第142話「ブレイブヴィジョン」
ユウヤは頭を抱えたまま、南門の周囲を見回した。
先ほどまで絶望に押し潰されかけていた騎士たちは、再び剣を握っている。
ハンターたちも門前に立ち、残った魔物を睨んでいた。
住民たちも負傷者を運び、子供たちを庇いながら動き始めている。
少なくとも、南側は持ち直していた。
反逆者とされた男が歌って踊り、魔物の大群を殴り飛ばした。
南門にいる者たちにとっては、それだけで十分だった。
その時、南門がわずかに開いた。
「殿下!」
門の内側から、数名の騎士が駆け出してくる。
先頭にいたのは、クリスだった。
彼は土煙と血の匂いが残る戦場を走り抜け、アルヴェルトの前で膝をついた。
「アルヴェルト殿下……お待ちしておりました」
声がわずかに震えていた。
「ご無事で、何よりです」
アルヴェルトは、膝をつくクリスを見下ろした。
そして、静かに言う。
「騎士団長が、みっともない顔をするな」
クリスが顔を上げる。
今の彼は、騎士団長ではない。
その役職はすでに奪われ、形式上は王都騎士団を率いる立場でもなかった。
それでも、アルヴェルトは当然のように言った。
「レグナを守るぞ」
クリスの目が揺れる。
一瞬だけ言葉を失った後、その顔から迷いが消えた。
「はっ!」
力強い返事だった。
ユウヤは二人を見比べる。
「……本当に王子だったんだな」
アルヴェルトが振り返る。
「……本当に疑ってたのかい!?」
「そりゃそうだろ。酒場で働いてやがったからな」
「どうりで酷い扱いだと思ってたよ……」
そこへ、ゼインもハンターたちを連れて近づいてきた。
いつものように整った服装ではない。
袖には泥が付き、頬にも薄く血が飛んでいる。
それでも、その表情は冷静だった。
「南門周辺の魔物の圧力は低下しました」
ゼインはユウヤを一瞥する。
「あなた方のおかげです」
「お、おう……」
ユウヤは少しだけ居心地悪そうに顔を逸らす。
ゼインはすぐにアルヴェルトとクリスへ向き直った。
「ですが、状況は依然として最悪です。南だけを立て直しても、他が崩れれば王都は落ちます」
クリスも頷く。
「状況を整理します」
彼はまず北へ目を向けた。
「北からは、大量の魔物とフェンリルが接近しています。北門に到達すれば、暴風で結界ごと削られるでしょう」
北では暴風が吹き荒れていた。
森の木々が根元からへし折られ、巻き上がった土が空を覆っている。
風そのものが刃のように外壁を叩き、王都の結界へ白い波紋を走らせていた。
その中心にいるのは、白銀の巨大な狼。
フェンリル。
北方の災害級と呼ばれる、暴風を従える魔狼だった。
周囲の魔物たちでさえ、その獣から距離を取っている。
レオルドの目が細くなる。
「なるほど。美しい獣ですね」
「いや、アレ見るからにやべえだろ……」
「美しいものは強いと相場が決まっていますからね」
「なんだその相場……」
クリスは今度は西を見る。
「西にはワイバーンの群れ。そして、その奥に竜に近い大型個体がいます。まだ距離はありますが、到達すれば結界は持ちません」
西の空では、黒い翼がいくつも旋回していた。
そのさらに奥には、雲のようにも見える巨大な影がある。
アルヴェルトの表情が険しくなる。
「竜、か」
「ほぼ間違いないかと」
ゼインが言う。
「どちらにせよ、現在の戦力で討伐するのは困難でしょう」
「なら、なおさら放置できないね」
アルヴェルトは西の空を見据えた。
最後に、クリスが東へ視線を移す。
「そして東には、サイクロプス」
森を押し倒しながら、一つ目の巨人が進んでいた。
巨大な棍棒を引きずるたびに地面が震え、その一つ目はまっすぐ王都の結界へ向けられている。
「魔力はありませんが、あの巨体で攻撃を繰り出されれば、結界はひとたまりもありません」
ユウヤは拳を鳴らした。
「殴り合いか……」
ゼインが続ける。
「全方位に兵を薄く広げれば、各個に潰されます。主力を分けるしかありません」
どこも放置できない。
