第151話「アイドルエール」
「ラブリーリボン!!」
ユウヤは叫ぶと同時に、両腕を突き出した。
白金のリボンが空へ伸び、赤い光を溜めていた竜の上下の顎へ絡みつく。
「やらせるわけねぇだろ!!」
両腕に力を込めると、リボンがぎしりと軋んだ。
開きかけていた竜の口が無理やり閉じられ、喉の奥で炎が暴れる。
竜が怒りの咆哮を上げようとするが、口を縛られているせいで、くぐもった唸りにしかならない。
「おらぁぁぁぁ!! 閉じてろ!!」
ユウヤは石畳に足をめり込ませながら、リボンを引き絞った。
竜の力は凄まじい。
一度でも気を抜けば顎を開かれ、その瞬間、王都の通りが炎に飲まれる。
「くっ……! 意外と力が強ぇ……!」
帝国で戦った先代魔王の竜ほどではない。
あの時ほどの絶望感は感じないが、状況が違った。
帝国騎士団はいない。
万全な状態のレオルドもいない。
背後には逃げ遅れた人たちがいて、空にはまだ他の魔物も残っている。
「きゃああああっ!」
横から悲鳴が上がった。
ユウヤが視線を向ける。
避難しようとしていた人々の列へ、ワイバーンが低空から突っ込んでいた。
子どもを抱えた男や足を引きずる老人、負傷者を支える若いハンターへ鋭い爪が迫っている。
「ちっ!」
竜の口を縛ったリボンはまだ保っている。
だが、長くは持たない。
リボン越しに伝わる力は少しずつ強まり、このままではいずれ引き千切られる。
ユウヤは一瞬だけ竜を見ると、地面を蹴った。
「くそが!!」
竜の口を縛ったまま身体をひねる。
白金のリボンが伸びきり、嫌な音を立てた。
「キラキラブレイブパンチ!!」
フリルを揺らしながら放った拳が、ワイバーンの横っ面へ叩き込まれる。
白金の光が爆ぜ、巨体が横へ吹き飛んで建物の壁を砕いた。
「走れ!!」
ユウヤが叫ぶ。
「マスクドブレイブ……」
「止まるな!! そこから離れろ!!」
人々が震えながら走り出す。
その時、ぶち、と音がした。
竜の口を縛っていたリボンが外れる。
「やべ――」
竜の喉に溜まっていた赤い光が、一気に膨れ上がった。
もう一度リボンを伸ばすには遅い。
殴りに行くにも距離がある。
避難もまだ終わっていない。
竜が口を開いた。
「っ……!」
ユウヤは周囲を見回す。
近くには、先ほど吹き飛ばしたワイバーンの死体が転がっていた。
「ラブリーリボン!!」
白金のリボンを伸ばし、その巨体へ絡みつける。
「間に合え!!」
腕を引くと、ワイバーンの死体が石畳を削りながら引き寄せられた。
竜の喉が赤く光る。
ユウヤはワイバーンの死体を抱えるようにして前へ出た。
「伏せろぉぉぉぉ!!」
竜のブレスが放たれた。
炎の奔流が王都の通りを飲み込み、その真正面へユウヤが飛び込む。
ワイバーンの死体を盾にして。
「ぐっ……!」
熱いなんてもんじゃない。
ワイバーンの鱗が赤く焼け、肉が焦げ、表面から崩れていく。
炎は死体にぶつかって左右へ割れたが、完全には防ぎきれなかった。
熱が腕へ食い込む。
「っ、ああああああああ!!」
両腕が焼ける。
フリルの端に火がつき、リボンが焦げ、ツインテールの先まで熱で跳ねた。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
それでも、ユウヤは下がらなかった。
背後には、まだ逃げきれていない人間がいる。
ここで一歩でも退けば、全員が炎に飲まれる。
ワイバーンの死体はどんどん崩れ、もう盾と呼べる形ではなくなっていく。
それでもユウヤは炎を受けながら前へ出た。
少しでも背後へ流れる熱を減らすために。
膝が震え、腕の感覚もほとんどない。
それでも立ち続けた。
周囲の人々は、そんなユウヤを見ていた。
焦げたフリルとリボン。
乱れたツインテール。
