第28話「最悪の目覚め」
目を開けた瞬間、最初に見えたのは――見覚えのある二つの山だった。
(……おっぱい)
目の保養だな、と思った。
だが、その上にある顔が、保養とは真逆だった。
疲れ切った目。
青い隈。
唇を噛みながら回復魔法を流し込んでいるシエラと、何人もの回復役。
(……あぁ、俺、やらかしたやつだなこれ)
ジェネラルと戦っていた辺りから記憶がない。
でも、こうして寝ているってことは――生き残れたらしい。
身体がだるい。
節々が痛む。
胸の奥が重い。
それでも、動けないほどではない。
(とにかく起きて、状況を聞く。まずそれだ)
そう思った瞬間――
カン。
ベルトが鳴った。勝手に鳴った。
「……は?」
透明なウィンドウが開く。
『クエスト発生』
『ゴブリン軍から街を救え』
『ゴブリン軍およそ2000が街へ進行している』
『指揮:ゴブリンキング』
『構成:ジェネラル、ナイト、メイジ、ホブゴブリン』
『街どころか国にとっても脅威な戦力』
『もう、君だけが希望だ。ヒーロー』
『報酬:ヒーローポイント50』
「……ちっ」
俺は鼻で笑って、ウィンドウを睨んだ。
「最悪の状況説明ありがとよ」
その声に反応して、回復役たちがざわつく。
「ユウヤさん!」
「目を覚ました!」
「本当に……!」
シエラが、ほっとしたように息を吐いた。
でも次の瞬間、眉が寄る。
俺が身体を起こそうとしたからだ。
「ユウヤさん! もう少し安静にしないと……!」
「分かってる」
俺は布団の端を掴んで、ゆっくり足を下ろした。
立つだけで、視界が一瞬揺れる。膝が笑いそうになる。
(……動けるだけマシか)
「でも、そんな時間がないの。分かってるだろ?」
シエラの顔が、きゅっと歪む。
「すみません……また、全部背負わせることになってしまって……」
「シエラさんが謝ることじゃないだろ」
俺は息を整えて、肩を回した。痛みが走る。
「祭りが始まっちまうから、行ってくるわ」
「……ユウヤさん」
止める言葉がない顔だった。
*
治療所の外へ出た瞬間、俺は固まった。
「……は?」
見慣れた街じゃない。
グレンの匂いじゃない。
広い道。知らない建物。知らない門。
人は意外と多い。
グレンで見かけた顔もいるし、知らない顔もいる。
「いや、ここどこだよ!!」
状況を分かった気になっていた。
さっき、格好つけずにちゃんと聞けばよかった。
そのとき。
「ユウヤ兄ちゃん!!」
聞き覚えのある声。
ロウが走ってくる。
遅れて、デンとティナ。
さらに後ろには、たくさんの子供たち。
「ユウヤさん! よかった……! 意識が戻ったんですね!」
デンの声が震えている。嬉しさと、怖さが混ざってる。
「おっ、お前ら丁度いいとこに来たな」
俺は頭を掻いた。
「ここはどこだ? あと、ハンターたちは?」
ロウが即答した。
「ここ、パルマの街だよ!」
「グレンから、みんなで逃げたんだ!」
デンが続ける。
「ハンターのみんなは……戦うために、あっちに……!」
デンが指したのは、街の門の方角だった。
「……そうか」
俺は短く頷いた。
「サンキューな」
踵を返す。
その背中に、子供たちの気配が増えた。
ついてくる。
止めない。止められない。
みんな分かっている。
もう、どうしようもないことを。
だからこそ――見届けないといけない気がするのだ。
(……勝手に背負わせるなよ)
そう思いながら、俺は歩いた。
*
門へ向かう途中で、ベルトを叩く。
カン。
「ポイントあるだろ? いつもの頼む」
『現在のヒーローポイント:21』
続けて表示が切り替わる。
『ブレイブドライバーのアップグレードが可能です』
『アップグレードには20ポイント必要です』
『アップグレードを行いますか?』
『Yes / No』
「……重っ」
思わず声が漏れた。
(前より一気に跳ね上がってんじゃねぇか……)
(でも、ここでケチってる場合じゃない)
「Yesだ」
次の瞬間。
ベルトが――かつてない光を放った。
「おいおいおい!?」
光が強すぎる。
周囲の視線が一斉に集まる。
子供が目を細める。大人がざわつく。
しかも長い。
「……いつ終わんの?? あと光強すぎだ!!」
俺は眩しさに顔を背けながら、門へ歩き続けた。
門に着くころ、ようやく光が収まる。
『ブレイブドライバー(ver.3)』
『現在のヒーローポイント:1』
『身体能力強化:9倍 → 27倍(基礎)』
『名乗り成功ボーナス:8倍 → 16倍(加算)』
「……は?」
(3→9→27って3倍かよ!!)
