第150話「ツインテールとリボン」
ユウヤとレオルドは、白金の光と緑の風をまといながら西へ向かっていた。
王都の外壁沿いを走る足元には砕けた石片が散らばり、遠くから怒号と悲鳴が聞こえている。
「おい、お前フラフラじゃねえか」
ユウヤは横を走るレオルドを見る。
顔色は悪い。
先ほど灰色のフェンリルを斬ったことで、残りわずかだった闘気もほとんど使い果たしている。
それでも、レオルドは足を止めなかった。
「ユウヤ一人では心配ですから」
「お前、行っても動けねえだろ」
「……確かに。では、見学しておきます」
「なんで来たんだよ!?」
いつもの調子で返してくるが、呼吸は荒い。
その時、西の空が赤く光った。
一瞬、夕焼けのようにも見えた。
直後、王都全体を揺らす轟音が響く。
「……今の、なんだ?」
ユウヤは足を止めた。
西門の方角に張られていた光の壁が大きく歪み、ひび割れが走る。
そして、砕けた。
王都を守っていた結界の一部が、粉々に弾け飛ぶ。
カン。
ユウヤの耳に通知音が響いた。
『西門結界の崩壊を確認』
『大型飛行魔物の王都侵入を確認』
ユウヤの顔から血の気が引く。
「はぁ!? 突破されたのかよ……!」
割れた結界の向こうから、黒い影がいくつも流れ込んでくる。
ワイバーン。
さらに、鋭い嘴と鉤爪を持つ巨大な鳥型の魔物、キラーイーグル。
それらが西門を越え、王都の空へ散っていった。
「ちっ、街の中に入られてんじゃねえか!」
ユウヤは王都の内側へ視線を向けた。
崩れた通りの向こうから悲鳴が聞こえ、逃げ惑う人々の頭上を黒い影が横切っていく。
門を越えた魔物は、もう兵士だけを狙っていなかった。
ユウヤは一瞬だけ西門を見る。
結界は砕け、空には竜に近い巨大な影がある。
その下では、まだアルヴェルトたちが踏みとどまっているはずだ。
だが、街中からまた悲鳴が聞こえた。
「レオルド」
「はい」
「俺は街の中を食い止める。お前はアルヴェルトたちと合流してくれ」
「分かりました」
「そっちは任せたぞ」
「ええ」
レオルドは剣を握り直し、西門へ向かった。
ユウヤは地面を蹴る。
白金の光が、市街地へ飛び込んだ。
崩れた通りでは、母親が子どもを抱えて尻餅をついていた。
その上空から、キラーイーグルが鉤爪を広げて急降下している。
「ちっ!」
ユウヤはさらに速度を上げた。
だが、その横を別のワイバーンが低空で横切り、さらに二体のキラーイーグルが逃げ遅れた治療班へ向かっている。
空から来る敵は厄介だった。
盾や道で進路を塞いでも、そのまま頭上を越えてくる。
カン。
『封印解除の使用を推奨します』
ユウヤの足が一瞬だけ鈍った。
「……マジかよ。例のツインテールだよな?」
『はい。能力上昇、アイドルモード専用技の使用が可能になります』
「やるしかねえんだよな……」
ツインテール。
絶対に使いたくなかった。
だが、街にはすでに魔物が入り込み、子どもや負傷者まで狙われている。
結界も破られ、さらに竜の影まで王都の空にあった。
迷っている時間はない。
「……くそ。本当に、くそ……!」
母親が子どもを抱きしめる。
キラーイーグルの爪が迫った。
ユウヤは叫ぶ。
「封印解除!!」
『発音が違います。封印解除♪です』
「……封印解除♪」
白金の光が弾けた。
リボンが舞い、フリルが揺れ、やたら可愛い効果音が崩れた通りに響き渡る。
「待て待て待て待て!! やっぱり嫌だ!! 無理だ!」
ユウヤの叫びを無視して、衣装が形を変えていく。
肩や腰には可愛らしいフリルが増え、ブーツには小さな羽のような飾りがつく。
胸元にはリボン。
そして髪が伸び、左右に分かれた。
ツインテールが、ふわりと揺れる。
逃げていた住民も、倒れていた騎士も、治療班の女性も言葉を失った。
