第34話「街の英雄」
目を開けた。
「……知らない天井だ……」
(いや、2回目か)
起き上がろうとして、体のあちこちがズキッと鳴った。
でも動けないほどじゃない。むしろ思ったより元気だ。
(……俺、結構しぶといな)
そこで気づく。
――服が違う。
知らない白いシャツ。包帯の巻き方も綺麗。
俺の服じゃない。たぶん、誰かが着替えさせている。
(……最悪だ。誰だ。誰が脱がした)
俺は胸元を引っ張ってシャツを確認する。
「……そういえば俺の服は!?」
視界の端で、白衣が動いた。
次に視界に入ったのは白衣のシエラ。
少し疲れた顔をしている。
「よかった! 目が覚めたんですね」
「シエラさん。あの……俺の服は?」
シエラが困った顔をする。
「実は運び込まれた時には、服が無くなってまして……」
「……えっ……」
言葉が出ない。
(無くなるって何だよ)
(服って、無くなるか?)
シエラが、さらっと追撃した。
「意外と……アレなんですね」
「何が!?」
「……いえ。いろいろ」
「いろいろって何だよ!! 言え!! そこまで言ったなら言え!!」
シエラは少しだけ笑って、俺の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫です。命は助かりましたから」
「命より社会的に死ぬやつがあるんだよ!!」
――そのやり取りで、周りの気配が動いた。
「……起きた!」
「マスクド・ブレイブが起きたぞ!!」
え? と声を出す暇もなく、室内が一気にざわついた。
治療所。
ベッドが並んでて、回復役が何人もいる。
その全員が、俺を見てる。
いや、俺じゃない。
英雄を見る目だ。
顔バレした時にガキが見上げてくる、あの目。
「ありがとう!」
「君のお陰でこの街は救われた!!」
「本当に……本当に助かった……!」
目の前で泣いてるおっさんがいる。
手を合わせてるおばちゃんがいる。
俺の心臓が、別方向に痛くなる。
「……ちょ、待て待て」
俺が口を開くより早く、また誰かが叫ぶ。
「マスクド・ブレイブさん!!」
「その名で呼ぶんじゃねえ!!」
反射で怒鳴ってしまった。
「俺はユウヤだ!! 氷室勇也!!」
室内が一瞬止まって、それから――
みんなが「え、本名あるの……?」みたいな顔をした。
(……これは手遅れかもしれん)
シエラがひょいと前に出て、手を上げる。
「皆さん落ち着いてください。マスクド・ブレイブさんは、目が覚めたばかりなんです」
「ユウヤだっての! シエラさんは知ってんだろ!」
俺が食い気味に言うと、シエラは少し首を傾げた。
「あら? 大声で名乗ってたじゃないですか」
「……は?」
シエラはさらっと追撃する。
「すごくカッコよかったですよ。途中からソイヤって言ってましたし」
「言ってねぇよ!! ベルトが言ってたんだ!!」
「でも皆さん、覚えちゃいましたよね」
周りから小さく「ソイヤ……」って呟きが漏れてくる。
「やめろ!! 口にするな!! 記憶から消せ!!」
シエラが笑いを噛み殺してる顔で言う。
「消えません。街の子どもたちも昨日からずっと真似してます」
「最悪だ……」
俺は枕に顔を埋めたくなった。
(英雄の代償がソイヤかよ)
そのとき、奥の扉が開いて回復役の一人が顔を出した。
「シエラさん、ギルドから……」
シエラが頷く。
「ええ。分かってます」
そして俺を見る。
「ユウヤさん。ギルド長が目が覚めたらすぐ来いって」
「そうか……」
俺はため息を吐いてベッドから降りた。
「歩けますか?」
「……なんとかな」
立ち上がると、周りの人が一斉に道を空けた。
拍手が起きそうな空気を、シエラが手で制した。
「ほら、皆さん。押さない。触らない。囲まない」
「大袈裟な……」
小声で言った俺に、シエラが小声で返す。
「……先に言っときます。外はもっとひどいですよ」
「……嘘だよな?」
⸻
