第29話「一対三千」
最初に来たのは、前衛の群れだった。
ガリガリのゴブリンが槍を構え、ムキムキのホブゴブリンが盾を掲げている。
鎧を着たナイトらしき個体が列を整え、その後ろにはメイジらしき影までちらついていた。
(いっちょ前に“軍”っぽい動きをしてやがる)
俺は走った。
――走ったつもりだった。
実際には、跳んでいた。
地面を蹴った瞬間に景色が一気に流れ、風の音が遅れて追いかけてくる。
ゴブリンが突き出した槍も遅い。
止まって見える。
俺はすれ違いざまに腕を振った。
「ブレイブパンチ!!」
拳が当たった瞬間、骨の砕ける感触が腕に返ってくる。
ドンッ!!
一体が吹き飛び、後ろにいた二体へぶつかった。
巻き込まれた周囲のゴブリンまでまとめて転がり、そこへ拳から移った火が走る。
悲鳴が上がり、押し合うように詰まった隊列の中へさらに火が広がっていった。
(数が多いほど燃える。最高の相性だな)
俺は息を吸った。
「火炎の舞〜!!」
『必殺技:火炎の舞 発動』
身体が燃えた。
「あっちぃ!!」
普通に熱い。
ふざけんな。
それでも身体は勝手に回り始めた。
不規則に揺れながら回転するたび、炎が周囲へ飛んでいく。
火の帯が前へ伸び、降り注いだ炎が乾いた草や畑跡にまで燃え移る。
密集していたゴブリンたちは押し合いながら倒れ、その上を後ろから来た連中が踏みつけていった。
さらに燃えた個体が壁になって進軍を塞ぎ、そこへまた火が落ちる。
(……地獄絵図)
なのに、背筋には妙な爽快感が走った。
俺はひょっとこの口から火を吐く。
「ぶふぉぉぉ!!」
噴き出した炎が一直線に群れを焼き、そのまま炎の壁になって軍勢を二つに裂いた。
ドォンッ!!
爆発じゃない。
将棋倒しだ。
押してくる後列が前列の死体に詰まり、そこへまた炎が広がっていく。
気づけば焼け跡が、黒い染みのように地面を覆っていた。
(……こりゃ、もはや火事だな)
火炎の舞が解除された瞬間、俺は一歩よろけた。
熱で息が詰まり、喉も焼けるように痛い。
それでも目の前にいた前衛の大半は倒れ、燃えたまま動かなくなっている。
(……まだやれる)
俺は地面を蹴った。
「ブレイブキイック!!」
ホブゴブリンの腹へ蹴りがめり込む。
重い手応えはあったが、四十三倍の前では関係ない。
ドンッ!!
巨体が浮き上がり、後ろのゴブリンを巻き込みながら吹き飛んだ。
着地した先でも火が燃え移る。
「べらぼうめぇ!!」
(うるせぇ口だなほんと!!)
俺はそのまま群れの中を進んだ。
盾列を上から踏み抜き、ナイトの兜を拳で歪ませる。
ホブゴブリンの棍棒を蹴りで弾いて胸を焼き、突き出された槍の穂先を手袋で叩き落とすと、返しの肘で二体まとめて吹き飛ばした。
通った後には、炎の跡だけが残っていく。
そこで、ようやく気づいた。
さっきまで地平線を埋めていた黒い群れが、明らかに薄くなっている。
動いているゴブリンは、もう半分もいなかった。
(……マジで半分焼けちまった)
*
背後でも、戦う音が増えていた。
俺が前を焼き潰している間に、側面から小さな群れが抜けたらしい。
(そっちは頼んだぜ――)
俺は振り返らず、そのまま前へ進んだ。
*
――ギルド長視点。
前線の仮面男は、もはや戦っているというより災害そのものだった。
放たれた炎が軍勢の中を走り、壁となって進路を塞いでいる。
二千いたゴブリンの半分近くが、すでに動かなくなっていた。
あり得ない。
だが、目の前で起きている。
ならば、こちらがやることは一つだ。
あの男を抜けてきた敵を止める。
「右! 十、抜ける!」
「弓! 後ろに回せ!」
「ミーナ! 回復切らすな!」
「はい!」
ミーナの回復魔法が走り、倒れかけたハンターが再び立ち上がる。
カイルの火球が爆ぜて敵の進路を塞ぎ、ガイが剣を突き込んだところへレオンが続く。
「ここは通さねぇ!!」
敵を倒すだけじゃない。
背後にいる住民を守りながら戦わなければならない。
それでも今は、最前線にあの男がいる。
「抜けさせるな! 時間を稼げ!」
*
――レオン視点。
怖いに決まっている。
それでも前を見た瞬間、震えは止まった。
仮面をつけた兄貴が踊りながら炎を撒き散らし、ゴブリンの軍勢をめちゃくちゃにしている。
(兄貴、何なんだよ……)
最初に会った時とは、比べものにならないほど強くなっていた。
同じ人間とは思えない。
でも、あれが味方だ。
だから俺も叫ぶ。
「抜けてくるなら俺らが殺す!!」
飛びかかってきたゴブリンを受け止め、押し返す。
横からガイの剣が入り、背後ではミーナの回復魔法が俺たちを支えている。
さらに前方で、カイルの火球が爆ぜた。
(これがチームだ)
(兄貴が言ってた“呼吸”ってこういうことか)
俺は歯を剥いた。
「一匹も通すなぁ!!」
*
――ユウヤ視点。
背後から、みんなが戦う音が聞こえてくる。
剣がぶつかり、魔法が爆ぜ、その間に叫び声が飛び交っていた。
(……やればできんじゃねぇか)
もう、グレンで絶望した顔をしていた連中じゃない。
俺は前を見る。
焼け跡の向こうで、生き残った軍勢が再び隊列を組み始めていた。
ばらけていたゴブリンたちが密集し、前衛を押し出すように並び直していく。
その時、角笛のような低い音が響いた。
(……統率が戻ってる)
メイジらしき個体が前へ出て、何かを撒いた。
すると、燃え広がっていた火の勢いが僅かに弱くなる。
(防火? 消火? ……対策してきやがったな)
さらにその奥で、巨大な影がゆっくり動いた。
周囲のゴブリンたちが、道を開けるように左右へ分かれていく。
(……王、か)
俺は息を吐いた。
喉は痛いし、身体にも熱が残っている。
それでも足は止まらない。
ひょっとこの口が勝手に笑った。
「第二幕、いくぜぇ!!」
(やめろその口調……!)
低い唸り声を上げるゴブリンたちの奥から、巨大な影がこちらへ進み出てきた。




