第37話「王都到着」
馬車に乗ってから、二晩が過ぎた。
「……ケツが死ぬ」
荷台は相変わらず揺れまくっている。
尻が痛すぎて、酔うとかそんなレベルじゃなかった。
手綱を握る娘――エマが、申し訳なさそうに小さく縮こまる。
「ごめんなさい……格安の馬車で……」
「いや、いい。徒歩より百倍マシだから。マジで」
徒歩は地獄だった。
景色は変わらないし、暇だし、足は疲れる。
飯は干し肉と硬いパンで、相棒はオッサン。
それが今は「尻が死ぬ」だけになった。
革命だ。
革命ラッシュだ。
ああ……元の世界に戻ってスロット打ちたい……。
タバコも吸いたい……電子でもいいから。
なんとなくベルトを叩く。
昨日のクエストで手に入ったポイントは、全部返済に吸われた。
(前借り残高:45)
(……ショップが戻るまで、変身=フルチン確定ってことだよな……)
「はぁ……」
俺は干し肉を噛み砕きながら、現実から目を逸らした。
*
昼前になると、急に人の姿が増えてきた。
道もこれまでより綺麗に整えられている。
心なしか尻まで痛くなくなってきた気がする。
錯覚でもいい。
救いだ。
やがて、前方に巨大な壁が見えた。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
高い城壁が左右へずっと伸び、正面の門だけでも建物みたいな大きさだった。
その上にある見張り台では、旗が風に揺れている。
「王都レグナだ」
ディルクが当たり前のように言う。
「クソでけえ!! 昔のヨーロッパとかこんな感じだよな」
「人も多いからな。揉め事も問題も多い……」
「テンション上がってたのに、嫌なこと言うなよ……」
門前には検問待ちの列ができていた。
兵士たちが槍を持ち、荷物や通行証を一つずつ確認している。
やがて俺たちの番になった。
ディルクがカードを出す。
「パルマ支部――元グレン支部のギルド長、ディルクだ。報告がある」
門番の表情が変わった。
「確認します。……こちらは?」
ディルクが俺を示す。
「グレン所属だったハンターだ。こっちも確認してくれ」
「はい。ギルドカードを」
来た。
俺は嫌な予感しかしないままカードを差し出した。
門番が覗き込み、
「マスクド・ブレイブ? おかしな名前だな」
大声で読み上げた。
「おまっ……デケェ声で言うんじゃねえ!!」
反射で怒鳴る。
門前にいた連中の視線が、一斉に俺へ向いた。
門番がきょとんとする。
「自分の名前だよな?」
「いや、そうなんだけど!! そうじゃないというか……!」
ディルクが横で小さくため息を吐いた。
「……通してくれ。急ぎだ」
門番は咳払いして、真面目な顔に戻る。
「通行を許可します。ようこそ王都へ」
門が開いた。
俺は小声で呟く。
「……ギルドカードなんとかなんねえのか……」
ディルクも小声で返した。
「無理だ。諦めろ」
「はぁ……」
*
門をくぐると、それまでとは景色が一気に変わった。
通りの両側には露店がずらりと並び、布の屋根の下には木箱や荷物が山ほど積まれている。
グレンやパルマの「必要なものだけ並べました」みたいな感じじゃない。
小瓶に入った香辛料や派手な布、銀の飾りに見たこともない道具まで売られていた。
何より、人が多い。
ぶつからずに歩く方が難しいくらいだ。
子どもが走り回り、荷運びの男が怒鳴り、兵士が人混みに目を光らせる。
その横では商人が客を呼び込んでいた。
こっちの肩が勝手に縮こまる密度だ。
通りの真ん中には豪華な馬車まで走っている。
飾り金具はピカピカに光り、御者の服までやたらとちゃんとしていた。
(……これがレグナか……)
顔を上げると、城壁の内側には城まで見える。
かなり離れているのに、とにかくデカい。
某ネズミの国みたいだ。
俺が口を半開きにしていると、横でエマが小さく息を吐いた。
