第156話「面接と報酬」
さすがに、百人以上を一日で面接するには時間が足りなかった。
そのため残りの応募者には事情を説明し、三日間に分けて店へ来てもらうことになった。
そして三日目。
ユウヤたちは、ようやく百三十七人全員との面接を終えた。
これまでの経歴や旨味亭ブレイブで働きたい理由、希望する仕事まで、一人ひとりから時間をかけて話を聞いた。
しかし、採用者はほとんど絞れなかった。
どの応募者にも経験があり、受け答えも真面目だったからだ。
書類だけを見て適当に決めるわけにもいかない。
そこで翌日、厨房希望者には実際に調理をしてもらい、接客希望者にはエマがさらに詳しく話を聞くことになった。
「野菜は同じ大きさに切れ! 大きさが違えば、火の通り方も変わるぞ!」
「はい!」
広くなった厨房では、いくつかの組に分けられた応募者たちが順番に調理台へ立っていた。
厨房希望者を見ているのは、もちろんグレッグだ。
「鶏の骨は捨てるな! そっちの鍋へ入れてくれ!」
「分かりました!」
「火が強すぎる! 焦がす前に弱めろ!」
グレッグが見ているのは、包丁や火の扱いだけではない。
指示をきちんと聞けるか、周囲を見て動けるか。
作業が遅れている者がいれば、自然に手を貸せるか。
旨味亭ブレイブでは、鶏の骨やキノコから旨味を引き出してスープやソースに使う。
ユウヤがパスタと呼んでいる、この世界にはなかった麺料理もある。
最初から同じ料理を作れる必要はない。
採用してから新しい調理法を覚えられるだけの基礎があれば十分だった。
応募者たちはグレッグの指示に従って次々と動いていく。
包丁を握る手つきにも食材の扱いにも慣れており、隣の者が遅れていれば手の空いた者が声をかける。
その様子を見ていたユウヤは、グレッグの隣へ立った。
「で、何人まで絞れた?」
グレッグは腕を組んだまま、難しい顔をする。
「腕だけで決めるなら、全員合格だ」
「全員?」
「包丁も使える。火も扱える。指示も聞けるし、周りを見ながら動くこともできる」
グレッグは、作業を続ける応募者たちへ目を向けた。
「うちの料理は、働き始めてから教えればいい。これだけ基礎ができてりゃ、覚えるのも早いだろうな」
「じゃあ、もう誰でもいいんじゃねえか?」
「そう簡単じゃねえよ」
グレッグは小さく息を吐く。
「店は、一日だけ働いて終わりじゃねえ。どれだけ腕が良くても、すぐ辞められたら意味がねえからな」
「それもそうか」
一から料理を教える以上、できるだけ長く働いてくれる者を選びたい。
そこで厨房希望者には、以前の職場を辞めた理由や、これからどれくらい働きたいのかも改めて尋ねていった。
「以前の店が、魔物の襲撃でなくなってしまいました。こちらで雇っていただけるなら、長く働きたいと思っています」
「旨味亭ブレイブの味に感銘を受け、ここで働きたいと思いました」
「王都で新しい生活を始めたいと考えています」
どの応募者にも、きちんと働きたい理由がある。
グレッグは話を聞くたびに腕を組み、とうとう深く唸った。
「……駄目だ。絞れねえ」
「まだ全員合格なのか?」
「そうだな」
「料理人って、こんなにいたんだな……」
「腕のある奴が、店を失ったり職を失ったりしてるんだろ」
魔物の襲撃で、働いていた店そのものを失った者は多い。
復興を機に新しい働き口を探している経験者が集まった結果だった。
一方、客席ではエマが接客希望者と話をしていた。
旨味亭ブレイブには、子ども連れの家族から荒っぽいハンター、商人や騎士まで様々な客が訪れる。
今後は貴族や王族が来る可能性もある。
エマが見ているのは、親しみやすさと相手に応じた礼節だった。
「以前のお仕事では、どのようなお客様が多かったですか?」
最初の女性は、穏やかな笑顔で答えた。
「宿屋で働いておりましたので、商人や旅人の方が多かったです。小さなお子様を連れたご家族にも、よく利用していただいていました」
「酔っている方や、怒っている方への対応経験はありますか?」
「はい。まずはお話を伺います。ただ、ほかのお客様へご迷惑をかけるようであれば、責任者や警備の者を呼んでいました」
受け答えは丁寧で、表情も柔らかい。
次に呼ばれたのは、酒場で給仕長を務めていた女性だった。