治療所の扉を開けた瞬間――世界が祭りだった。
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
「マスクド! ブレイブ!!」
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
町中が、俺の黒歴史で呼吸していた。
路地の端で、子どもが黒い手袋をつけて走り回っている。
顔には布を当てて、仮面のつもりらしい。
「変身ッ!!」
別の子が腰を叩く真似をして、腹から叫ぶ。
「オイラはこの世界を守る熱い男ォ!!」
(やめろ)
その横で、大人が樽を叩いて太鼓にしていた。
なぜか手拍子が揃ってる。怖いくらい揃ってる。
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
「天下無敵!!」
「ソ・イ・ヤ!」
(俺の名乗り、郷土芸になってんじゃねえか)
俺が一歩外に出た瞬間、歓声が一段上がった。
「本物だァァ!!」
「英雄!!」
「マスクド・ブレイブ!!」
「ユウヤだ!!」
俺が叫ぶと、即座にコールが返ってきた。
「ユ! ウ! ヤ!」
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
(やめろ。コール&レスポンス化するな)
人が押し寄せる。手が伸びる。肩を叩かれる。背中を叩かれる。
泣きながら笑ってる顔が近い。近すぎる。
「ありがとう!!」
「助かった!!」
「死ぬと思った!!」
言葉が詰まって、俺はうまく返せなかった。
その代わりに、変な咳払いだけして頭を下げた。
(こういうの、困るんだよ)
そこへ追い打ち。
「名乗りを!! 名乗りを聞かせてくれ!!」
「嫌に決まってんだろ!!」
即答したのに、周りが勝手に唱え始めた。
「オイラはこの世界を守る熱い男ォ!」
「悪党共には鉄槌をォ!」
「弱いものいじめもゆるさねえッ!」
「天下無敵のマスクド・ブレイブだぁ!!」
「「「ソ・イ・ヤ!」」」
「死ね!!!!」
俺はその場で頭を抱えた。
「誰が流行らせた!!」
ロウが前に出て、泣き笑いしながら胸を張る。
「みんなだよ!!」
ティナまで小さく真似した。
「……てんかむてき……」
(……終わった)
デンが必死に止めようとしてる。
「や、やめろ! 兄ちゃん顔死んでる!」
「死んでる!! 俺は今ここで社会に殺された!!」
⸻
気づいたら屋台の前に押し流されていた。
「食え!」
「飲め!」
「英雄のお通りだ!!」
肉串、パン、スープ、酒。
両手に押し付けられる。断る隙がない。
「おいおい!? 金持ってねえぞ!」
「英雄に払わせるか!!」
結局、食った。飲んだ。
腹が減ってるからか何食べてもうまい。
そのタイミングで、見慣れた連中が割り込んできた。
「アニキィィ!!」
レオンが突撃してきて、俺の腹が悲鳴を上げた。
「ぐっ……!! お前は抱きつくな!!」
「生きてたぁぁ!!」
カイルが苦笑しながら頭を下げる。
「……本当に、ありがとうございました」
ミーナは目が赤いまま、ちゃんと笑った。
「……よかった。本当に」
ガイも言葉を探してから、短く言った。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
そこへ包帯だらけのゴンズが腕を組んで言う。
「……変態でも、英雄は英雄だな」
「変態じゃねぇ!」
でも――この瞬間だけは、悪くなかった。
(こいつらが生きてる)
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
⸻
問題はその後だ。
子どもが増えた。輪になった。踊り始めた。
「ソ・イ・ヤ! ソ・イ・ヤ!」
手拍子が揃ってる。怖いくらい揃ってる。
子どもAが叫ぶ。
「名乗りいくぞ!」
子どもBが応える。
「せーの!」
