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異世界でフルチンだった件 ~脱変態を目指したら英雄になっていた~  作者: 白峰レイ


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第38話「レグナのギルド長」

パルマからの徒歩地獄と尻痛地獄で疲れきっていた。


ぐっすり寝たいと思って、奮発して金貨1枚の宿にした。


ベッドが柔らかい。壁が厚い。臭くもない。

――ただ、飯はあまり変わらなかった。


運ばれてきたのは、野菜スープと肉とパン。


「……うん」


スープを一口すすって、俺は静かに箸を置いた。


(塩)

(黒胡椒)

(あと塩)

(たまに黒胡椒)


肉も塩。黒胡椒。スープも塩味。そしてパンは味がしない。

味の方向が全部同じ。とりあえず塩かけときゃいいと思ってる。


「いや、贅沢言わねぇよ? 米が食いてぇとか言わねぇ。言わねぇけどさ……」


体が「うま味」を求めてる。

日本で生きてた体が、うま味を知ってしまった体が、泣いてる。


(せめて味の素が欲しい……)


でも、ここでそんなもん言っても通じない。

結局、黙って食った。悔しいけど腹は満ちた。勝ち。


腹が膨れたら部屋に戻ってベッドで横になった。



気づいたら昼だった。


「……やべ。朝飯逃した」


ベッドが強すぎる。疲れた体にふかふかは毒だ。


外に出るとレグナはうるさい。人が多い。

露店の列が長い。荷運びが怒鳴ってる。馬車が通るたび人が避ける。


串焼きを買って、その場で1本食った。


「……うまい。塩しか、かかってないけど」


食ってると、横から視線が刺さった。


まだ幼い少年が、指をくわえてこっちを見ている。

服はボロボロ。ガリガリ。目だけがやけにでかい。


(……ここにもいるのかよ)


俺はもう一本買って、少年に差し出した。


「ほれ」


少年が目を丸くする。


「……いいの?」


「いい。腹減ってんだろ」


少年は一瞬だけ迷って、受け取った。

両手で抱えるようにかぶりつく。


(偽善だ。こんなことしても大した意味はない)


分かってるのに、ロウ達の顔が勝手に浮かんだ。

俺は串を噛みながら、目を逸らした。


「……うまいか」


少年が小さく頷く。


「……うん」


それだけで十分だった。



レグナのハンターギルドへ。


建物がデカい。受付が複数人いる。掲示板にクエストが沢山貼り出されている。

そして、何よりもハンター達の圧がグレンとは別物。武器の質も目つきも違う。


俺はギルドカードを出して、受付に置いた。


受付嬢がカードを見て、にこっと笑う。


「マスクド・ブレイブ様ですね。ギルド長がお呼びです」


「その名で呼ぶな! 俺はユウヤだ!」


「はい、ユウヤ様。こちらへ」


(通じてるようで通じてない)


奥へ。さらに奥へ。通路が無駄に長い。

受付嬢が先を歩きながら話す。


「ディルク様も先にいらしています」


「了解。あのおっさんまだ居たんだな」


扉が開く。



中にいたのは――デカイ女だった。


鋭い目。整っているが意思の強そうな顔。

背筋がまっすぐで、体が明らかに鍛えられてる。

古傷が多い。首、鎖骨、前腕。これだけで多くの死線をくぐり抜けてきたかがわかる。


そして、部屋の隅に置かれてる大剣が異常にデカい。


(……あれ、武器っていうより建材だろ)


女が俺を見る。


「ユウヤ、だな」


目を合わせると、もの凄い圧を感じる。

明らかに只者じゃない。


横でディルクが短く言う。


「レグナ支部ギルド長、ヘルガだ。……元Aランクハンター」


(元A)


腹の奥が、すとんと落ちた。


ヘルガは淡々と言った。


「報告は受けた。パルマ南門での迎撃、キング討伐。……よくやった」


「どうも」


俺が軽く返すと、ヘルガの目が一段冷える。


「ただし」


空気が変わる。


「白金貨十枚が動いた。額が額だ。

 “強いらしい”だけでDランクのハンターを信じる訳にはいかない。――実力を見せてもらおう」


ディルクが肩をすくめる。


「俺の目は信用しないのか」


「信用してる。だから確認で済ませると言っている」


ヘルガの視線が俺の腰へ落ちた。ブレイブドライバー。


「ユウヤ、お前からは何の魔力も気力も感じない。

だが……その腰帯。不思議な力を感じる」


さらにヘルガが聞いてくる。


「どうやって倒した?」


「そりゃあ……変身してから――」


「変身?」


ヘルガが一歩近づく。


「見せろ」


「無理」


即答。


ヘルガの眉がわずかに動く。


「無理?」


「事情があって、今は“見せられる状態じゃない”」


ディルクが咳払いした。


「ヘルガ。こいつは変身すると――」


「分かった。なら、人避けを用意する」


ヘルガが言い切る。


「訓練所へ来い」


(強制イベントかよ……)



ギルドの訓練所。


矢が刺さったままの的。

ボロボロの案山子。

それ以外は殺風景な広場みたいな感じ。


ヘルガは身の丈ほどの大剣を肩に担いで言った。


「やれ」


「……言っとくけど後悔すんなよ」


「さっさとかかってこい」


ギロッとヘルガが睨みつけてくる。


『観測されました』

『変身可能です』


(最悪)


いつものように腕を振り上げる。


「変身」


光が弾けて――引いた。


寒い。


仮面も、着物も、ふんどしも出ない。

ベルトだけ。


俺は反射で両手で隠した。


「……」


「……」


ヘルガが無表情で言う。


「……なんで裸なんだ?」


「知らねえよ!! 俺が一番聞きてえよ!!」


ヘルガは大剣を下ろした。


「軽く手合わせしようか」


「軽くって言ったな? 軽くだぞ?」


「もちろん」


――嘘だ。


構えから、圧が違う。


剣が振られてないのに、殺気が先に刺さる。


俺が半歩引いた瞬間、腹に衝撃。


ドンッ。


「ぐっ……!」


蹴り。容赦がない。しかも速い。

一歩目すら見えなかった。


訓練所の壁まで吹き飛ばされる。


(このゴリラ女……こっちはフルチンだってのにボコボコにしやがって……!!)