その中で、最初に口を開いたのはレオルドだった。
「フェンリルは私が行きましょう」
ユウヤが振り返る。
「大丈夫か? どう見てもアレが一番ヤバいだろ……」
「はい」
レオルドは当然のように頷く。
「フェンリルは風を操ります。ならば、私が行くのが最適でしょう」
「風対風って別に相性良くねえだろ……」
「どちらが本物の風か見せます」
「……ん? お前何言ってんだ?」
レオルドは北の暴風を見据えたまま、真剣な顔で続ける。
「ただし、ユウヤ」
「あ?」
「フェンリルと戦ってきますので、あの歌をお願いします」
ユウヤの顔が歪んだ。
「嫌に決まってんだろ!!」
即答だった。
「あの歌があれば、私だけではありません。王都中の騎士とハンターが戦えます」
「もうやりたくねえんだが!?」
「ユウヤの歌がなければ、レグナは滅びます」
「歌うか滅びるかの二択かよ……」
カン。
ユウヤの耳にだけ、場違いな音が鳴った。
『ブレイブヴィジョンの使用を推奨します』
ユウヤの動きが止まる。
「……は?」
アルヴェルトが眉をひそめる。
「どうしたんだい?」
カン。
『巨大ヴィジョンを召喚し、ブレイブLIVEの映像および効果範囲を大幅に拡張します』
ユウヤはゆっくりと空を見上げ、顔を引きつらせた。
「待て」
「何を?」
「それって王都中に俺の歌と踊りが映るってことだよな?」
当然、アルヴェルトたちにベルトの声は聞こえていない。
クリスもゼインもレオルドも、ユウヤが何を言っているのか分からない顔をしていた。
アルヴェルトが尋ねる。
「何の話をしているんだい?」
ユウヤは拳を震わせた。
「俺の姿が王都全域に映像付きで拡散される話だよ!!」
「……詳しくは分からないけど」
アルヴェルトは少しだけ考えてから、静かに言った。
「できることがあるんだね?」
「あるにはある」
ユウヤは苦しそうに答える。
「あるけど、やりたくねえ」
「なら頼む」
「だからやりたくねえんだよ!!」
アルヴェルトは王都の外へ目を向けた。
南門だけを立て直しても、他の場所が突破されれば意味はない。
「この国を救うために、君の心を少しだけ削ってくれ」
「そうなるよなぁ……」
ユウヤは頭を抱えた。
王都全体へ力を届けるには、どう考えても必要だった。
歌も踊りも、自分の姿まで全部晒される。
「……ああもう!! 分かったよ!!」
ユウヤはベルトに向かって怒鳴った。
「出せばいいんだろ、出せば!!」
カン。
『ブレイブヴィジョンを召喚します』
南門上空に白金の光が弾けた。
巨大な光幕が現れ、そこから伸びた光の線が王都の東西南北へ走っていく。
外壁の上や門の塔、王城の尖塔、中央広場の空、地下水路の入口付近にも次々と白金のヴィジョンが展開された。
王都中の者たちが空を見上げる。
「なんだ、あれは……?」
「魔法か?」
「何か映っているぞ……!」
白金の光の中に、南門に立つユウヤの姿が映し出された。
白と金のアイドル勇装。
キラキラした光。
そして、死んだ目。
「マスクドブレイブ……?」
「南門にいるはずじゃ……」
「マスクドブレイブだ!」
ユウヤは王都中に映る自分を見上げた。
「映すな!!」
カン。
『ブレイブLIVE・ヴィジョンモードを開始します』
「だから、待て待て待て!! 心の準備!!」
足元に、再び光のステージが広がった。
ユウヤの手には白金に輝くマイクが現れ、明るすぎる伴奏が王都中のヴィジョンから流れ始める。
「また身体が勝手にぃぃぃぃ!!」
ユウヤの身体が動き出した。
腕を振り、足を跳ね上げ、くるりと回る。
目だけは死んだままだった。
マイクが口元へ運ばれる。
「キラッと参上、君のヒーロー♪
涙も不安も抱きしめちゃうぞっ♪
どんなピンチもウインクひとつ♪
ブレイブスマイルで、みんなを救うよっ♪」
歌詞に合わせて、ユウヤの身体が勝手に片目を閉じた。
その姿まで、王都中のヴィジョンへ映し出される。
(勝手にウインクすんなぁぁぁぁ!!)
