第149話「反撃開始」
重い風が爆ぜた。
北門前の空気が押し潰され、騎士たちの盾が軋む。
だが、白金の光をまとった者たちは、もう膝をつかなかった。
灰色のフェンリルが一直線に突っ込んでくる。
その金色の瞳はユウヤではなく、ただ一人、レオルドだけを見ていた。
「おい、あいつ……俺じゃなくてお前しか見てねえぞ」
ユウヤが顔をしかめる。
レオルドは剣を構えたまま、浅く息を吐いた。
治療を受けたとはいえ、完全回復にはほど遠い。
顔色は悪く、立っているだけでも無理をしているのが分かる。
それでも、口元にはいつもの薄い笑みがあった。
「顔がいいというのも困りものですね」
「ぜってぇ違うだろ……」
「随分と情熱的な視線です」
「怒りの視線だろ!」
灰色のフェンリルが咆哮する。
その身体を包む重い風が、正面からすべてを押し潰すように迫ってきた。
ユウヤは一歩前へ出ようとする。
「ったく、俺が正面から――」
「ユウヤ」
レオルドが短く止めた。
「私が引きつけます」
「いや、無理だろ。お前、全然回復できてねえじゃねえか」
「逃げ回ることくらいはできます」
レオルドはフェンリルから目を離さない。
「それに、明らかに私を狙っていますから」
「……囮になる気か」
「いいえ」
レオルドは剣を構え直す。
「勝つために、狙わせるだけです」
「何が違うんだよ」
「私が狙われると勝てるということです」
「尚更意味わかんねえよ!」
レオルドは、フェンリルの周囲を渦巻く風を見つめた。
白銀のフェンリルは、こちらの動きに合わせて風を細かく変化させていた。
だが、目の前のフェンリルは違う。
レオルドを殺すことに意識が集中しすぎている。
風は強いが、その分だけ動きが読みやすい。
「怒りで、動きが単調になっています」
「単調に見えねえけどな」
「私には見えます」
「で、作戦は?」
「私が風の薄い場所を読みます。そこを、あなたが殴ってください」
「……そんなことできんのか?」
「二回に一回は当たります」
「外す前提混ざってんじゃねえか!」
「ユウヤなら大丈夫でしょう」
「意味わかんねえ……」
その時、年配の騎士が声を張り上げた。
「マスクドブレイブとレオルド様の邪魔をさせるな!」
北門の騎士団とハンターたちが一斉に動く。
「周囲の魔物を抑えろ!」
「弓兵、魔術師は牽制!」
「雑魚は俺たちで止める!」
白金の光をまとった騎士たちが盾を並べ、押し寄せる魔物を受け止める。
ハンターたちが横から斬り込み、弓と魔法がフェンリルの周囲で弾けた。
決定打にはならない。
それでも、風を乱すことはできる。
「来ます」
レオルドが呟いた。
灰色のフェンリルが、レオルドへ突っ込んでくる。
レオルドは横へ跳んだ。
風が肩を掠め、身体が大きく傾く。
「レオルド!」
「問題ありません」
剣を支えに、どうにか踏みとどまった。
声は落ち着いているが、呼吸は荒い。
灰色のフェンリルはすぐに向きを変え、再びレオルドを追う。
「ユウヤ、左前脚の外側です!」
「ちっ、本当だろうな……!」
ユウヤが白金の光をまとって飛び込む。
「キラキラブレイブパンチ!!」
拳が左前脚へ叩き込まれた。
衝撃が弾ける。
だが、浅い。
風の層が厚く、拳は届いても巨体を崩すには至らなかった。
逆にユウヤの身体が押し返される。
「うおっ!」
地面を転がり、すぐに片膝で止まった。
「硬っ……お前、絶対違っただろ!」
レオルドもわずかに顔をしかめる。
「ユウヤのタイミングが遅かったです。もっと速く攻撃してください」
「できるか! お前が少し早めに言えばいいだろうが!」
「……それもそうですね」
「最初から考えとけよ!」
一度目は失敗した。
だが、レオルドはすぐに白銀のフェンリルが倒れている場所へ視線を向け、走り出す。
「おい、どこ行くんだよ!」
ユウヤが叫ぶ。
レオルドは答えない。
白銀の魔狼の近くで剣を構えた瞬間、灰色のフェンリルの金色の瞳が怒りに燃えた。
低い唸りが北門全体を震わせ、風が一点へ集まっていく。
先ほどより強い。
だが、狙いはさらに分かりやすかった。
「なるほどな……」
ユウヤは拳を握る。
「次で決めるぞ!」
「努力します」
「そこは任せろでいいんだよ!」
灰色のフェンリルが突進した。
地面を砕きながら、重い風をまとってレオルドへ迫る。
「レオルド様!」