「忙しい時間帯に、注文が一度に重なった場合はどうしますか?」
「料理の完成時間を確認し、同じ卓の料理がなるべく一緒に届くよう整理します。それでも遅れる場合は、先にお客様へ事情をお伝えします」
「ほかの従業員が失敗した場合は?」
「まずはお客様への対応を優先します。注意や確認は、落ち着いてから行います」
こちらも答えに迷いはない。
ほかにも商会の受付経験者や、貴族の屋敷で働いていた使用人など、それぞれ違った強みを持つ者が揃っていた。
様子を見に来たユウヤは、話を終えた応募者と入れ替わるように席へ近づいた。
「そっちは絞れたか?」
「いいえ」
「即答かよ」
「皆さん、感じの良い方ばかりです」
エマは手元の書類へ目を落とした。
「宿屋で働いていた方は、人当たりが良く、子どもの相手にも慣れています」
「うん」
「酒場の給仕長をしていた方は、忙しい中でも冷静に動けそうです」
「うん」
「ほかの方々も、接客や会計、礼儀作法に長けています」
「全員欲しいじゃねえか」
「そうなんです」
エマは困ったように笑った。
昼になり、午前の選考をいったん止めると、ユウヤ、エマ、グレッグ、トムの四人は店の奥へ集まった。
机の上には、大量の応募書類が積み上がっている。
グレッグは疲れたように椅子へ座った。
「厨房だけでも、欲しい奴が何十人もいるぞ」
エマも書類を整理しながら頷く。
「接客希望者も、明確に落とす理由がありません」
「じゃあ、全員雇えばいいんじゃないっすか?」
トムが軽い調子で言った。
ユウヤはすぐに顔を上げる。
「百三十七人も雇えるか!」
「駄目っすか?」
「今の店だけで、百三十七人に何させるんだよ!」
いくら巨大になったとはいえ、必要な人数には限度がある。
仕事もないのに雇えば、その分の給料も払い続けなければならない。
「働いてもらう場所がねえ。それに、全員分の給料を払い続けられるかも分からねえだろ」
「言われてみれば、そうっすね」
「言われる前に気づけ」
ユウヤは、机に積まれた書類を見つめた。
腕が悪いわけでも、接客態度に問題があるわけでもない。
働く気がない者もいない。
「誰を落とせばいいんだよ……」
その時、店の扉が開いた。
入ってきたのは、王国騎士の一人だった。
騎士はユウヤの姿を見つけると、まっすぐ歩み寄ってくる。
「ユウヤ殿」
「ん?」
「王都防衛に関する報奨が、正式に決定しました」
「報奨?」
「はい。国王陛下がお呼びです」
ユウヤは目を瞬かせた。
魔物の襲撃から一か月。
復興や店の再建に追われ、王都防衛の報奨については完全に忘れていた。
「今からか?」
「ご都合が悪ければ、時間を改めますが」
「いや、行くよ」
ユウヤは立ち上がると、エマへ振り返った。
「悪い。ちょっと王城へ行ってくる」
「分かりました」
「応募者には、採用するかどうかは後日伝えるって言っておいてくれ」
エマはユウヤの顔を見た。
「何か考えがあるんですか?」
「まだねえ」
「ないんですか……」
「考えても決まらねえんだよ」
ユウヤはもう一度、応募書類の山を見る。
「とりあえず、帰ってきてから考える」
そう言い残し、ユウヤは騎士と共に王城へ向かった。
案内されたのは、謁見の間ではなく、王城の奥にあるアルヴェルトの執務室だった。
騎士が扉を開ける。
「ユウヤ殿をお連れしました」
「入ってくれ」
聞き慣れた声に促され、ユウヤは室内へ入った。
書類の積まれた机の向こうには、国王となったアルヴェルトが座っている。
そして、なぜか部屋の隅にはレオルドもいた。
「何でお前がいるんだよ」
「私も呼ばれました」
レオルドは、いつも通りの笑顔で答えた。
「レオルドも、王都防衛で大きな功績を挙げたからね」
アルヴェルトが説明する。
「彼への報奨については、先ほど話を終えたところだ」
「なるほどな」
ユウヤが用意された椅子へ座ると、アルヴェルトは一枚の書類を手に取った。
「まず、改めて礼を言わせてほしい」
先ほどまでの穏やかな表情が、真剣なものに変わる。
「ユウヤ。君がいなければ、王都は今頃、跡形もなく消えていたかもしれない」
「大げさだろ」
「大げさではないよ」
アルヴェルトは書類へ目を落とした。
「南門から東門、北門まで各地の防衛に加わり、西門では竜の攻撃から市街地を守った。さらに、多くの市民も救っている」
