第19話「キングの産声」
洞窟の前。
鎧をまとったゴブリンが二体、その足元では血まみれの男が頭を垂れていた。
スキンヘッドで強面の、がっしりした体格の男。
――ゴンズ。
俺を見るなり、男が掠れた声を絞り出した。
「……逃げろ!!」
顔を上げた目は焦点も合っていないのに、必死だった。
「こいつらは……ジェネラルだ……! 俺はいい……! ギルドに報告してくれ!!」
「悪いけど」
俺は息を吸って、吐く。
「こっちにも事情があってね」
(ヒーローポイント10がかかってんだ……)
「……あんたも連れて帰る」
言い終わる前に、片割れが動いた。
巨体からは想像できないほど速い。
「っ――!」
俺は反射的に、乗っていたモノサイクルを掴んで投げた。
「邪魔だ!!」
一輪車が回転しながら飛んでいく。
ジェネラルが一瞬だけそちらへ目を向けた隙に、俺は跳んだ。
「ブレイブキーック!!」
胴に直撃する。
鎧の上から鈍い音が鳴り、ジェネラルが吹き飛んで岩壁に叩きつけられた。
(よし――!)
次の瞬間、もう一体が死角から襲いかかってきた。
「――っ!」
避けられない。
俺は咄嗟に腕で顔を庇った。
直後、凄まじい衝撃を受けて身体が横へ吹き飛ぶ。
地面を転がり、背中を打ちつけたところで息が抜けた。
「がっ……!!」
右腕の感覚がない。
(……痛てぇ……クソ強えじゃねえか……)
揺れる視界の中で起き上がろうとして、俺は動きを止めた。
さっき蹴り飛ばした方が立っている。
何事もなかったように鎧を鳴らしながら、こっちへ歩いてきた。
(……ダメージ、無し……?)
こっちの腕は死んでるのに。
ジェネラルが斧を振り上げる。
「っ!!」
紙一重で避け、そのまま蹴りを入れる。
だが、硬い。
ほとんど効いた手応えがなかった。
次の瞬間、逆に足首を掴まれる。
「――は?」
世界が上下逆になり、気づけば片足で吊られていた。
頭上から斧が落ちてくる。
(死ぬ……!?)
「ブレイブフラッシュ!!」
白い光が爆ぜた。
「グギャァァッ!!」
まともに見たジェネラルが、目を押さえてよろめく。
俺は足を振りほどき、地面を転がって距離を取った。
息が切れる。
右腕も、ぶら下がったまま動かない。
(……詰んでる)
俺はゴンズの方へ駆け寄った。
「おっさん!」
ゴンズが咳き込みながら顔を上げる。
「なんだ……!」
「なんか気を引いたりできねぇか! 隙があれば担いで逃げる! モノサイクルなら追いつけねえ」
ゴンズは悔しそうに首を振った。
「……すまない……もう魔力を使い切っちまった……」
「……は?」
(この見た目でまさかの魔法使い!? でも今それ言ってる場合じゃねぇ!)
白い光から立ち直った二体のジェネラルが近づいてくる。
一体は斧、もう一体は槍を持っている。
どちらも、人間なら簡単に殺せそうな武器だ。
(くそっ、このままじゃ――)
その瞬間、洞窟の奥から咆哮が響いた。
「グォォォォォォォォ!!」
身体の芯まで震えるような音だった。
押し寄せるような圧に鼓膜が痛み、心臓が跳ねる。
二体のジェネラルが、ぴたりと動きを止めた。
そして俺とゴンズには目もくれず、洞窟の方へ向き直る。
「……グギャ」
「……グ、ギャァ」
まるで何かに呼ばれたように、二体は洞窟の奥へ走り去っていった。
(……助かった?)
俺はゴンズを見る。
ゴンズは震えていた。
顔は真っ青で、歯まで鳴っている。
「……生まれてしまった……」
掠れた声が漏れる。
「キングが……」
息を吸うのも辛そうに、ゴンズは続けた。
「……この街は……もう終わりだ……」
「おっさん!!」
俺は怒鳴った。
「どうでもいいから逃げるぞ!!」
ゴンズの襟を掴む。
「立てるか!」
「……む、無理だ……」
「じゃあ背負う!」
俺は片腕だけでゴンズを担ぎ上げた。
右腕が動かないせいでバランスは悪いが、今はやるしかない。
「カモン! モノサイクル!!」
――ぽん。
呼んだ瞬間、さっき投げた一輪車が戻ってきた。
(早く逃げねえと……)
俺はゴンズを担いだまま乗る。
クソ危ないが、今さらだ。
「飛ばすぞ!」
モノサイクルが一気に加速した。
俺は木々の間を縫いながら、全速力で街へ向かった。
*
街へ戻る途中、森の道の先に四つの人影が見えた。
「ユウヤさん!?」
レオンの声が飛んでくる。
続けてカイルも叫んだ。
「その怪我――!」
ミーナが目を見開く。
「……って、Dランクのゴンズさんまで……! 一体、何が……」
ガイもいる。
四人とも、俺たちを見るなり顔色を変えた。
俺は少しだけほっとした。
その途端、忘れていた右腕が強く痛み出す。
「っ……!!」
(くそ……今かよ……!)
俺は歯を食いしばって息を吐いた。
「悪ぃ……腕が限界だ……」
背中のゴンズを見る。
「誰か、このおっさん背負ってくれ」
ガイが手を挙げた。
「……自分に、やらせてください」
「ガイ――」
俺が何か言うより先に、ガイはもう前へ出ていた。
ゴンズが震える声で言う。
「……すまねえ、若いの……ギルドまで頼む……」
「はい」
ガイがゴンズを背負う。
俺がふらつくと、レオンとカイルがすぐに身体を支えた。
ミーナは周囲を警戒しながら、俺を見る。
「ユウヤさん、歩けますか」
「……歩ける。たぶん」
(多分じゃねぇ。歩け)
俺はモノサイクルから降り、六人で街へ向かうことになった。
さっきまでより、森の中は妙に静かだった。
(キング……)
ゴンズの言葉が、頭にこびりついて離れなかった。