「避けてください!」
北門の騎士たちが叫ぶ。
それでも、レオルドは動かない。
フェンリルを包む風の流れを見続ける。
どこが厚く、どこが薄いのか。
そこへ弓兵の矢が飛び、魔術師の火球が弾けた。
白金の光をまとった攻撃が、重い風をわずかに揺らす。
レオルドの目が細くなった。
「ユウヤ!」
「どこだ!」
「右前脚の内側。三つ数えたら行ってください!」
「今度は分かりやすい!」
「三、二、一――」
レオルドが息を吸う。
「今です!」
ユウヤが走った。
白金の光が身体を押し出す。
騎士たちの矢と魔術師たちの火球が風を揺らした、その隙間へ飛び込んだ。
「キラキラブレイブ――」
拳に白金の光が集まる。
灰色のフェンリルの金色の瞳が、わずかに動いた。
「パンチ!!」
拳が風の薄い場所を貫き、右前脚へ叩き込まれた。
今度は浅くない。
衝撃が前脚の内側から突き抜け、灰色の巨体が大きく崩れる。
前脚が沈み、突進が止まった。
同時に、フェンリルを包んでいた重い風が弾けるように消える。
「風が消えた!」
誰かが叫んだ。
灰色のフェンリルが低く唸り、金色の瞳をユウヤへ向けた。
今までレオルドだけを追っていた意識が、拳を叩き込んだ男へ移る。
レオルドは、その瞬間を待っていた。
「風よ」
短く唱える。
戻った闘気も、残された魔力もわずかしかない。
それでも、一太刀なら届かせられる。
レオルドは残った力を剣先へ集め、地面を蹴った。
「今度こそ、終わりです」
灰色のフェンリルが気づく。
だが、遅い。
レオルドの剣が首元を走った。
大きな爆発も轟音もない。
緑の刃が一筋、灰色の首元を通り抜ける。
フェンリルの金色の瞳が大きく見開かれ、その巨体がゆっくりと傾いた。
白銀のフェンリルが倒れている隣へ、地響きとともに倒れる。
そのまま動かなくなった。
北門の者たちは、並んで倒れた二体のフェンリルを見つめていた。
最初に声を上げたのは、盾を構えていた騎士だった。
「倒した……」
すぐに別の声が続く。
「二体目のフェンリルを倒したぞ!」
「レオルド様が斬った!」
「マスクドブレイブが止めた!」
「北門は守られた!」
歓声が広がった。
騎士たちが武器を掲げ、ハンターたちも雄叫びを上げる。
暴風が消えたことで、残っていた魔物たちの動きも鈍っていた。
「今だ! 残った魔物を押し返せ!」
年配の騎士が叫ぶ。
「北門は我々で守る! 押し返せ!」
騎士団とハンターが前へ出た。
ユウヤは息を吐き、拳を下ろす。
その隣で、レオルドがふらついた。
「おい」
ユウヤが慌てて肩を貸す。
「立てるか?」
「なんとか」
「ったく、無茶しやがって」
「ユウヤの癖が移ってしまいましたね」
「よく言うぜ」
レオルドは薄く笑った。
だが、その顔色は悪い。
最後の一撃で、戻りかけていた闘気もほとんど使い切ったのだろう。
カン。
ユウヤの耳に、聞き慣れた通知音が響いた。
『ファン数が増加しました』
視界に文字が浮かぶ。
『現在ファン数:43620人』
「増えてんな……」
ユウヤは顔を引きつらせた。
カン。
『北門における支持率が急上昇しました』
「支持率って言うな!」
近くにいた騎士が、不思議そうにユウヤを見る。
「マスクドブレイブ殿?」
「なんでもねえ! こっちの話だ!」
北門は守った。
だが、王都防衛戦はまだ終わっていない。
ユウヤは西の空を見る。
遠くでは、まだワイバーンの群れが飛び交っている。
その奥には、さらに大きな竜に近い影があった。
「残念なお知らせだ」
ユウヤは苦い顔をする。
「あと西が残ってる」
レオルドも西を見る。
「……行かなければなりませんね」
「だな」
ユウヤは横目で見る。
「お前、来る気か?」
「もちろんです」
「その身体で?」
「仕方ありません。友人が待っていますから」
ユウヤはため息をついた。
「だな」
年配の騎士が二人の前に立つ。
「北門は我々で守ります!」
その背後では、騎士団とハンターたちがすでに残った魔物へ向かっていた。
「お二人は西へ!」
「アルヴェルト殿下を!」
「王都を頼みます!」
ユウヤは軽く拳を掲げる。
「任せろ」
レオルドも剣を胸の前に立てた。
「後はお願いします」
年配の騎士が深く頷く。
ユウヤは拳を握り直した。
「行くぞ、レオルド」
「ええ」
二人はそのまま、西門へ向かって走り出した。