そんな姿の男が、自分たちの前で竜の炎を受け止めている。
やがてブレスが止んだ。
熱風が通りを抜け、焦げたワイバーンの残骸がぼろぼろと崩れ落ちる。
ユウヤはその場に膝をついた。
腕から煙が上がり、黒く焼けている。
だが、背後にいた人々は無事だった。
瓦礫の陰にいた子どもが、震える声で呟く。
「……すごい」
母親が子どもを抱きしめたまま涙を流す。
「そうね……」
倒れていた騎士も顔を上げた。
「マスクドブレイブ……すまない」
やがて、周囲から声が上がり始めた。
「立ってくれ……!」
「死なないで!」
「マスクドブレイブ!」
「ヒーロー!」
「王都を守ってくれ!」
その声は通りだけでなく、遠くからも次々と重なっていく。
「死ぬな!」
「お願い!」
「立って!」
「マスクドブレイブ!」
ユウヤは動かない。
カン。
ベルトから通知音が鳴った。
『希望反応の拡大を確認』
『ファン数が増加しました』
目の前に文字が浮かぶ。
『現在ファン数:100000人を突破しました』
カン。
『追加装備を解放します』
『ブレイブレシーバー』
ユウヤの耳元に、イヤモニのような白金の小さな装置が現れた。
次の瞬間、そこから声が流れ込んでくる。
「負けるな!」
「マスクドブレイブ!」
「助けてくれてありがとう!」
「立って!」
「ヒーロー!」
王都中から上がる声だった。
ユウヤの目が、わずかに開く。
カン。
『新能力:アイドル・エール』
『ファンの応援を、マスクドブレイブの戦闘出力へ変換します』
『マスクドブレイブの生命活動が著しく低下しています』
『アイドル・エールを発動』
『肉体再生速度を加速させます』
マスクドブレイブへ向けられた応援が、細い光となってユウヤへ集まり始めた。
王都からだけではない。
ソイヤの街や、遠く離れた帝国からも光が集まり、次々にユウヤの身体へ吸い込まれていく。
白金の光が強まった。
焼けた腕が震え、黒く焦げた皮膚の下で傷が修復されていく。
ユウヤはゆっくりと顔を上げ、立ち上がった。
腕を持ち上げて拳を握る。
痛みも傷も残っている。
それでも動く。
もう一度、戦える。
今もブレイブレシーバーからは、応援の声が聞こえていた。
「どいつもこいつも……俺は無敵じゃねえんだぞ」
ユウヤは小さく息を吐く。
「でも、こんだけ期待されてるなら……応えねえとな」
口角がわずかに上がった。
白金の光が背中で大きく広がり、ユウヤの身体がふわりと地面から浮く。
竜が咆哮した。
空には、まだワイバーンとキラーイーグルが残っている。
ユウヤは空中で拳を握った。
「上等だ」
白金の光が眩く輝く。
「全部まとめて守ってやるよ」
次の瞬間、ユウヤの姿が消えた。
白金の光が空を走り、鳥型の魔物を吹き飛ばす。
ワイバーンが屋根の上に取り残された兵士へ爪を伸ばした瞬間、三本の光のリボンが現れた。
翼を縛り、首を引き、そのまま地面へ叩きつける。
さらに上空では、ハート型の光弾がワイバーンの群れへ降り注いだ。
白金の光は市街地を駆け巡り、侵入した魔物を次々に叩き落としていく。
人々はその姿を見上げていた。
「すげぇ……」
「マスクドブレイブ!」
「ありがとう!」
「かっこいい……」
「頑張って!!」
その声もブレイブレシーバーを通してユウヤへ届く。
声が増えるほど身体が軽くなり、白金の光も強くなっていった。
カン。
『アイドル・エール出力上昇』
『希望反応、さらに拡大中』
「アイドルじゃなくていいだろ!!」
叫びながら、ユウヤは最後のワイバーンを蹴り抜いた。
白金の光が弾け、ワイバーンは砕けた西門の向こうまで吹き飛んでいく。
空に残ったのは、一体。
大きく翼を広げる竜だけだった。
ユウヤは空中で止まり、竜を睨む。
「さっきはよくもやってくれたな? クソトカゲ」
