第40話「旨みの研究」
「エマ、商売の始め方を教えてほしい」
俺が言うと、エマは箱を抱えたまま固まった。
「……え、えっと……私に、ですか?」
「他に誰がいる。レグナに知り合いなんていないからな」
エマはぱちぱちと瞬きをして、それから遅れて小さく笑った。
「……はい。任せてください。私でよければ」
「助かる。まじで助かる」
俺は息を吐いて、通りを見回した。
(この世界に足りないもの……)
パチンコ、タバコ……ダメだ。これは、ただ俺が欲しいものだ。
そんなもんは無理だ。作れないし広められない。
(じゃあ飯だな)
飯が全部、塩と黒胡椒。
これが地味にキツイ。戦いより地味に嫌だ。
「……ちなみになんだけど、エマ。お前は何売るつもりなんだ?」
エマが自分の箱を軽く叩く。
「薬草です。パルマでもそれで食べてました」
「薬草って……薬か?」
「はい。正確には薬にする前の段階です。もちろん薬や回復魔法に比べたら全然ですけど……お腹が痛いとか、頭が痛いとか、それくらいなら効きます」
言いながら、エマの目が少し沈む。
「それに……薬も診療所も高いですから。気軽に頼れない人が多いんです」
「だろうな」
俺は箱のふたを指でちょいと押さえて、中を覗いた。
乾かした葉。束ねた茎。根っこ。粉。
そして何より強烈な匂い。
……薬草ってより、香草に見える。
一つ、匂いを嗅ぐ。
「……この匂い、どっかで嗅いだことあるな」
エマが首を傾げる。
「匂い、ですか?」
別の束も嗅ぐ。
(あっ……バジルの匂いだ。こっちは……オレガノっぽいぞ)
俺は勢いよく顔を上げた。
「なぁこれ、症状なくても食ったらどうなる?」
「えっ……食べるんですか?」
「おう、料理に使えるぞ」
エマは戸惑いながらも、ちゃんと答えた。
「体に害はないです。……特に何も起きません」
「よし」
俺は拳を握った。
「この世界の飯、味が全部いっしょなんだよな。塩、黒胡椒、塩、黒胡椒。他に味もねえし、旨味もない」
「うま……み?」
「俺の国の魔法」
「魔法!?」
「そう思っていい」
俺は箱の中の薬草をもう一度見た。
「でも、料理に回して在庫は大丈夫か?」
エマはすぐに頷いた。
「はい。料理に使う量なら問題ありません。パルマから持ち出せた在庫もまだありますし、王都に来てからは祖父が昔の仕入れ先を当たってくれてるんです。足は悪いですけど、顔は広いので」
「……なるほどな」
俺は露店の並びを見て、頭の中で組み立てる。
(旨みと言えば……昆布、鰹節、干し椎茸とかだよな……)
「エマ。明日、露店出すのに何が要る?」
エマはすぐに切り替えた。
「まず商業ギルドの手続きです。露店許可と場所の申請。あと会員登録」
「……それやらなきゃダメか?」
「いえ……私がやります。露店は私の名義で出して大丈夫です」
よし。面倒が減った。
「登録料は?」
「金貨一枚です」
「高っ」
「王都レグナですから……」
エマが苦笑いする。
「それにレグナの商業ギルドは厳しいことで有名なので、ここで登録は止めた方がいいかもしれません。私はパルマの登録もありますし、たぶん大丈夫です」
「じゃあ、明日はエマが商業ギルド。俺は市場で材料集める」
「材料?」
俺は箱の薬草を指でトントン叩いた。
「こいつは薬だけで売るのもったいない。間違いなく料理に使える」
「……え」
エマの顔が、半分理解、半分不安。
「だいじょうぶ。まず俺が試作する。宿の鍋借りて」
「宿……そんなの貸してくれますか?」
「白金貨の宿だぞ。貸してくれるだろ」
(たぶん)
俺は一拍置いて、財布を叩いた。
「金貨1枚で場所代とかもろもろ、足りるか?」
「いや、さすがに私が出しますよ」
「いや、それじゃあ俺がおんぶにだっこになっちまう」
エマが何かを言おうとしたが、俺は手で止めた。
「エマ、恩とかそういうのは無しにしよう。俺に付き合ってもらうんだ。対等でやろうぜ」
エマは、少しだけ目を丸くしてから、こくりと頷いた。
「……はい。成功させましょう!」
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市場は、でかかった。
グレンとパルマの“店”じゃない。
ここは“胃袋の戦場”だ。
俺は肉屋に突っ込んだ。
「おっちゃん、使わねえ鳥の骨とかあるか?」
肉屋のおっさんが眉をひそめた。
「骨? 犬でも飼ってんのか」
「まあ、そんなとこだ」
「犬、かわいいよな……うちにも3匹いるんだよ。最高に可愛くてなぁ……」
「おっ……おう。……そんで骨あんのか?」
