第155話「面接地獄」
翌日。
旨味亭ブレイブでは、正式な営業再開へ向けた話し合いが行われていた。
広くなりすぎた店内には、以前の何倍ものテーブルと椅子が並んでいる。
その光景を眺めながら、エマは静かに口を開いた。
「今の人数では、絶対に店が回りません」
「だよなぁ……」
ユウヤは頭を抱えた。
厨房では、グレッグが腕を組んでいる。
「厨房も俺一人じゃ限界だ。料理人があと何人か欲しい」
トムも肩を落とした。
「自分、さすがに分身まではできないっす……」
ユウヤは大きくため息をついた。
「……早く従業員を募集しねえとな」
その言葉を聞いて、トムが何かを思い出したように笑った。
「懐かしいっすね! 自分も、あの時募集を見て速攻で面接に行きました!」
「そうだったな……」
ユウヤの脳裏に、嫌でも当時の光景が蘇る。
ソイヤの街から追いかけてきたマスクドブレイブの熱狂的なファン、トム。
蛇架からルークとリアを連れ去るため、店へ潜入してきたセシル。
そして、なぜか面接に現れた王都のAランクハンター、レオルド。
他にも、まったくやる気のない者までいた。
「マジで、まともな奴が一人もいなかったな」
ユウヤが呟くと、トムがすぐさま反論した。
「失礼っすね! 自分もセシルさんも変じゃないっす!」
「ソイヤから追っかけてきたストーカーと、ヤバい組織から潜入してきた奴が普通なわけあるか!」
「ストーカーは酷いっす! 自分はマスクドブレイブのファンっす!」
「同じだ、バカヤロウ!」
横で聞いていたエマが苦笑する。
「あはは……そういえば、レオルドさんまで来ましたね」
「あれは論外だ」
「あの人、本気で働くつもりだったんでしょうか」
「すげえアホだから、本気だったんだろうな」
「Aランクハンターなんですけどね」
「碌な記憶がねえ……」
ユウヤは遠い目をした。
もう二度と、あんな面接は御免だった。
エマは咳払いを一つすると、机の上へ紙を置いた。
「だからこそ、今回は条件を書きましょう」
「条件?」
「前回は、誰でも歓迎でしたから」
ユウヤは納得したように頷く。
「なるほど。それなら、変なのは減るか」
トムも何度も頷いた。
「いい考えっす!」
ユウヤはペンを手に取り、紙へ文字を書き始めた。
⸻
従業員募集
・料理、または接客の経験がある方
・健康な方
・真面目に働ける方
⸻
書き終えた紙を、四人で眺める。
「これなら、変なのは来ねえだろ」
「ええ」
「完璧っす!」
グレッグも満足そうに頷いた。
その日のうちに、張り紙は店先へ貼り出された。
翌朝。
「ラブリー!」
「ブレイブ!」
「朝から歌うな!」
店の外から聞こえてくる子どもたちの声で、ユウヤは目を覚ました。
相変わらず、朝から元気だった。
ユウヤは頭をかきながら、店のある一階へ降りていく。
そして、階段を下りきったところで足を止めた。
「…………」
店の前に、人。
さらに人。
その先にも、人。
列は通りの角を曲がり、その向こうまで続いている。
「……何だこれ」
ちょうど外から戻ってきたエマが、店内へ入ってきた。
「おはようございます」
「おはようじゃねえ。何の祭りだ?」
「従業員募集です」
「祭りじゃねえのかよ!」
エマは手元の紙へ目を落とした。
「現在の応募者数は、百三十七名です」
「多すぎるだろ!!」
ユウヤの叫びが、通り中へ響き渡った。
奥から出てきたグレッグも目を丸くする。
「張り紙を出したの、昨日だよな?」
「はい」
「まだ一日しか経ってねえぞ?」
「一日です」
トムは店の外へ顔を出し、列の最後を見つめた。
「まだ増えてるっす……」
「やめろ! それ以上は数えるな!」
まずは応募者たちに名前や経歴を用紙へ書いてもらい、並んでいる順番に話を聞くことになった。
最初の応募者は、笑顔の女性だった。
「宿屋で十年、接客をしていました!」
「お、おう……」
二人目。
「料理人歴十五年です!」
「長ぇ!」
三人目。
「以前、宮廷料理人を務めておりました」
グレッグが勢いよく立ち上がった。
「宮廷!?」
ユウヤも思わず身を乗り出す。
「何で来た!?」
応募者は真っ直ぐにユウヤを見つめた。
「マスクドブレイブ様のお役に立ちたいと思いまして」
「重い!!」
その後も、応募者は途切れなかった。
食堂の厨房経験者やパン職人、酒場の接客経験者、商会の受付、さらには貴族の屋敷で執事を務めていた者までいる。
「全員、即戦力じゃねえか……」
ユウヤは頭を抱えた。
変な奴を減らすために条件を付けたはずが、今度は選ぶのに困るほど経験者ばかり集まってしまった。
エマは、店の外に並ぶ応募者たちへ目を向ける。
「皆さん、恩返しがしたいんですよ」
「恩返し?」
「ユウヤさんが王都を救ってくださいました。だから今度は、自分たちが力になりたいんです」
エマは微笑んだ。
「今の王都で、一番働きたい店なのかもしれません」
ユウヤは改めて列を見渡す。
誰一人、嫌々並んでいるようには見えなかった。
「……ヤバすぎだろ」
昼になり、四人は店の奥にある席へ集まった。
目の前には、応募者たちが記入した用紙の山が積み上がっている。
グレッグが一枚ずつめくりながら言った。
「料理経験者だけでも三十人いるぞ」
エマも手元の用紙を確認する。
「接客経験者は四十人以上です」
「選び放題っすね!」
トムは目を輝かせた。
「選べねえよ!」
ユウヤは机へ突っ伏した。
朝から何人かと話してみたが、どの応募者も経験があり、やる気も十分だった。
明確に落とす理由が見つからない。
だからといって、経歴だけを見て決めるわけにもいかなかった。
しばらく考えたあと、ユウヤはゆっくりと顔を上げる。
「……このまま全員と話すしかねえか」
エマが、用紙の山へ目を向けた。
「残りも百人以上いますよ?」
「…………」
ユウヤは山になった応募用紙を見つめたあと、深いため息をついた。
「気が遠くなるな……」
こうして、百三十七人を相手にする面接が始まった。




