第38話「レグナのギルド長」
パルマからの徒歩地獄と尻痛地獄で、かなり疲れていた。
ぐっすり寝たくて、奮発して金貨一枚の宿を取った。
ベッドは柔らかく、壁も厚い。
変な臭いもしない。
ただ、飯だけは今までとあまり変わらなかった。
運ばれてきたのは、野菜スープと肉とパン。
「……うん」
スープを一口すすって、俺は静かに匙を置いた。
(塩と黒胡椒。あと、たまに黒胡椒多め)
肉も塩と黒胡椒。
スープも塩味。
パンにはほとんど味がない。
とりあえず塩をかけときゃいいと思ってるだろ、これ。
「いや、贅沢言わねぇよ? 米が食いてぇとか言わねぇ。言わねぇけどさ……」
身体が「うま味」を求めている。
日本で生きて、うま味を知ってしまった身体が泣いていた。
(せめて味の素が欲しい……)
でも、ここでそんなもんを言っても通じない。
結局、黙って食った。
悔しいけど腹は満ちた。
勝ち。
腹が膨れたところで部屋へ戻り、ベッドに横になった。
*
気づいたら昼だった。
「……やべ。朝飯逃した」
ベッドが強すぎる。
疲れた身体にふかふかは毒だ。
外へ出ると、相変わらずレグナはうるさくて人も多かった。
串焼きを買い、その場で一本食う。
「……うまい。塩しか、かかってないけど」
食っていると、横から視線を感じた。
まだ幼い少年が、指をくわえてこっちを見ている。
服はボロボロで、身体もガリガリなのに、目だけがやけに大きかった。
(……ここにもいるのかよ)
俺はもう一本買い、少年へ差し出した。
「ほれ」
少年が目を丸くする。
「……いいの?」
「いい。腹減ってんだろ」
少年は一瞬だけ迷ってから受け取り、両手で抱えるようにかぶりついた。
(偽善だ。こんなことしても大した意味はない)
分かっているのに、ロウたちの顔が勝手に浮かんだ。
俺は串を噛みながら目を逸らす。
「……うまいか」
少年が小さく頷いた。
「……うん」
俺はそれ以上何も言わなかった。
*
レグナのハンターギルドへ入る。
ギルドカードを受付へ置くと、受付嬢がそれを見てにこっと笑った。
「マスクド・ブレイブ様ですね。ギルド長がお呼びです」
「その名前で呼ぶな! 俺はユウヤだ!」
「はい、ユウヤ様。こちらへ」
(通じてるようで通じてない)
受付嬢について奥へ進む。
さらに奥へ。
通路が無駄に長い。
先を歩きながら、受付嬢が言った。
「ディルク様も先にいらしています」
「了解。あのおっさんまだ居たんだな」
やがて扉が開いた。
*
中にいたのは、デカい女だった。
鋭い目をした、整った顔立ちの女だ。
背筋は真っ直ぐ伸び、身体も明らかに鍛えられている。
首や鎖骨、前腕にはいくつもの古傷が残っていて、それだけでも何度も死線をくぐってきたのが分かった。
部屋の隅には、身の丈ほどもある大剣まで置かれている。
(……あれ、武器っていうより建材だろ)
女が俺を見る。
「ユウヤ、だな」
目が合っただけで、もの凄い圧を感じた。
明らかに只者じゃない。
横でディルクが短く言う。
「レグナ支部ギルド長、ヘルガだ。……元Aランクハンター」
(元A)
さっき感じた圧にも納得がいった。
ヘルガは淡々と言う。
「報告は受けた。パルマ南門での迎撃、キング討伐。……よくやった」
「どうも」
俺が軽く返すと、ヘルガの目が少しだけ細くなった。
「ただし」
そのまま続ける。
「白金貨十枚を動かした。額が額だ。
“強いらしい”だけでDランクのハンターを信じる訳にはいかない。――実力を見せてもらおう」
ディルクが肩をすくめる。
「俺の目は信用しないのか」
「信用してる。だから確認で済ませると言っている」
ヘルガの視線が、俺の腰にあるブレイブドライバーへ落ちた。
「ユウヤ、お前からは何の魔力も闘気も感じない。
だが……その腰帯。不思議な力を感じる」
さらに聞いてくる。
「どうやって倒した?」
「そりゃあ……変身してから――」
「変身?」
ヘルガが一歩近づいた。
「見せろ」
「無理」
即答した。
ヘルガの眉がわずかに動く。
「無理?」
「事情があって、今は“見せられる状態じゃない”」
ディルクが咳払いする。
「ヘルガ。こいつは変身すると――」
「分かった。なら、人避けを用意する」
ヘルガが言い切った。
「訓練所へ来い」
(強制イベントかよ……)
*
ギルドの訓練所には、矢が刺さったままの的やボロボロの案山子が置かれていた。
それ以外にはほとんど何もない、広いだけの殺風景な場所だ。
ヘルガは身の丈ほどの大剣を肩に担いで言った。
「やれ」
「……言っとくけど後悔すんなよ」
「さっさとかかってこい」
ヘルガが鋭く睨んでくる。
『観測されました』
『変身可能です』
(最悪)
俺はいつものように腕を振り上げた。
「変身」
光が弾け、すぐに引いた。
寒い。
仮面も着物も、ふんどしも出ない。
あるのはベルトだけ。
俺は反射的に両手で股間を隠した。
「……」
「……」
ヘルガが無表情で言う。
「……なんで裸なんだ?」
「だから嫌だって言ったんだよ!!」
ヘルガは大剣を下ろした。
「軽く手合わせしようか」
「軽くって言ったな? 軽くだぞ?」
「もちろん」
嘘だ。
構えただけで、さっきまでとは圧が違う。
剣を振ってもいないのに、殺気だけが先に刺さってくる。
俺が半歩引いた瞬間、腹に衝撃が入った。
ドンッ。
「ぐっ……!」
蹴りだ。
容赦がない。
しかも速くて、踏み込んだ瞬間すら見えなかった。
俺はそのまま訓練所の壁際まで吹き飛ばされる。
(このゴリラ女……こっちはフルチンだってのにボコボコにしやがって……!!)