「ああ、そうだったな。裏に捨てるほどあるから持ってけ」
次は乾物屋。
「干し椎茸か昆布はあるか?」
「椎茸?昆布?……なんだそれは」
「あー、キノコと海藻?だ」
「干しきのこなら多くはないがあるぞ。うちでは扱いはないが、海産物が欲しいならライデル商会にいくといい。あそこなら大抵のものはある。高いがな……」
「そうか……なら干しキノコを全種類できるだけ買わせてくれ」
昆布は諦めて干しきのこを買い込んで店を出た。
一応、ライデル商会を覗いたが昆布は扱ってなかった。
というより、海藻は食料品としては扱われてないようだった。
(昆布はいったん諦めた方がいいな)
⸻
宿に戻って、厨房を覗き込む。
「厨房を借りたい」
料理人が嫌な顔をした。
「客が入るところじゃねえぞ」
「白金貨払ってんだけど?」
「……まあいいだろう」
結局、鍋と火と水だけ借りた。
料理人は腕組みして見張ってる。
(圧がすげえ)
軟骨や肉片が残ってる骨を弱火でグツグツ煮ていく。
灰汁をすくう。
干しきのこを入れる。
ぐつぐつ。
匂いが立った瞬間、俺は固まった。
「……来た」
塩と胡椒の世界に、第三勢力が来た。
“旨味”だ。
俺は恐る恐る味見する。
「……っ」
口の中に、ちゃんと“奥行き”がある。
「うっっま……」
料理人が鼻で笑った。
「塩も入れてねえのに、味がするわけねえだろ」
「じゃあ、食ってみろ」
やれやれといった感じで料理人がスープに口をつける。
「なっ……なんだこれは!?」
「こいつが世界を変える旨みってやつだ」
「すげえな……こいつはトマルやオニアを入れても美味そうだ。ワクワクするな……いろいろ試してみようぜ!」
そこから何故か料理人のおっさんが参戦し、2人で試行錯誤しながら研究に没頭した。
⸻
夜。
エマが戻ってきた。手には紙の束。封蝋付き。
「できました。露店の許可と……場所も、取れました」
「速ぇ」
「王都は面倒って聞いてたんですけど……意外とあっさりでした」
エマが息を吐いて、鍋の匂いに気づく。
「……なに、作ってるんですか」
「この世界の救済」
俺は器に注いで渡した。
エマが一口すすって――目を見開く。
「……え……なにこれ……」
「旨味」
「……うまみ……」
「俺の国の魔法な」
エマが笑いそうになって、でも真顔のまま言った。
「……売れます。これ」
「だろ」
料理人が横から割り込む。
「間違いなく、このスープは世界を変えるぞ!」
(このおっさん何時までいるんだ……?)
エマが鍋を見ながら、静かに言った。
「きのこと鳥の骨がこんなに美味しいスープになるんですね……」
「ああ、そんでここにおっさんから分けてもらったトマトと玉ねぎを入れたのがこれだ」
もうひとつの鍋から赤いトマトスープをさらに盛る。
「……トマト?たまねぎ?」
エマが不思議そうにしてると宿屋の料理人が説明を入れる。
「トマルとオニアのことだ……変な名前で言うんだよこいつ」
「ここにエマの売っている薬草を入れる。健康にもいいし、飯にもなる。香りも味も最高にいい」
俺はふっと息を吐いた。
「旨み……世界が変わるだろ?」
鍋の湯気の向こうで、エマが頷く。
「はい」
「……こいつで勝負しようぜ」
エマが小さく笑った。
「……はい。勝ちに行きましょう」
料理人が申し訳無さそうな顔をしなが手を挙げる。
「なぁ……それ、俺も参加してもいいか?
この宿を辞めてもいい。
このスープに無限の可能性を感じるんだ」
「……大歓迎だ」
俺は鍋の湯気を見たまま言った。
「ていうか、あんたのアイデアも混ざってスープが“形”になったしな。大歓迎なんだけど――」
視線を上げる。
「おっさん、仕事辞めて大丈夫なのか?」
料理人は一瞬だけ目を細めて、鼻で笑った。
「独り身だ。貯金もある。……それに」
鍋を指でトン、と叩く。
「こいつぁ、久々に“作る意味がある味”だ。逃したくねえ」
「……へぇ」
「あと」
料理人が俺を見た。
「おっさんはやめろ。俺の名前はグレッグだ。まだ二十八だ」
「……は?」
俺の声が裏返った。
「えっ……二十代だったのかよ……」
エマが思わず口元を押さえる。
「……ごめんなさい、てっきり……」
「お前もか」
グレッグが肩をすくめる。
「老け顔なのは自覚してる。だから名前で呼べ」
俺は器を掲げた。
「……わかったよ、グレッグ。じゃあ明日からよろしく頼む」
エマも遅れて、こくりと頷いた。
「はい。……一緒に、やりましょう」
湯気の向こうで、三人の影が重なる。
塩と黒胡椒だけの世界に――ようやく、別の味が生まれた。




