第145話「一秒の勝機」
サイクロプスが、再び棍棒を持ち上げた。
低い唸り声が東門前に響き、それに呼応するように魔物の群れも動き出す。
再び押し寄せる黒い波を前に、ユウヤはまだ右腕へ治療を受けていた。
治療班の女性が、白い光を必死に流し込んでいる。
「まだ動かさないでください!」
「いや、適当でいい。腕やられんのは慣れてるから」
「慣れないでください!」
実際、かなり痛い。
右腕はまだ痺れ、指先もまともに動かなかった。
だが、腕一本をやられた程度なら、まだ戦える。
サイクロプスが一歩進み、地面が揺れた。
「マスクドブレイブの治療時間を稼げ!」
年配の騎士が叫ぶ。
「結界術師を守れ!」
「魔物を近づけるな!」
その声に、東門に残った騎士たちが一斉に動いた。
騎士が盾を構えて前へ出て、ハンターたちが横から魔物の足を狙う。
門の上では弓兵が矢を放ち、魔術師が火球を撃ち込んだ。
「右からウルフ!」
「任せろ!」
「オークを止めろ! 結界術師に近づけるな!」
「弓兵、ハチを落とせ!」
怒号が飛び交う。
先ほど助けられた若い騎士も、足を引きずりながら刃こぼれした剣を拾い上げた。
「まだ動くな! お前は下がっていろ!」
年配の騎士が怒鳴る。
だが、若い騎士は首を横に振った。
「下がれません」
「命令だ!」
「俺も、守ります」
声は震えていたが、彼は剣を握ったまま退かなかった。
サイクロプスはゆっくりと近づいてくる。
巨大な一つ目が向けられているのは、東門ではない。
ユウヤだった。
先ほど棍棒を逸らされたことで、標的として認識したのだろう。
ユウヤは治療中の右腕を少し動かし、すぐに顔をしかめた。
「いってぇ……もういいか?」
「だから動かさないでくださいって言ってるでしょう!」
「長えって」
「まだ無理です!」
治療班の女性が白い光を強める。
ユウヤはサイクロプスを見上げた。
巨大な身体に硬そうな皮膚。
あの棍棒を右拳で受けた結果が、今の腕だ。
真正面から殴り合えば、次は腕一本では済まない。
「……おい、ベルト」
カン。
『はい』
「なんか他に技ねえのか?」
『使用可能技能を確認します』
「あのデカブツ倒せるやつだぞ」
カン。
『封印解除の使用を推奨します』
ユウヤの表情が明るくなる。
「おっ、あるじゃねえか!」
カン。
『封印解除・ツインテール』
「却下だ!!」
即答だった。
『出力上昇が見込めます』
「だとしても無理だ!!」
『サイクロプス討伐成功率の上昇が見込めます』
「アレだけは絶対無理だ!!」
周囲の騎士とハンターたちは、戦いながらも何とも言えない顔をした。
「あいつ……誰と喋ってるんだ?」
「分からん。だが、今は気にするな!」
「いや、気になるだろ!」
ユウヤはベルトに向かって怒鳴る。
「他だ、他! ツインテール以外でなんとかしろ!」
カン。
『キラキラブレイブフラッシュの使用を推奨します』
ユウヤはサイクロプスの巨大な一つ目を見る。
「目潰しか……」
『対象は単眼です。強い光への耐性は低いと推測されます』
「なるほどな」
ユウヤは、にやりと笑った。
「確かに目が一個しかねえなら、そこ潰せば終わりじゃねえか」
治療班の女性が顔を上げる。
「何か分かったんですか?」
「ああ」
ユウヤはサイクロプスを睨む。
「勝ち筋が見えた」
近くの騎士たちが反応する。
年配の騎士が魔物を斬り伏せながら叫んだ。
「どうする!」
ユウヤは左手でサイクロプスを指差した。
「おい! あいつの足を止めろ!」
「どれだけだ!」
「一瞬でいい!」
年配の騎士はすぐに指示を飛ばした。
「聞いたな! 一瞬でいい! サイクロプスの足を止めろ!」
「魔術師! 足元を狙え!」
「結界術師! 全体結界は維持したまま、奴の足元に一瞬だけ壁を出せるか!」
結界術師の一人が、汗を流しながら叫ぶ。
「一瞬なら……!」
「十分だ!」
ハンターたちも動いた。
「雑魚は俺たちが抑える!」
「サイクロプスの進路を空けるな!」
「足元へ追い込め!」
騎士が盾を並べて魔物の群れを押し返し、ハンターが横から飛び込んでウルフやゴブリンを斬り伏せる。
弓兵が虫型の魔物を撃ち落とす間に、魔術師たちが詠唱を合わせた。
サイクロプスが一歩踏み出す。
その足が地面を踏みしめた瞬間、魔術師たちの声が重なった。
「撃て!」
火球がサイクロプスの足元で弾ける。
爆発とともに土煙が上がり、巨人の足がわずかに沈んだ。
だが、止まらない。
巨体を揺らしながら、次の一歩を踏み出そうとする。
「結界!」
結界術師たちが杖を掲げた。
サイクロプスの足元に、薄い光の壁が現れる。
王都全体を守る結界とは比べものにならないほど小さく、長くは持たない。
それでも、巨人の足を一瞬だけ引っかけた。
その時、若い騎士が叫んだ。
「こっちだ!」
サイクロプスの一つ目が動く。
若い騎士は足を引きずりながら剣を構え、声を張り上げた。
「まだ生きてるぞ!! かかってこい!!」
年配の騎士が目を剥く。
「馬鹿、下がれ!」
だが、若い騎士は退かなかった。