竜が低く唸り、喉に再び赤い光を灯した。
ブレイブレシーバーから、いくつもの声が聞こえる。
「負けるな!」
「マスクドブレイブ!」
「ヒーロー!」
「王都を守って!」
ユウヤはゆっくりと拳を握った。
「何も怖くねえ。負ける気がしねえ」
カン。
『必殺技、使用可能です』
『アイドル・エールバースト』
ユウヤの眉間に皺が寄る。
「最後まで名前はふざけてんな」
白金の光が拳へ集まった。
竜の喉も赤く染まり、炎が溢れ出そうとしている。
ユウヤは空中で拳を引いた。
「でも、力は借りるぜ」
竜のブレスが放たれた。
一直線に迫る炎へ、ユウヤは正面から突っ込む。
「アイドル――」
白金の光が炎を割った。
熱が頬を焼き、焦げた腕に痛みが走る。
それでも止まらない。
「いけぇぇぇぇ!!」
「マスクドブレイブ!!」
「負けるなぁぁぁぁ!!」
声を受けながら、ユウヤも叫ぶ。
「エールバースト!!」
白金の拳が竜のブレスを突き破った。
炎が左右へ裂け、そのまま竜の懐へ飛び込む。
拳が胸へ届いた。
白金の光が爆発する。
竜の巨体が上空へ吹き飛ばされ、みるみる小さくなっていく。
やがて白金の光が弾け、轟音とともに巨大なハートが空に浮かんだ。
それもすぐに消える。
王都の人々が、竜の消えた空を見上げていた。
「……勝った」
誰かの声をきっかけに、歓声が広がる。
「たった一人で竜を倒した……」
「王都は救われた……!」
「マスクドブレイブが、王都を守った!」
「ヒーローだ!」
「かわいい!」
「おい! 最後のやつ誰だ!!」
空中で怒鳴った直後、ユウヤの身体がぐらりと揺れた。
白金の光が薄れる。
「……あ」
そのまま落下した。
「うおおおおおお!?」
どうにかリボンを伸ばし、近くの屋根へ絡める。
身体を大きく振られながらも地面まで降り、最後は石畳へ転がった。
「ぐえっ」
フリフリの衣装は焦げ、ツインテールも乱れている。
腕は焼け、全身も煤だらけだった。
それでも、王都の空に竜の姿はない。
ユウヤは仰向けのまま、荒く息を吐いた。
「はぁ……はぁ……」
足音が近づいてくる。
顔を向けると、レオルドが立っていた。
顔色は悪く、立っているだけでもきつそうだ。
それでも、いつもの真面目な顔でユウヤを見下ろしている。
「ユウヤ」
「あん?」
「見事でしたよ」
「……見た目の話なら殴るぞ」
「では、戦い方が」
「ならいい」
レオルドは小さく笑った。
その背後から、アルヴェルトも歩いてくる。
鎧は傷つき、顔には煤がつき、マントの端も焼けていた。
それでも、まっすぐユウヤの前に立つ。
「ユウヤ」
「おっ、無事だったんだな」
「私の国を守ってくれて、ありがとう」
ユウヤは一瞬、言葉に詰まった。
アルヴェルトが深く頭を下げる。
「……やめろ。礼を言われるためにやったわけじゃねえ」
「それでも、言わせてほしい」
アルヴェルトは顔を上げた。
「君は、レグナを救ってくれた」
ユウヤは視線を逸らす。
「……ったく、そういうの似合ってねえぞ」
アルヴェルトはわずかに表情を緩めた。
周囲からも声が飛んでくる。
「マスクドブレイブ!」
「ありがとう!」
「あんたこそが英雄だ!」
「ヒーロー!」
カン。
『王都防衛への多大な貢献を確認』
『希望反応が拡大しました』
『アイドル・エールの使用を確認』
『ファン数が急激に増加しています』
『現在ファン数:1248620人』
「あ? ……桁おかしくねえか?」
カン。
『ファン数が100万人を突破しました』
『新能力を解放します』
『ブレイブLIVE・レボリューション』
ユウヤの顔が、ゆっくりと引きつった。
「……おい」
カン。
『王都全域の回復支援に最適です。怪我人が多いため使用を推奨します』
「今からかよ!? ちっとは休ませろよ!!」