ユウヤは自分の頭に触れる。
左右に揺れる髪。
フリフリの衣装。
「……殺せ」
カン。
『ツインテールモード、起動完了』
「完了すんな!!」
叫びながらも、ユウヤは動いた。
次の瞬間には白金の光だけを残し、通りを駆け抜けている。
今までよりさらに身体が軽い。
踏み込めば景色が飛び、全身に力が満ちてくる。
性能だけは、本物だった。
カン。
『ラブリーリボン、使用可能です』
「ラブリーリボン!!」
ユウヤの腕から白金のリボンが伸び、キラーイーグルの翼へ絡みつく。
「マジかよ……」
そのまま身体をひねり、鳥型の魔物を地面へ叩きつけた。
石畳が割れ、キラーイーグルが動かなくなる。
母親は子どもを抱えたまま、呆然とユウヤを見ていた。
「走れ! 西門から離れろ!」
「は、はい……!」
母親が立ち上がる。
「ありがとう……ございます……」
「礼はいい! 記憶を消してくれ!」
ユウヤは振り返らずに叫んだ。
別の場所では、ワイバーンが避難中の人々へ低空から突っ込んでいる。
「くそっ!」
ユウヤは屋根を蹴った。
驚くほど高く身体が跳び上がり、フリルが大きく揺れる。
「揺れんなぁぁぁぁ!!」
叫びながら、空中で拳を握った。
「キラキラブレイブパンチ!!」
白金の拳がワイバーンの顎を打ち抜く。
巨体は空中で仰け反り、回転しながら外壁へ叩きつけられた。
治療班の女性が、震えた声で呟く。
「マスクドブレイブ……」
「今の俺を見るな! 逃げろ!」
今度は別のキラーイーグルが、倒れた騎士へ急降下する。
ユウヤは騎士の前へ滑り込み、振り下ろされた爪を片手で掴んだ。
「ちょこまか動くんじゃねえ!」
そのまま引き寄せ、膝蹴りを叩き込む。
白金の光が弾け、キラーイーグルが吹き飛んだ。
倒れていた騎士が目を見開く。
「あなたは……」
「喋るな! 避難しろ!」
「ですが、その姿はいったい……」
「喋るなっつったよな!?」
ユウヤは叫びながら、次の魔物へ向かう。
屋根や壁を蹴り、瓦礫を飛び越えながら、侵入した魔物を次々に叩き落としていった。
ラブリーリボンがワイバーンの翼を縛り、拳や蹴りが命中するたびにハートのエフェクトが散る。
「エフェクトつけんなぁぁぁぁ!!」
本人は絶叫していた。
だが、その姿を王都の民は見ていた。
意味の分からない格好をしていても、子どもや治療班を守り、倒れた騎士を庇い、空から襲いかかる魔物を次々と叩き落としている。
「マスクドブレイブ……」
「あの人が……助けてくれた……」
「英雄だ……」
「かわいい……!」
ユウヤの肩が震えた。
「今かわいいって言ったの誰だコラ!!」
それでも足は止めない。
子どもへ襲いかかるワイバーンの牙を拳で砕き、荷車を狙うキラーイーグルはリボンで縛って別の魔物へ叩きつける。
逃げ遅れた老人の前にワイバーンが降り立つと、その間へ割り込んだ。
「……キラキラブレイブパンチ」
白金の光が爆ぜ、ワイバーンが吹き飛ぶ。
その時、頭上をさらに大きな影が覆った。
ワイバーンでも、キラーイーグルでもない。
西門の結界を砕いた竜が、すでに王都の空へ入り込んでいた。
大きく翼を広げた竜の金色の瞳が、ユウヤを捉える。
「……てめぇ、こっち見てんじゃねえよ」
ユウヤは睨み返した。
竜の喉に赤い光が灯り、周囲の空気が熱を帯びていく。
瓦礫の隙間には、まだ逃げ遅れた人たちがいる。
遠く西門からは、騎士たちの叫びも聞こえていた。
ユウヤは拳を握る。
竜が咆哮し、喉の奥の赤い光がさらに膨れ上がった。
それでも逃げない。
背後にいる人間ごと焼かせるわけにはいかなかった。
ユウヤは一歩前へ出る。
「でけえトカゲが……駆除してやるよ」
竜が口を開き、炎が溢れ始めた。