「俺一人でやったわけじゃねえよ」
「もちろん分かっている。レオルドをはじめ、騎士やハンター、王都の住民たちも戦った」
アルヴェルトは、ユウヤを真っ直ぐ見た。
「それでも、君の働きが多くの命を救ったことは間違いない」
ユウヤは何も答えなかった。
「それらを考慮し、今回の報奨金が決定した」
アルヴェルトが、その金額を口にする。
ユウヤは固まった。
「…………」
聞き間違いだと思った。
いや、そうであってほしかった。
「……悪い。もう一回言ってくれ」
「白金貨千枚だ」
アルヴェルトは、先ほどとまったく同じ金額を口にした。
ユウヤはしばらく動かなかった。
以前、ゴブリンキングと三千ものゴブリンを倒した時に受け取った報奨金が、白金貨五十枚だった。
今回は、その二十倍。
「桁、間違ってねえか?」
「間違っていないよ」
「店、何軒建つんだよ……」
「今回の功績を考えれば、むしろ金銭だけでは足りないくらいだ」
アルヴェルトはそう言うと、机の上にある別の書類へ手を伸ばした。
「それと、君には爵位を授けることも決まっている」
「……爵位?」
ユウヤは報奨金から顔を上げる。
「俺が?」
「ああ。王都を救った英雄に、金銭だけを渡して終わりというわけにはいかないからね」
「いや、待て。そんなもん貰っても、何すりゃいいんだよ」
「すぐに生活を変えろという話ではないよ」
アルヴェルトは穏やかな口調で続けた。
「爵位の等級や領地については、君の希望も聞いた上で決めたいと思っている」
「領地まであんのかよ……」
「その可能性もある、ということだね」
数日前まで、従業員を何人雇うかで悩んでいた。
それが今では、白金貨千枚と爵位の話をされている。
「今すぐ返事をしろとは言わないよ」
アルヴェルトは、困惑するユウヤを見て苦笑した。
「後日、正式な授与式を行う予定だ。それまでに考えておいてくれればいい」
「……考えさせてくれ」
「もちろんだ」
爵位の話はいったんそれで終わった。
だが、白金貨千枚もユウヤには現実味のない額だった。
高級な服や豪華な屋敷が欲しいわけでもない。
ふと、隣にいるレオルドへ目を向ける。
こいつもAランクハンターだ。
これまで、かなりの額を稼いでいるはず。
「なあ、レオルド」
「はい。何ですか?」
「お前、金って何に使ってる?」
「お金ですか?」
レオルドは少し考えるように首を傾げた。
「特には使っていませんね」
「お前、Aランクハンターなんだから、かなり稼いでるだろ」
「そうなんですか?」
「俺に聞くなよ!」
レオルドは困ったように頭を掻いた。
「依頼の報酬は、いつもギルドに預けてもらっていますので」
「預けてんのか」
「はい」
「今、どれくらいあるんだ?」
「分かりません」
「分かんねえの!?」
ユウヤが思わず声を上げる。
だが、レオルドは至って真面目な顔だった。
「以前、家族にお金の使い方を聞いたことはあります」
「おう。それで、何て言われたんだ?」
「『お前は何も考えず、とりあえずギルドに預けておけ』と言われました」
「家族から金の管理を諦められてんじゃねえか!」
「そうなんですか?」
「そこから分かってねえのかよ!」
横で聞いていたアルヴェルトが、静かに頷いた。
「レオルドの家族の判断は正しいと思うよ」
「アルヴェルト陛下も、そう思いますか?」
「うん。君は、そのままギルドに預けておいた方がいい」
「分かりました。では、これからもそうします」
「納得すんな! 少しくらい自分で考えろ!」
「ですが、考えない方がいいと言われましたので」
「素直さを発揮する場所が違うんだよ!」
ユウヤは額を押さえ、深くため息をついた。
「……聞く相手を間違えた」
結局、何の参考にもならなかった。
ユウヤは、もう一度報奨金の書かれた書類へ目を落とす。
白金貨千枚。
その時、店に積まれていた大量の応募書類が頭に浮かんだ。
今の店だけでは、百三十七人全員を雇うことはできない。
だが、この金があれば新しい店を作れる。
今ある店に全員を詰め込めないなら、働く場所そのものを増やせばいい。
「……これだけあれば」
「どうしたんだい?」
アルヴェルトに尋ねられ、ユウヤは書類から顔を上げた。
「……もしかして、全員雇えるんじゃねえか?」