腹を押さえながら立ち上がった。
ヘルガが淡々と言う。
「裸のくせに、思ったよりタフじゃないか」
「褒めてねえだろそれ!!」
一発で分かった。
こいつ、圧倒的に格上だ。
「ちょっとタイム!!」
ヘルガが足を止める。
「……どうした?」
(よし、魔物とは違う。こいつは待ってくれる)
「お約束ってやつだよ」
俺はベルトを叩いた。
カン。
ウィンドウが出る。
『名乗り可能です』
『火属性付与:無効(装備データ不足)』
「……火、出ねぇのかよ!!」
ヘルガが眉をひそめる。
「何をブツブツ言っている」
「こっちの都合だ!」
俺は腹から叫んだ。
「俺は、闇を払い光を照らす!
恐れを越えて、救いを掴む!
仮面勇装――マスクド・ブレイブ!!」
『名乗り成功』
『身体能力強化:27倍(基礎)』
『名乗りボーナス:16倍(加算)』
『合計:身体能力強化 43倍』
ベルトが発光する。
一気に世界が軽くなり、さっきの蹴りの痛みも遠ざかった。
ヘルガを見る。
その瞬間、輪郭の周りに白いものが滲んでいるのに気づいた。
光でも煙でもない。
肌の外側に、薄い膜のようなものが揺れている。
(……なんだ、あれ)
見ているだけで圧倒される。
ヘルガが息を吐くと、その白い滲みが僅かに濃くなった。
口元だけを動かす。
「ここからが本番だな」
「本気で行くぞ。怪我しても知らねえからな」
今度はこっちから仕掛ける。
地面を蹴り、ヘルガの懐へ潜り込んだ。
「ブレイブパンチ!!」
当たる。
そう思った。
ガキン!!
ヘルガは大剣の腹で受け止めた。
それだけじゃない。
そのまま押し返され、腕まで痺れる。
嫌な予感がして後ろへ跳ぶ。
直後、さっきまで俺がいた場所をヘルガの蹴りが通り抜けた。
「ほう……反応は上がったな」
(あっぶねぇ……まともにくらったらやばかった)
体勢を立て直す暇もなく、ヘルガが距離を詰めてくる。
大剣の薙ぎ払い。
俺は仰向けになるように身体を倒した。
身体すれすれのところを大剣が通り抜ける。
股間がヒュンっとなった。
(あぶねっ!!)
避けざまに拳を作る。
「ブレイブパンチ!」
ヘルガが大剣を前へ出し、受ける構えを見せた。
そこへ、俺はこっそり握っていた砂を顔に投げつける。
バサッ!!
「――っ」
ヘルガの目が一瞬細まった。
(今だ!!)
俺は跳んだ。
高く。
とにかく高く。
「ブレイブキィーーック!!」
今度こそ当たる。
そう思った直後、足首に違和感があった。
掴まれている。
ヘルガが片手で、俺のブレイブキックを止めていた。
「……は?」
「軽いな」
(うそだろ!?)
ヘルガがそのまま俺の足を横へ捻った。
世界が回る。
「うおっ――!」
そのまま放り投げられた。
地面へ落ちるより早く、ヘルガがさらに踏み込んでくる。
拳が顎に刺さった。
ドゴッ!!
視界が白くなり、音が遠ざかる。
(ふざ……け……)
倒れながら、ヘルガの声だけが妙に近く聞こえた。
「悪くない手だった。だが甘いな」
(軽くって言ったじゃねえか……)
そこで意識が飛んだ。
*
ユウヤが気絶してから、少し経った頃。
ヘルガは大剣を肩へ戻し、ディルクを見る。
「確かに強い。反応も身体能力も異常。“闘気”も見えているようだ。……だが、キングをソロで落としたとは思いにくい」
ディルクが頷く。
「キングを倒したときは少し違った。もっと溢れるような力を感じた。今は……その力がない」
ヘルガが腕を組んだ。
「つまり、条件付きの強さ……か」
「前は仮面や衣装があった。火炎魔法らしきものも使っていた。だがキングとの戦いの後、消えたみたいでな」
「その装備が鍵だった可能性が高いな」
ヘルガは倒れているユウヤへ目を向ける。
「腰帯が力の源……か」
ディルクが苦笑した。
「お前の管轄になるからな」
「はぁ……そうなるか」
ヘルガは扉の前で一度だけ振り返った。
「起きたら伝えろ。王都ギルドの監督下に置く。勝手に消えるな、と」
「嫌がるぞ」
「だろうな」
ヘルガは淡々と付け加える。
「あと、次に砂を投げたら歯を折る」
ディルクが肩をすくめた。
「伝えておく」
訓練所の床では、フルチンの英雄が伸びていた。
腰のブレイブドライバーだけが、しれっと光っている。




