、先着三名無料です!」


足は止まる。


止まって、看板を見て、鍋を見て、匂いを嗅ぐ。


でも、来ない。


「薬草入り……?」

「体にいいって、本当か?」

「なんか嗅いだことない匂いだな……」

「赤いスープって大丈夫か?」


小声は聞こえる。

興味もある。


でも、最後の一歩が出ない。


「……まあ、そうなるよな」


俺がぼそっと言った、その時だった。


「先着三名とは、先に着いた三名ということですね」


聞き覚えのある、やけに澄んだ声。


振り向く。


レオルド・フォン・アルヴェイン。


相変わらず無駄に整った顔。

相変わらず無駄にいい服。

そして、相変わらず無駄に理屈っぽい。


「つまり、私はまだ間に合うということです」


「お前か」


レオルドは軽く一礼した。


「先日は失礼しました。謝るべきことを謝るのは、大事なことです」


「急にまともだな」


「まともだから謝っているのです」


「そうかよ」


レオルドの目が鍋に落ちる。


「香りが気になっていました。試食を希望します」


エマがぎこちなく頭を下げた。


「レ、レオルド様……」


「では、いただきます」


レオルドは躊躇というものがない。


こいつなら飲む。

こいつなら言う。

そして、こいつが言えば広がる。


グレッグが小さい器に赤い方を注いだ。


「熱いぞ」


レオルドは一口すすった。


……止まった。


そのまま、もう一口。


沈黙。


周りの人間まで息を止めたみたいになる。


そして、レオルドがゆっくり言った。


「……美味です」


短い。

分かりやすい。

一番強い。


ざわ、と通りが揺れた。


「レオルド様が……?」

「美味いって言ったぞ」

「本当に薬草入りなのか……?」


レオルドが器を置く。


「購入します。二種類とも」


「試食して即買いかよ」


「これは毎日でも飲みたいです。毎日でも飲みたいということは、毎日飲んでいるということではありません」


「どっかで聞いたことあるようなこと言うんじゃねえ!!」


エマが慌てて売り用の器を用意する。


「鳥の方と、赤い方ですね」


「はい。比較する自由があります」


「自由って言いたいだけだろお前」


レオルドは迷いなく銀貨を一枚置いた。


「お釣りをお願いします」


「そこはちゃんとしてるんだな」


「金銭は明確であるほど健全です」


「その意見だけは全面的に正しい!」


でも、そのやり取りで空気が変わった。


次の客が、前に出る。


「……じゃあ俺も、赤いの」

「俺は鳥の方」

「薬草入りって、本当に体にいいのか?」


エマが一気に商売の声になる。


「はい! 香り付け程度ですが、お腹にやさしい薬草が入ってます!」


レオルドの後に並んだ客がスープに口をつける。


「うまっ!! これ、マジで美味いぞ!!」


思わずといったように目を見開いて叫んだ。


「一杯、ください!」

「こっちも!」


すぐに列ができた。


あっという間だった。


グレッグが叫ぶ。


「来たぞ! 次! 器寄こせ!」


「はいはい、戦争だな!」


俺は器を並べて、呼び込みに回る。


「鳥は優しい! 赤は香りが強い! 赤い方は薬草入り! 体にもいいぞ!」


鍋が減る。

大銅貨が増える。

客が笑顔になる。


旨味は、ちゃんとこの世界でも通用した。


俺は少しだけ肩の力を抜いた。


――その時。


レオルドが二杯目を飲み終えて、爽やかに言った。


「では私は帰ります。明日も来る自由があります」


「来なくていい自由もあるぞ!」


「それは明日、考えます」


「ほんとに変なやつだな……」


レオルドは笑って去っていった。


その頃には店の前には行列が続いていた。



昼過ぎ。


鍋がほとんど空になった頃、俺は壁にもたれて言った。


「……かなり売れたな」


エマが汗を拭きながら頷く。


「こんなにたくさんのお客さんが来るなんてびっくりしました」


俺は売上袋の口を開いて、中を覗いた。


鳥の旨味スープは大銅貨三枚。

赤い薬草入りは大銅貨四枚。

試食で三杯タダで出したのに、袋の中には銀貨と大銅貨がずっしり詰まっていた。


「……大銅貨二百十二枚」


思わず口元が緩む。


(初日で二万超えか。かなりいいな)


エマが目を丸くする。


「そんなに……!」


グレッグが鍋をかき混ぜながら鼻を鳴らした。


「そりゃ売れただろ。あんだけ並んでりゃな」


「ただ――」


俺は袋を軽く揺らした。


「薬草が少し高い分、見た目ほど丸儲けってわけでもねえ」


エマが頷く。


「はい。スープは回しやすいですけど、単価はそこまで高くできませんから……」


「だから、次だ」


俺は指を一本立てた。


「次はパスタで勝負しよう」


エマが瞬きする。


「……ぱすた?」


「……もしかして、パスタ知らない?」


グレッグが即答した。


「そんな料理聞いたことねえな」


「マジかよ……小麦粉で麺を作って茹でるやつだぞ?」


「麺ってなんだ? 小麦粉はパンに使うもんだろ」


「……パンにしか使われてないのかよ」


エマが列を捌きながら、こっちを見る。


「何か思いついたんですか?」


俺は頷いた。


「ああ。次は旨味のあるソースを使った主食で勝負する」


グレッグが鍋を混ぜながら、少しだけ笑う。


「パンじゃない主食か……面白ぇ」


「だろ」


俺は露店の列を見た。


「エマ、販売頼む。グレッグ、今日は閉めたら小麦粉買いに行くぞ。研究だ」


エマが小さく笑って頷いた。


「はい。任せてください」


グレッグも口角を上げる。


「やってやるよ」


俺は鍋の湯気の向こうで、次の一手を決めた。


(旨味は通用した。次は麺だ)

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