第39話「変人レオルド」
意識が浮かび上がってくる。
「お、起きたか」
聞き慣れた声に、俺は薄く目を開けた。
視界の端で、ディルクが椅子にもたれている。
白い天井に白い壁。
寝台までやけにちゃんとしていて、清潔すぎるくらいだった。
「……ここ、どこだ」
「王都レグナの診療所だ。……また世話になったな」
「……王都レグナ、ね」
口に出して、ようやく実感が湧いてきた。
グレンでもパルマでもない。
首都だ。
それにしても、もう何度目だよ診療所。
もはや家って言ってもいい気がしてきた。
「……俺、気絶したのか」
「見事にコテンパンにされたな」
「……あのゴリラ女、強すぎだろ」
「元Aランクだ。そりゃ強い」
俺は枕を押しつぶすみたいに顔をしかめた。
「そういや、戦ってる最中、あいつの周りが白くモヤってしてたんだよな……なんか、体から出てた」
ディルクが少しだけ目を細める。
「そりゃ闘気だ。強い奴ほど、身体の外に漏れる」
「……気とかオーラとか、魔力的なやつ?」
「まあ、そんなとこだな。魔力とは別だ。魔力は完全に才能。闘気も才能はあるが……修行や戦いで増えたりする」
「はぁ、まじファンタジーだわ……」
「ハンターでいうと、Bランクを超えるような奴は、闘気を上手く使ってることが多いぞ」
「じゃあ、ディルクも使えんのか?」
「一応な。現役の時ほどじゃねえが、まだ使えるぞ」
俺はディルクの顔をまじまじと見る。
「ハゲてきてんのにすげえな……」
「気にしてること言うんじゃねえよ!」
上体を起こしてみる。
思ったよりダメージは残っていない。
どうやら、ちゃんと手加減はされていたらしい。
ディルクが立ち上がり、壁に立てかけてあった荷物を担いだ。
「俺はパルマに戻るぞ。街の方も気になるしな」
「……ああ」
短く返してから、俺はディルクを見る。
「明日への誓いの四人と、子供たちも気にかけてやってくれ」
「当然だ」
ディルクはあっさり答えた。
「お前も無茶はするな」
「すでにさっき無茶させられたところだがな」
「確かにな」
二人で笑って、そのまま別れた。
ディルクの背中が扉の向こうへ消え、ようやく一人になる。
俺は診療所の天井を見上げた。
(……この世界、化け物だらけじゃねえか)
元Aランクの女にコテンパンにされたうえに、魔力だの闘気だのまである。
(ハンターなんてやってたら命がいくつあっても足りねぇ)
ゴブリンキングやジェネラルを倒せたのも、もう運が良かったと思うしかない。
次も同じように勝てる保証なんてない。
むしろ次は死ぬかもしれない。
白金貨十枚という元手はできた。
だが、金なんて使えば減る。
怪我や病気にでもなれば、一気になくなる可能性だってある。
(……生き残るには、安定だ)
命を賭けて稼ぐのは、もう十分だった。
向いてるとか向いてないとかじゃない。
嫌だ。
(元手もあるし……商売、か)
……いや、待て。
俺に商売の才能があるかは知らん。
でも、少なくとも剣で腹を刺されるよりはマシだろ。
そんなことを考えていると、
カン。
ベルトが鳴った。
いつもの音だ。
「……は?」
視界の端に、透明なウィンドウが開く。
『クエスト : ナンパ男を撃退せよ』
『商人のエマが男に執拗に絡まれ困っている』
『報酬:ヒーローポイント2』
「……2か」
前借り残高は45。
2で43。
塵も積もれば――いや、塵だな。
「……はぁ。行くか」
*
表示された方角へ向かうと、現場はすぐに見つかった。
「どうか私と食事に行っていただけませんか」
「だから、無理ですって……なんで私なんですか?」
通り沿いの露店の前で、エマが箱を抱えたまま困り切った顔をしている。
相手は背が高く、仕立てのいい上着を着た男だった。
顔も整っていて、立ち姿には妙な品がある。
ぱっと見なら騎士か貴族だ。
口を開かなければ。
「断る自由があるからこそ、誘う自由にも意味が生まれるのです」
「意味が分かりません!」
「分からないということは、まだ理解の途中にあるということでもあります」
俺は足を止めた。
(なんなんだこいつ……)
エマは本気で困っている。
俺はため息を吐き、二人の間へ入った。
「おい。その辺にしとけ。困ってんじゃねえか」
男がすっと振り向く。
動きが静かで、隙がない。
肩の力が抜けているのに、立っているだけで妙な圧があった。
……ただの変なナンパ野郎じゃない。
でも、口を開いたら印象は少し戻った。
「君は今、私を止めた。つまり止める必要があると思ったということですね」