腹を抑えながら立ち上がる。


ヘルガが淡々と言う。


「裸のくせに、思ったよりタフじゃないか」


「褒めてねえだろそれ!!」


圧倒的格上なのが一瞬でわかった。


「ちょっとタイム!!」


ヘルガが足を止める。


「……どうした?」


(よし、魔物とは違う。こいつは待ってくれる)


「お約束ってやつだよ」


俺はベルトを叩いた。


カン。


ウィンドウが出る。


『名乗り可能です』

『火属性付与:無効(装備データ不足)』


「……火、出ねぇのかよ!!」


ヘルガが眉をひそめる。


「何をブツブツ言っている」


「こっちの都合だ!」


俺は腹から叫ぶ。


「俺は、闇を払い光を照らす!

 恐れを越えて、救いを掴む!

 仮面勇装——マスクド・ブレイブ!!」


『名乗り成功』

『身体能力強化:27倍(基礎)』

『名乗りボーナス:16倍(加算)』

『合計:身体能力強化 43倍』


ベルトが発光する。

一気に世界が軽くなる。

さっきまでの蹴りの痛みが遠ざかる。


ヘルガの方を見る。


その瞬間――ヘルガの輪郭が、わずかに白く滲んだ。


光じゃない。煙でもない。

肌の外側に、薄い膜みたいなものが揺れている。

オーラのようなもの。見ているだけで、圧倒される。


(……なんだ、あれ)


ヘルガが息を吐く。

白い滲みが、ふっと濃くなった気がした。


ヘルガが口元だけ動かした。


「ここからが本番だな」


「本気で行くぞ。怪我しても知らねえからな」


今度はこっちから仕掛ける。

地面を蹴って、ヘルガの懐へ潜り込む。


「ブレイブパンチ!!」


――当たる、はずだった。


ガキン!!


ヘルガは大剣の腹で受けた。

受けただけじゃない。押し返してくる。腕が痺れる。


嫌な予感がして後ろに跳ぶ。

間一髪で、ヘルガの蹴りが通る。


「ほう……反応は上がったな」


(あっぶねぇ……まともにくらったらやばかった)


体勢を立て直す前に、ヘルガが距離を詰めてくる。

大剣のなぎ払い――


俺は仰向けに倒れて避ける。


体のスレスレを大剣が通る。


股間がヒュンっとなる。


(あぶねっ!!)


避けざまに拳を作る。


「ブレイブパンチ!」


ヘルガが大剣を前に出して受ける構えを見せた。


――そこに。


俺はこっそり握りしめた砂を顔に投げつけた。


バサッ!!


「――っ」


ヘルガの目が一瞬細まる。


(今だ!!)


俺は跳んだ。

高く。とにかく高く。


「ブレイブキィーーック!!」


――当たる、はず。


次の瞬間、足首に違和感。


掴まれていた。


ヘルガが片手で、俺のブレイブキックを掴んで止めている。


「……は?」


「軽いな」


(うそだろ!?)


ヘルガがそのまま、俺の足を横に捻った。


世界が回る。


「うおっ――!」


そのまま放り投げられる。


落ちる直前に、ヘルガがさらに踏み込んできた。


拳が、顎に刺さった。


ドゴッ!!


視界が白くなる。星が散る。音が遠い。


(ふざ……け……)


倒れながら、ヘルガの声だけが妙に近い。


「悪くない手だった。だが甘いな」


(くそったれ……)


俺の意識は、綺麗に飛んだ。



――ユウヤが気絶して、少し。


ヘルガは大剣を肩に戻し、ディルクを見る。


「確かに強い。反応も身体能力も異常。“闘気”も見えているようだ。……だが、キングをソロで落としたとは思いにくい」


ディルクが頷く。


「キングを倒したときは少し違った。もっと溢れるような力を感じた」

「今は……その力がない」


ヘルガが腕を組む。


「つまり、条件付きの強さ……か」


「前は仮面や着物があった。火炎魔法らしきものも使っていた。だがキングとの戦いの後、消えたみたいでな」


「その装備が鍵だった可能性が高いな」


ヘルガは倒れてるユウヤを見下ろす。


「腰帯が力の源……か」


ディルクが苦笑した。


「お前の管轄になるからな」


「はぁ……そうなるか」


ヘルガは扉の前で一度だけ振り返る。


「起きたら伝えろ。王都ギルドの監督下に置く。勝手に消えるな、と」


「嫌がるぞ」


「だろうな」


ヘルガは淡々と追加した。


「あと、次に砂を投げたら歯を折る」


ディルクが肩をすくめる。


「伝えておく」


訓練所の床には、フルチンの英雄が伸びていた。

腰のベルトだけが、しれっと光っていた。

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