少し安心したようにも見えるが、まだ緊張は抜けていない。
荷台のハインツ――足の悪いエマの祖父も、咳き込みながら通りを眺めていた。
エマが俺に小声で言う。
「ユウヤさん。落ち着いたら……今度、私の露店に来てください」
「露店?」
「はい。ここで仕切り直して、ちゃんと商売しようと思ってるんです。落ち着いたら是非来てください……お礼も何もできてないですし」
俺は頭を掻いた。
「あんまり気にすんな。馬車にも乗っけてもらったしな」
(ポイントも手に入ったしな)
エマが困ったような顔になる。
「そういう訳には……」
そこで、ディルクが急かすように言った。
「さっさとギルドに行くぞ。急いで報告しなければならん」
「だな。じゃあ、また今度な」
エマたちと別れ、俺たちはレグナのハンターギルドへ向かった。
*
レグナのハンターギルドは、建物からしてグレンとは規模が違った。
中へ入れば受付がいくつも並び、依頼板も一枚や二枚ではない。
武器を背負って行き交うハンターたちも多く、グレン支部とは比べものにならなかった。
ディルクは真っ直ぐ受付へ行き、要件を告げる。
「報告したいことがある。グレンおよびパルマ方面の侵攻についてだ。至急、上へ繋いでくれ」
受付の顔色が変わり、すぐに奥へ走っていった。
しばらくして、俺たちは別室へ通された。
机の上には記録や封蝋、地図などが並んでいる。
王都側の担当者らしい男は、ディルクの報告を聞くなり顔色を変えた。
「……ゴブリンキングが討伐された!?」
ディルクが答える。
「事実だ。パルマ南門前で確認した。目撃者も多数いる」
男の視線が俺へ向く。
「討伐者は?」
ディルクが一言で終わらせた。
「こいつだ」
(やめろ、こっち見るな)
男は俺のカードを確認し、眉を寄せる。
「……マスクド・ブレイブ? 聞いたことないな……」
「言うな!!」
思わず遮った。
ディルクが咳払いする。
「本人は“ユウヤ”と名乗っている。事情がある」
担当者は一瞬だけ俺を見直してから、冷静に言った。
「……Dランクがキング討伐は、前例がないぞ……だが、報告と目撃が揃っているなら事実として処理しよう」
(前例がないって、そりゃそうだろ)
担当者は話を戻す。
「では報酬について。キングの魔石は――」
ディルクが言葉を遮った。
「盗まれた」
担当者の表情が一気に険しくなる。
「詳細を」
ディルクが端的に説明した。
回収班の刺殺、魔石の奪取、自分が追跡して交戦したこと、そのまま逃げられたこと。
俺は横で腕を組みながら聞いていた。
(……はぁ、何度聞いても、めんどくさい事になりそうな予感しかしねえ)
一通り聞き終えた担当者が言う。
「討伐報酬は確定。ただし最終精算は確認後。
報酬の一部をギルドから仮払いとして出す」
「いくらだ」
俺が食い気味に聞くと、ディルクが肘で小突いた。
「黙れ」
担当者は淡々と袋を机へ置いた。
「白金貨十枚。追加の精算は“国への正式報告と調査”が終わり次第だ」
(白金貨十枚……しばらく働かなくて済む!)
担当者が咳払いして、こちらを見る。
「明後日の昼、もう一度ここへ来てください」
「え、なんで」
「ゴブリンキングの件で確認したいことがあります。盗難の件も含めて、詳しい聞き取りをさせてもらいます」
ディルクが横で即答する。
「了解した」
「はぁ……わかった」
明日は休むつもりだったのに、また用事ができてしまった。
*
ギルドを出ると、王都の喧騒がまた耳に飛び込んできた。
俺は仮払いでもらった袋を握り直す。
「……とりあえず、宿取って寝るか」
今はそれでいい。
しばらくはヒーローポイントの返済が続くし、装備データが戻るまでは変身したらフルチンだ。
(終わってる)
俺はため息を吐きながら、宿を探すことにした。