「お前、なんだその喋り方、どこの防衛大臣だよ……」
男は目を見開き、それから感心したように頷いた。
「防衛大臣……防衛をする大臣。守ることを司る役職ということですね?」
「同じことしか言ってねえ!!」
エマが涙目のまま、俺の背後へ隠れる。
「この人、さっきからずっとこんな感じで……断ってるのに全然引いてくれなくて……」
「む……嫌がっていたのですか。それは、すみませんでした」
男はあっさり頭を下げた。
そこだけは綺麗だった。
「女性が嫌がっているなら、私は退くべきでしょう」
「……なら最初から退けよ」
「ナンパには押しが必要だと聞いたので……」
「しつこいのは逆効果だろ」
俺が呆れていると、通りの奥から悲鳴が上がった。
「きゃああっ!」
馬車を引いていた大きな荷獣が、何かに驚いて暴れ出している。
手綱を握っていた男は引きずられ、その進路には小さな子供が立ち尽くしていた。
俺は息を呑んだ。
(変身しねえと間に合わ――)
「おい――!」
言い終えるより早く、隣の男が消えた。
……そう見えた。
気づけば、もう荷獣の前にいる。
踏み込みが見えなかった。
「暴れる自由はあっても、人を踏み潰す自由はありません」
意味不明なことを言いながら、男は横から荷獣の前へ滑り込んだ。
頭に手を添え、その巨体の突進を正面から受け止める。
ぐしゃり、と足元の石畳が割れた。
普通なら腕ごと持っていかれそうな勢いなのに、男は一歩も退かない。
次の瞬間、空いた片手が動いた。
いつ抜いたのか分からない剣が、荷獣の首筋すれすれを打つ。
巨体が大きくよろめき、そのまま膝をついた。
子供の目の前でぴたりと止まる。
男は泣き出した子供を抱き上げ、母親へ返した。
「もう大丈夫です。怖かったですね」
さっきまでのナンパ声とは思えないほど落ち着いていた。
俺はその背中を見たまま固まる。
(……強ぇ)
周囲からざわめきが聞こえ始めた。
「お、おい……今の……」
「まさか……」
近くにいたハンターらしい男が、呆然と呟く。
「レオルド・フォン・アルヴェイン……この国で唯一のAランクハンターだ……」
「は?」
思わず声が裏返った。
男――レオルドは髪一つ乱さず、こちらを振り向く。
「自己紹介がまだでしたね」
胸に手を当て、優雅に一礼した。
「レオルド・フォン・アルヴェイン。しがないハンターです」
「どこがしがねえんだよ!!」
「ランクというのは、上があるから下もあるのです」
「会話になってねぇ……」
エマがぽかんとしたまま呟いた。
「……えっ……レオルド様!? アルヴェイン侯爵家の?」
「貴族なのかよ!?」
「王都じゃ有名ですよ。騎士団に入らずにハンターの道に行った変わり者だと……」
「まあ、見るからに変人だもんな……」
レオルドは咳払いをひとつした。
「訂正しましょう。私は騎士団に入らなかったのではありません。試験が難解だったので入らなかったのです」
「試験に落ちただけじゃねえか!!!」
通りから笑いが漏れた。
そこで腰が鳴る。
カン。
『クエスト達成:商人のエマを解放した』
『ヒーローポイント2を獲得しました』
『前借り残高:43』
「いや、解放っていうか……勝手に諦めたんだが……」
俺のぼやきに、レオルドが爽やかに微笑む。
「出会いとは、不思議なものです。最悪の第一印象が、最良の縁になることもある」
「今のところ最悪のままだけどな」
「それはこれから変わる余地がある、ということです」
前向きすぎて腹立つ。
レオルドはさらりと前髪を払い、言った。
「では、さらばです。マスクド・ブレイブさん」
「ユウヤだ!!……って、俺名乗ったか……?」
レオルドは振り返りもせず、余計なことを言い残す。
「名は呼ばれ続けることで名になります。つまり名は、名なのです」
「黙れ!!」
ハハハ、と笑いながらレオルドは去っていった。
エマはまだ呆然としている。
「……すごい人でしたね……」
「王都、癖つえぇ……」
俺は頭を掻きながらため息を吐いた。
(……王都レグナ……絶対めんどくせぇ)
それでも、戦い以外で稼ぐ方法は考えないといけない。
俺は露店の箱を抱えたままのエマを見る。
(商売の話、聞くなら……今か)
「エマ、商売の始め方を教えて欲しい」
エマが、まだ半分呆けた顔のまま瞬いた。
「え……?」
「ヒーローはもう懲り懲りだ。元手も出来たし、命を賭けずに生活したい」
エマは少し遅れて笑い、こくりと頷いた。
「……はい。任せてください」