「オイラはこの世界を守る熱い男ォ!!」
「悪党共には鉄槌をォ!!」
(やめろやめろやめろ)
「弱いものいじめもゆるさねえッ!!」
「天下無敵のマスクド・ブレイブだぁ!!」
「ソ・イ・ヤ!!」
「ソ・イ・ヤ!!」
「ソ・イ・ヤ!!」
(なにこれ……)
ロウが目をキラキラさせる。
「兄ちゃん! 本物のソイヤ、やって!!」
「やらねぇ!!」
「一回だけ!!」
「無理だ!!」
周りの大人まで乗ってくる。
「お願いだ! 本物のソイヤを!」
「見たい!!」
(無理。ここに居たら俺は壊れる)
俺は人混みをかき分けて、ハンターギルドに駆け込んだ。
⸻
ギルドの扉を閉めた瞬間、外の祭りが少し遠くなった。
「……助かった……」
カウンターの向こうから受付嬢のミレイが身を乗り出した。
目が赤い。泣いた後だ。
「よかった! 目が覚めたんですね! マスクド・ブレイブさん!!」
「……ユウヤだ!」
「はい、ユウヤさん!」
(どいつもこいつも……)
ミレイは俺の顔をもう一度見て、ほっと息を吐いた。
「ギルド長がお待ちです。奥へ」
「今行く。……頼むから外のソイヤ軍団を入れるんじゃねえぞ」
「入ってきませんよ。たぶん」
(たぶんかよ)
俺はミレイに案内されて、奥の部屋へ通された。
地図と帳簿、雑に積まれた紙束。
机の向こうにギルド長がいた。寝てない目だ。
ギルド長は俺を見るなり、短く息を吐いて――頭を下げた。
「……よかった。目が覚めたか」
一拍置いて、真っ直ぐ言う。
「まずは君に感謝を伝えたい。
グレンとパルマの人々を守ってくれてありがとう」
俺は頭を掻いた。
「……感謝の言葉はもうお腹いっぱいだ。報酬のほう頼むぜ?」
ギルド長の口角がほんの少しだけ動いた。
笑いか呆れか、どっちだか分からない程度に。
「任せろ。と言いたいところだが――少し問題が起きてな」
ギルド長の声が落ちる。
「君のお陰で、ゴブリンによる死者は出なかった。……が」
机の上の紙を指で叩く。
「魔石回収班の一人が殺された」
「……は?」
耳の奥が冷えた。
「そして――ゴブリンキングの魔石が盗まれた」
「はぁ!? ふざけんな!!」
ギルド長は頷く。
「俺も交戦した。だが、なかなかの手練でな……混乱の中で取り逃がした」
「誰だよ。また闇ギルドか? それとも盗賊か?」
ギルド長は少しだけ言い淀んでから言った。
「……刺青を見た。十字架に蛇が巻きついたやつだ」
「……何それ。宗教? ギャング?」
「どっちも当たってる」
ギルド長の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「昔、そういう刺青を入れた連中がいた。各地で爆破や殺しを繰り返した教団だ」
「名は――蛇架」
「……だか?」
間抜けな声が出た。
「待て待て待て。今その昔のヤベえ教団が、ここに出てきたって言った?」
「断定はできん。だが刺青が一致してる。それに……出来すぎてる。偶然じゃない」
ギルド長が地図を指でなぞる。
「結界破壊、隠蔽、侵攻、キング誕生……流れが揃いすぎてる」
俺は舌打ちした。
「……かなり不味いってことか」
「そうだ。国を動かさなきゃならん」
俺は外のソイヤを思い出して顔をしかめた。
「そんなことより……俺、もうここにいられねぇ」
「おい、そんなことってお前も巻き込まれてるんだぞ……」
「だって、子どもが名乗り暗唱してんだぞ。大人まで混ざってる」
ギルド長は小さくため息をついた。
「……王都なら、まだこの話は届いてない。少なくとも“今は”な」
「よし。勝った」
「勝ってない。おそらく時間の問題だ」
「黙れ」
ギルド長が立ち上がる。
「明日の早朝に出る。準備しろ」
「……わかったよ」
部屋を出ると、外の歓声がまだ聞こえた。
ソ・イ・ヤまで混ざってる。
(……だから嫌なんだよ、ヒーローって)
俺は心の中でだけ叫んで、歩き出した。