一つ目が、そちらへ向く。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
ユウヤは地面を蹴る。
「ナイスだ!」
白金の光が、戦場を駆け抜けた。
「行くぞ、デカブツ!」
サイクロプスの一つ目が、今度はユウヤを捉える。
ユウヤはその正面へ飛び上がった。
カン。
『キラキラブレイブフラッシュ、使用可能です』
白金の光が、ユウヤの全身から溢れ出す。
「キラキラブレイブフラッシュ!!」
閃光が爆発した。
旧ブレイブフラッシュとは比べものにならないほどの白金の輝きが東門前を染め上げ、サイクロプスの一つ目を直撃する。
ただの目眩ましではなかった。
唯一の目を焼かれたサイクロプスが、初めて悲鳴を上げる。
「オオオオオオオオオッ!!」
巨大な手が一つ目を押さえた。
棍棒が地面を抉り、巨体が大きく揺らぐ。
「眩しい……!」
「なんて光だ! 一つ目に効いてるぞ!」
「サイクロプスが怯んだ!」
騎士たちから歓声に近い声が上がる。
ユウヤは着地しながら、光の残る手を見た。
「キラキラが初めてまともに役立った気がする……!」
サイクロプスは目を押さえたまま、棍棒を振り回した。
視界を失っているせいで狙いは甘い。
だが、あの一撃に当たれば致命傷になる。
ユウヤは地面を蹴った。
棍棒が横薙ぎに振るわれる。
「うおっ!」
身を低くして避けると、頭上を暴風のような圧が通り過ぎた。
そのままサイクロプスの腕へ飛び乗る。
「でけえ腕しやがって……!」
巨人が暴れて腕を振るうが、ユウヤは白金の光を足にまとわせ、その腕を駆け上がった。
サイクロプスが反対の手で払い落とそうとする。
「させるか!」
門の上から矢が飛び、ハンターたちの投げた短剣が腕へ突き刺さる。
さらに魔術師の火球が指先で弾けた。
どれも傷は浅い。
だが、動きを鈍らせるには十分だった。
ユウヤはそのままサイクロプスの肩へ到達する。
眼前には、光に焼かれた巨大な一つ目。
サイクロプスが怒りと痛みで咆哮した。
ユウヤは跳ぶ。
白金の光が右足へ集まっていく。
「キラキラブレイブ――」
東門の者たちが見上げる。
若い騎士が、剣を握りしめたまま叫んだ。
「いけぇぇぇぇ!! マスクドブレイブ!!」
ユウヤの右足が白金の光に包まれる。
「キック!!」
蹴りが、サイクロプスの一つ目へ直撃した。
白金の光が爆ぜ、巨人の悲鳴が東門前に轟く。
サイクロプスの巨体が大きく仰け反り、手から離れた棍棒が地響きとともに落下した。
続いて巨体そのものが後方へ倒れ込む。
轟音とともに地面が大きく揺れ、土煙が舞い上がった。
東門の者たちは、しばらくその光景を見つめていた。
サイクロプスは動かない。
最初に声を出したのは、若い騎士だった。
「……倒した」
次の瞬間、別の騎士が叫ぶ。
「倒したぞ!」
ハンターが拳を突き上げる。
「サイクロプスを倒したぞ!」
「マスクドブレイブがやりやがった!」
「生き残ったぞ!」
歓声が一気に広がった。
ユウヤは倒れたサイクロプスの身体から飛び降り、地面へ着地する。
右腕はまだ痺れ、身体中も痛い。
それでも、東門は守った。
カン。
『ファン数が増加しました』
ユウヤの目の前に表示が浮かぶ。
『現在ファン数:28740人』
ユウヤは思わず瞬きした。
「一気に増えたな……!」
カン。
『次回装備解放まで、残り71260人です』
「遠すぎんだろ!!」
歓声の中、ユウヤだけが違う意味で叫んだ。
若い騎士が、足を引きずりながら近づいてくる。
「マスクドブレイブ」
ユウヤが振り返る。
「あ?」
若い騎士は、剣を杖代わりにしながら深く頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、東門は守られました」
その言葉を聞き、周囲の騎士たちも頭を下げる。
ハンターたちからも声が飛んだ。
「助かった!」
「お前がいなきゃ終わってた!」
「ヒーローだ!」
ユウヤは露骨に居心地悪そうな顔をする。
「やめろやめろ。そういうのは後だ」
右腕を押さえながら、視線を逸らした。
「まだ終わってねえだろ」
その言葉に、東門の者たちも表情を引き締める。
サイクロプスは倒したが、王都全体が救われたわけではない。
西にはワイバーンの群れと竜に近い影がいて、北ではフェンリルが暴れている。
ユウヤはアルヴェルトたちが向かった西の空を見た。
「次は西か……」
走り出そうとした時、北から凄まじい風が吹き抜けた。
王都の外壁を震わせ、門前に残った土煙を一瞬で吹き飛ばし、東門にいる者たちの身体まで押し返すほどの暴風だった。
ユウヤは思わず足を止める。
「なんだ……?」
カン。
『ブレイブLIVEの効果が切れかかっています』
『再使用を推奨します』
「……このタイミングでかよ」
ユウヤは北を見る。
少し前まで感じていた風とは明らかに違う。
重く鋭い圧が、離れた東門にまで届いていた。
「……なんか嫌な予感がすんな」
白金の光をまとったまま、ユウヤは北門の方角を睨んだ。