(名乗りの方は2倍ずつって……)
27+16……よんじゅうさんばい。
「……もう人じゃねぇだろ、これ」
でも相手は化け物だ。
これでも足りるか分からない。
ウィンドウはそれ以上何も出さず、すっと消えた。
*
外にはハンターたちが並んでいた。
数は少ない。
でも目は死んでいない。
ギルド長。
明日への誓い。
グレンに残った連中。
パルマから逃げなかった連中。
全員、覚悟を決めた目をしている。
遠く――街道の向こうを見ると、黒い影が広がって近づいてきていた。
(……来る)
その瞬間。
『観測されました』
『変身可能です』
「今回も目のいい奴がいるな」
俺は口角を上げる。
「よし、やるか」
――そして、ベルトがやかましく鳴る。
デンデンデンデン、ソイヤ!
デンデンデンデン、ソイヤ!
デンデンデンデン、ソイヤ!
「……お前さぁ」
空気が引き締まってる中で、これはない。
俺はあえて声を張った。
雰囲気をぶち壊すために。
「お前ら、祭りがあるなら――もっと早く起こせよな」
ハンターたちが、困惑と安堵の混じった顔で振り向く。
子供たちが息を呑む。
もう、見られようがどうでもいい。
どうせ死ぬかもしれない。
俺は腰に手を当て、腕を振り上げる。
「変身」
光が弾ける。
ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!
BGMが激しさを増す。
(やるしかねぇ)
口が勝手に動く。
いや、口調が勝手に変換される。
「オイラはこの世界を守る熱い男ォ!」
「悪党共には鉄槌をォ!」
「弱いものいじめもゆるさねえッ!」
「天下無敵のマスクド・ブレイブだぁ!!」
――ソイヤァァァァ!!
BGMが収まる。
ひょっとこマスク。
赤い着物。
ふんどし。
黒い手袋。
黒い足袋。
(終わってる)
(でも、勝てるなら何でもいい)
表示。
『名乗り成功』
『身体能力強化:27倍(基礎)』
『名乗りボーナス:16倍(加算)』
『合計:身体能力強化 43倍』
『火属性付与:有効化』
身体の底から力が湧き上がってくる。
さっきまでの痛みが、遠くなる。
世界が軽くなる。
(……負ける気がしねぇ)
ギルド長が、なんとか正気を保って叫ぶ。
「ユウヤ! 怪我は大丈夫なのか!」
俺は返事をした――つもりだった。
「当たり前だろ!」
なのに口から出たのは。
「あったぼうよ!」
(やめろ!!)
俺は勢いで続ける。
「オイラが暴れまわってやるからよ!」
「おめえらは後ろに抜けちまったやつを頼むぜえ!」
格好も口調も終わってる。
でも――周りの視線は、確かに変わった。
希望を見る目だ。
(……やめろ)
(そんな目で見るな)
俺は、前へ出た。
ひょっとこが。
火を纏って。
四十三倍で。
「さぁ――踊ろうぜぇ」
目の前の黒い群れが、唸り声を上げた。