ユウヤの歌声と姿は、王都の隅々まで届いていた。
北門では、暴風に押されていた騎士たちが盾を構え直す。
西門では、詠唱を忘れかけていた魔術師たちが再び声を上げる。
東門では、サイクロプスの足音に怯えていた兵たちが槍を握り直した。
中央広場でも、泣いていた子供が空に映るマスクドブレイブを見上げている。
本人にとっては最悪の公開処刑だったが、白金の光を受けた王都の者たちには再び戦う力が戻っていた。
やがてブレイブLIVEが終わる。
巨大なヴィジョンは、白金の光を放ったまま王都上空に残っていた。
ユウヤは膝に手をつき、肩で息をする。
「もう……本当に……二度と……」
カン。
『効果が切れたら再通知します。必要に応じて再使用を推奨します』
「黙れぇぇぇぇ!!」
レオルドが満足そうに頷く。
「素晴らしい歌と踊りでしたよ、ユウヤ」
「この野郎!!」
だが、王都全域の騎士団とハンターは再び動き始めていた。
結界術師たちも各門で術式を立て直し、治療班の回復魔法も強まっている。
ゼインはすぐに周囲を見渡した。
「今なら、分けられます」
クリスも頷く。
「長くは持たない。だが、今なら動ける」
ユウヤは東を見る。
一つ目の巨人が、巨大な棍棒を持ち上げていた。
「ちっ、じゃあ俺は一つ目野郎をぶん殴ってくる」
「一人で行くのか」
クリスが尋ねる。
「ああ。殴り合いは得意だからよ。任せろ」
ゼインが東のサイクロプスを見る。
「サイクロプスの物理攻撃は脅威です。迅速に止めなければ、王都は簡単に破壊され尽くします」
「分かってる」
ユウヤは拳を握る。
レオルドが北へ向き直った。
「では、私は行きます」
風が彼の身体を包む。
「女性たちの悲鳴が聞こえますので」
「そこ動機にすんな!」
「もちろん、男性も助けます」
「ついでみたいに言うな!!」
レオルドは微笑んだ。
そして、強化された身体能力で地面を蹴り、魔物の群れを飛び越えるように北へ向かっていった。
アルヴェルトは西へ視線を向ける。
「では、私は西へ行く」
ユウヤが即座に振り返った。
「お前戦えるのか? 王子だろ」
アルヴェルトは静かに答える。
「君たちほどじゃないが戦える。あと、王子だから行くんだ」
ユウヤは言葉に詰まる。
「騎士団とハンターだけに、竜を押しつけるわけにはいかない。私がそこに立てば、兵はまだ戦える」
「あの数は厳しいだろ……」
「倒すとは言っていない」
アルヴェルトは薄く笑った。
「持ちこたえるために行くんだ」
クリスが一歩前へ出る。
「私も西へ同行します」
ゼインも頷いた。
「ギルドの主力も西に回します。ワイバーン群には弓と魔術師が必要です。竜に近い個体を止めるには、騎士団とハンターの連携が不可欠でしょう」
アルヴェルトは二人を見る。
「頼む」
クリスが胸に拳を当てる。
「命に代えても」
「代えるな」
アルヴェルトは即座に言った。
「生きて守れ」
クリスは一瞬だけ目を見開き、深く頷く。
「はい!」
ゼインも軽く頭を下げた。
「合理的にも、その方が望ましいですね」
「君は本当にぶれないね」
「生存率を上げるのが、私の仕事ですので」
アルヴェルトは小さく笑った。
ユウヤはそのやり取りを見て、息を吐く。
「……ったく、どいつもこいつも無茶しやがる」
アルヴェルトが振り返る。
「早く巨人を倒して助けに来てくれよ?」
「どんだけ俺を酷使すんだよ!?」
ユウヤは東のサイクロプスを睨んだ。
巨大な棍棒が、結界へ向けて振り上げられようとしている。
「……まずは、あいつだ」
アルヴェルトはクリスと共に西へ向かい、ゼインもハンターたちへ指示を飛ばしながら動き始めた。
ユウヤは拳を握り直す。
「ぶっ飛ばしてやるよ、一つ目野郎!」
白金の光をまとい、東へ向かって駆け出した。




