第20話「報告とふて寝」
ユウヤたちは、なんとかハンターギルドまで辿り着いた。
扉を押し開けた瞬間、カウンターの向こうから安堵した声が飛んだ。
「ゴンズさん……! よかった……!」
ミレイが駆け寄りかけて、途中で止まる。
止まるしかない。
血で固まった鎧。裂けたマント。呼吸は浅い。
それでもゴンズは、足で立っていた。
周囲のハンターたちが、ざわつく。
「おい……あれ、ゴンズか?」
「嘘だろ……Dランクハンターだぞ……?」
「……何と戦ったんだ?」
ゴンズが、ミレイにだけ聞こえる声で言った。
「嬢ちゃん……すまねぇ。ギルド長と話させてくれ」
唾を飲み、続ける。
「……不味いことになった」
ミレイの顔色が変わる。
「……すぐに呼んできます!」
彼女は走った。
普段とは違う本気の走り。
そのとき。
カン。
俺の腰が、小さく鳴った。
誰にも聞こえない音。
でも俺には、はっきり聞こえる。
視界の端に、透明なウィンドウが開いた。
『クエスト達成:ゴンズを救出せよ』
『ヒーローポイント10を獲得しました』
『現在のヒーローポイント:10』
「……10ポイント」
(死にかけた甲斐はあったな)
そう思った瞬間だった。
――やたら視線を感じる。
ざわざわ、ざわざわ。
最初はゴンズを見てるんだと思った。
違った。
俺だ。
「なんだ? あの変態は……」
「マスク……光ってねぇか?」
「あんな赤いパンツ……恥ずかしくねぇのかよ」
「そのシャツ……どんだけ着てんだ……黄ばんでるぞ……」
……俺は、そこでようやく気づいた。
(――あ)
(戻るのに必死で……変身解除、忘れてた……)
喉が詰まる。
逃げて、逃げて、逃げて。
ギルドに着いた安心で――油断した。
「…………」
俺はゆっくり息を吸って、叫んだ。
「変身解除!!!」
『変身解除します』
光が引いて、服が戻る。
――素顔が出る。
そして、ざわざわがさらに大きくなる。
「あいつ……中身、あんな顔なのか」
「ここで、見た事ある顔だな……」
「なおさら意味わかんねぇ……」
(終わった)
笑いと好奇と、気味悪さと。
いろんな視線が、肌に刺さる。
右腕が、遅れて疼いた。
痛みが、今になって「お前は限界だ」と言ってくる。
俺は一歩後ずさった。
「……無理」
次の瞬間には、踵を返していた。
ギルドの報告?
報酬の受け取り?
そんなの、今はどうでもいい。
俺は逃げた。
「えっ、ユウヤさん!?」
背後でミーナの声がする。
「アニキ! どこいくんすか!?」
レオンの声が追う。
「クエストの報告は!?」
カイルが叫ぶ。
知らん。
俺は扉を蹴る勢いで外へ出た。
⸻
宿に戻ると、看板娘――リリが駆け寄ってきた。
「あっ、おにーさん! おかえりなさい! おへやのそうじ、もうおわってるよ!」
その声だけで、さっきの地獄が薄まる。
俺はもう、決めた。
(今のことは記憶から消す)
「リリはいい子だな」
俺は頭を撫でた。
「あとでおやつ買ってやるからな」
「やったー! たのしみにしてるね!」
……救われる。
俺は脚を引きずって、部屋へ戻った。
ベッドに倒れ込む。
何かを忘れている気がしたが――
今はどうでもいい。
右腕が痛い。背中が痛い。
それより、心が痛い。
「……寝る」
俺はそのまま、意識を手放した。
⸻
――ハンターギルド。
ミレイとギルド長が戻ってきた。
「ゴンズ!!」
ギルド長は現場の空気を一瞬で掴み、周囲を見回す。
「……ゴンズを救出したハンターは?」
ミーナが答えた。
「……帰りました。怪我が酷くて……」
レオンが申し訳なさそうに言う。
「アニキ、変身解除忘れて……心が折れたっす……」
「……?よくわからないが」
ギルド長は眉を寄せたが、今は責めない。
目の前にいるのは、もっと急ぎだ。
「ゴンズ。酷い怪我だ。何があった」
ゴンズは唾を飲み、声を絞り出した。
「……ギルド長」
そして、震える息で言った。
「キングが産まれてしまった」
空気が止まる。
誰かが、息を飲む音だけが聞こえた。
「……間違いないのか」
「ああ……間違いない。ジェネラルも複数確認した」
ゴンズの目が、遠くを見る。
「それに……あの雄叫びは……」
ギルド長が、歯を食いしばる。
「くそっ……」
「あと少し早ければ、まだ勇者がこの街にいた……!」
拳を握り、即座に命令を飛ばす。
「ミレイ!!」
ミレイが背筋を伸ばす。
「はい!」
「急ぎ王都に、ハンター要請の手紙を出せ! 最優先だ!!」
「分かりました!!」
ギルドが一気に慌ただしくなる。
走る足音。紙を引き裂く音。印章の音。
誰もが“終わり”を想像し、必死に目を逸らして働き始めた。
ゴンズが、もう一つ言った。
「……ギルド長。もう一つある」
「何だ」
「ゴブリンの巣の近くを調べてたんだが……」
ゴンズは痛みに顔を歪めながらも、言葉を続ける。
「どうやら、人間の手が入ってる」
「……どういうことだ?」
「瘴気が漏れないように、隠蔽されてた。森の奥まで行かないと気づかねぇように」
「……隠蔽?」
「ああ。妙な“結界”があった」
ギルド長の顔色がさらに悪くなる。
「……ゴブリンごときが、そこまでやるか?」
「やらねぇ」
ゴンズは即答した。
「結界石なんざ、この辺で取れるわけねぇしな」
「……誰かが、キングを産ませたってことか」
ギルド長の声が、低くなる。
「……街が、また消える」
沈黙。
記録がある。
ゴブリンキングが出たのは四十年前。
その時、三つの街が壊滅した。
王都に応援を出したとしても――
この街が、いつまで持つか分からない。
そして。
その街の運命は、奇妙な腰帯を持つ一人の男にかかっていた。
――その男は今。
宿のベッドで、ふて寝をしている。




