第35話「帰る場所」
ギルド長の部屋を出た瞬間――外がうるさいのが分かった。
壁一枚隔てた向こうで、まだやってる。
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
「マスクド! ブレイブ!!」
(まだ飽きてねえのかよ……)
ミレイがカウンターから身を乗り出して、真顔で言った。
「ソイヤさん、今日は裏口から帰ってください」
「……おい、間違いが酷くなってるぞ」
俺は諦めた顔で裏口へ向かった。
⸻
裏口を出た瞬間、街が祭りだった。
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
「天下無敵!!」
「ソ・イ・ヤ!!」
(祭りじゃねえか……)
俺はフードを深く被って壁沿いに歩いた。
目立ちたくないのに、どこからか視線が刺さる。
「……本物だ」
「英雄だ!」
「名乗りを聞かせてくれ!」
「やるかボケ!!」
逃げた。反射で逃げた。
路地に入って、角を曲がって、また曲がって――それでも背中にソイヤが付いてくる。
(くっそ、どこにも逃げ場がねぇ)
そんな時、前から小さい影が飛び出してきた。
「ユウヤ兄ちゃん!」
ロウだ。
その後ろにデン。ティナもいる。
「おい、なんでお前らこんなとこに」
デンが即答した。
「避難」
「避難先が路地って、人生ハードモードすぎだろ」
ロウが俺の袖を掴んで、真顔で言った。
「兄ちゃん、今日どこで寝るの?」
「……どこでもいい。静かなとこ」
デンが横から刺す。
「静かなとこなんかないぞ。外、ソイヤだぞ」
「最悪」
ロウが胸を張った。
「じゃあ、こっち!」
⸻
案内されたのは、パルマの空き家だった。
板が打たれた窓。倒れた椅子。机の上に残った食器。
慌てて出ていった空気が、そのまま残っている。
そこに――子どもがいる。
ロウ、ティナ、デン。ほかにも数人。
そして、ガイもいた。
「……なんでお前までここにいる」
「みんなが不安がってたんで」
ガイが苦笑いして言った。
「避難民用の場所が足りないって……」
デンが肩をすくめる。
「グレンの寝床はスラムだったけど、ここは屋根ある。勝ち」
「勝ちの基準が悲しすぎるだろ……」
ロウが嬉しそうに言う。
「みんなで雑魚寝だよ!」
「……また雑魚寝かよ」
「うん!」
「なんで嬉しそうなんだよ!」
結局、床に毛布を敷いて、全員が詰めた。
狭い。暑い。息が近い。
でも外のソイヤ祭りよりは、静かだった。
ロウが横で小さく囁いた。
「兄ちゃん」
「なんだ」
「……ありがと」
「うるせっ。はやく寝ろ」
「……おやすみなさい」
俺は天井を見た。
(……頑張れよ)
⸻
明け方。
俺は起き上がって、息を殺した。
床のあちこちで、子どもが丸まって寝ている。
ガイも壁にもたれて寝落ちしてる。
(起こさねえように……)
毛布をそっと掛け直して、静かに立つ。
玄関の板戸を、きぃ、と鳴らさないように押す。
外の冷えた空気が流れ込む。
(よし)
抜け出せた。
――と思った瞬間。
門へ向かう路地の角に、もう“いた”。
ロウ、デン。
寝てたはずの二人が、寝癖のまま並んでる。
「おい!! なんで起きてんだよ!!」
デンが悪びれず言った。
「見送り」
「寝てろよ!」
ロウが胸を張る。
「兄ちゃん、王都行くんでしょ!」
「……なんで知ってんだよ」
デンが即答する。
「ギルドでミレイさんに聞いた」
「ミレイィ!!」
(口が軽すぎだろ……)
ロウが一歩前に出る。
「兄ちゃんが帰ってきたら、また寝床に泊まっていいから!」
「帰ってきたとしても宿屋に泊まるわ!」
ロウがむっとして言い返す。
「じゃあ、寝床でも宿屋でもいい!」
「譲歩するなら候補から寝床を外せ!」
騒いでいると、寝ていた空き家から、ぞろぞろと子どもたちが出てきた。
(……全員起きたのかよ)
そして祈りのポーズ。
「「「ソイヤ」」」
「怖ぇよ!!それ、お祈りの言葉じゃねぇからな!!」
俺が叫ぶと、子どもたちは真顔で頷く。
「うん。ソイヤ」
「だから違うっつってんだろ!!」
背後から、低い咳払い。
ギルド長が来ていた。
大荷物を背負って、あくびを噛み殺してる。
「……時間だ」
「わかってる」
俺はロウの頭を乱暴に撫でた。
「生きろよ。絶対に」
ロウが鼻水のまま、全力で頷く。
「うん!!」
俺は背中を向けて歩き出した。
振り返ったら進めなくなる気がしたから。
――なのに。
背中に、まだ聞こえる。
「ソイヤ……」
「ソイヤ……」
(呪いの念仏みたいに言うな)
なのに、妙に胸の奥が温かい。
(……帰る場所ができちまった)
最悪だ。
⸻
ギルド長が横に並ぶ。
「なぁ……馬車とかねぇの?」
「あるなら避難に使っていた」
「だよな」
返す言葉がなくて腹が立つ。
俺はベルトを叩いた。
カン。
「……じゃあ、こっちはどうだ。カモン! モノサイクル!!」
……
何も出ない。
「……は?」
もう一回。
「カモン! モノサイクル!!」
腰が小さく鳴った。
カン。
『エラー:装備データがありません』
「はぁ!? 俺の一輪車どこ行った!!」
ギルド長が前を向いたまま言う。
「騒ぐな。無駄に疲れるぞ」
「それどころじゃねえんだよ!!」
「黙って歩け」
「……はいはい」
結局、二人で歩くしかなかった。
道は思ったより早く“何もない”場所に変わっていく。
街の匂いが薄れ、風が冷え、空が広くなる。
(ああ、ほんとに出ちまったな)
ひたすらに歩く。
日が傾き始めた頃、ギルド長が足を止めた。
「今日はここまでだ」
「やっとかよ」
「文句が多いな……野営の準備をするぞ」
ギルド長は手際よく小さな火を作る。
大きく燃やさない。煙を出さない。慣れが出すぎててムカつく。
「……交代で寝る。俺が先に見張る」
「え、交代って二人しかいねえぞ」
「だからだ」
「最悪」
「お前が言うな」
俺は地面に寝転んで、腹の上のベルトを見た。
(お前さ……モノサイクルは取っとけよ……)
そっと叩く。
カン。
『現在のヒーローポイント:0』
「……そうだよな」
ギルド長の声が飛ぶ。
「寝ろ。明日は長い」
「寝れるかよ。地面だぞ」
「寝ないと死ぬぞ」
「……はいはい」
俺は目を閉じた。
遠くで木々が擦れる音がした。
火が、ぱち、と鳴る。
(……帰る場所ができちまったな)
最悪だ。
でも。
「……悪くねえ」
小さく呟いて、眠りに落ちた。




