第137話「王族の役目」
朝のソイヤは、まだ少し冷えていた。
細い路地の奥にある小さな家で、ユウヤは目を覚ました。
床に敷かれた毛布の上。
隣ではロウたちが丸くなって眠っている。
レオルドは壁際で背筋を伸ばしたまま座っていた。
「……おい」
ユウヤは半眼で声をかける。
「お前、結局その姿勢で寝たのかよ」
レオルドはゆっくり目を開けた。
「はい。問題ありません」
「問題あるだろ。首とか痛くならねえの?」
「鍛えていますので」
「鍛えてるとこ見たことねえけどな……」
反対側では、アルヴェルトが毛布から顔を出した。
「朝から元気だね……」
「よく眠れたみてえだな。寝癖ついてんぞ」
「なかなか悪くない寝心地だったよ」
「……お前本当に王子か?」
アルヴェルトは苦笑する。
その声で、ロウがもぞもぞと起き上がった。
「ユウヤ兄ちゃん……もう行くの?」
「ああ」
ユウヤは立ち上がり、軽く肩を回す。
「また、帰ってきてね」
「当たり前だろ」
ユウヤは乱暴にロウの頭を撫でた。
ティナとデンも起き出して、ユウヤたちを見上げる。
小さな家の中に、朝の光が差し込んでいた。
「行くぞ」
「うん」
「はい」
三人は、小さな家を出た。
*
ソイヤの門前には、すでに人が集まっていた。
ディルク。
明日への誓いのレオン、ガイ、カイル、ミーナ。
グレッグとトム。
ロウ、デン、ティナ。
そして、ソイヤのハンターたち。
全員が、王都へ向かう三人を見送りに来ていた。
ユウヤは門前で大きく息を吐く。
「はぁ……アイドルモビリティ召喚」
白い光とともに、キラキラと輝くセグウェイが出現した。
アルヴェルトはセグウェイを見て、すでに諦めた顔をしていた。
「……やっぱり、いつもの並びなのかい?」
ユウヤが当然のようにハンドルの前へ立つ。
「仕方ないだろ」
レオルドも頷く。
「この配置が一番安定します」
「はあ……」
アルヴェルトは深いため息を吐いた。
「結局これなんだね……」
トムが横から手を振る。
「でも、似合ってるっすよ!」
「それはちょっと嫌かな」
グレッグは腕を組みながら言った。
「飯はちゃんと食えよ。腹が減ってりゃ、戦えるもんも戦えねえ」
「お前は母ちゃんかよ」
そんな軽口の横で、ディルクは表情を引き締めていた。
「王都までは、最短で走れば今日中に着くかもしれん。だが、途中で連中が仕掛けてくる可能性もある」
「分かってる」
ユウヤは短く答える。
ディルクはアルヴェルトへ視線を向けた。
「アルヴェルト殿下。ソイヤは、こちらで守ります」
「頼む」
アルヴェルトは静かに頷いた。
「ルークとリア、セシル、ヘルガもいる。危険を押しつける形になってすまない」
「この街も、もう無関係ではありません」
ディルクはそう言い切った。
「預かった以上、好きにはさせません」
レオンも一歩前へ出る。
「兄貴。こちらは任せてください」
その声は明るかったが、目は真剣だった。
「ルーク殿下も、リア殿下も、セシルさんも、俺たちが必ず守ります」
ガイ、カイル、ミーナも頷く。
ユウヤはレオンを見る。
「頼んだぞ」
「はい!」
レオンは力強く返事をした。
その時だった。
「待ってください!」
治療院の方から声が響いた。
全員が振り返る。
ルークだった。
まだ顔色は悪い。
歩き方も少しぎこちない。
それでも、彼はリアに支えられながら門前まで来ていた。
後ろにはシエラもいる。
その顔は、完全に怒っていた。
「ルーク殿下。安静にしてくださいと言いましたよね」
「すみません。ですが、どうしても……」
ルークはシエラに頭を下げ、それからアルヴェルトを見る。
「兄上」
アルヴェルトの表情が変わる。
「ルーク」
「僕も行きます」
門前の空気が、一瞬で重くなった。
リアが隣で小さく息を呑む。
「ルーク兄様……」
ルークは震える拳を握りしめた。
「これ以上、守られているだけではいられません。父上の文書を兄上に渡すことはできました。でも、まだ終わっていません」
アルヴェルトは、弟をまっすぐに見た。
そして、静かに言った。
「駄目だ」
ルークの表情が固まる。
「お前はここに残れ」
「また、僕だけ逃げろということですか?」
アルヴェルトは目を逸らさない。
「そうだ」
周囲がわずかにざわつく。
アルヴェルトは一歩、ルークへ近づいた。
「お前の役割は戦うことではない。生き残ることだ」
「兄上……」
「私が王都へ戻れば、セドリックは必ず私を狙う。蛇架も同じだ」
アルヴェルトの声は、兄のものではなく、王族のものだった。
「私を殺せば、王位継承の正統性を潰せるからな」
ルークは黙って聞いている。
「もし私が倒れ、さらにお前まで王都で倒れれば、王国は終わる」
その言葉に、ルークの顔色が変わった。
アルヴェルトは続ける。
「セドリック……いや、蛇架に国を奪われる。だが、お前が生きていれば、まだ終わらない」
「僕が……?」
「ああ」
アルヴェルトは頷いた。
「王族とは、そういうものだ」
声は冷たくなかった。
だが、甘くもなかった。
「戦えるかどうかではない。剣を握れるかどうかでもない。生きて、次に繋ぐことも役目だ」
ルークは言葉を失う。
自分が戦えないことは分かっている。
今の身体で王都へ行けば、足手まといになることも分かっている。
それでも、置いていかれることが苦しかった。
だからこそ、アルヴェルトは逃げ道を作らなかった。
「ルーク。お前には、ここに残る役目がある」
重い沈黙が落ちる。
「俺がいる限り、そんなことは起きねえけどな」
突然の一言に、アルヴェルトがユウヤを見る。
ユウヤは面倒くさそうに肩を鳴らした。
「勝手に死ぬ前提で話進めんな」
「ユウヤ……」
「俺が何のためについて行くと思ってんだよ」
ユウヤはアルヴェルトを睨むように見る。
「お前を王都まで連れてって、王様ごっこさせるためじゃねえぞ。死なせねえためだ」
「王様ごっこはひどいね」
「ひどくねえよ。王子様だろ」
「そういう問題かな」
レオルドも一歩前に出た。
「私もいます」
彼は真っ直ぐにルークを見た。
「アルヴェルト殿下には、指一本触れさせません」
ユウヤが横目で見る。
「こんなんだが、最強のボディガードもついてる」
レオルドは静かに頷く。
「私はAランクハンターで、帝国騎士で、ユウヤと殿下の友ですから」
アルヴェルトは少しだけ笑った。
「私は良い友に恵まれてるね」
「今さらだろ」
ユウヤが鼻を鳴らす。
それでも、アルヴェルトはルークへ向き直った。
「もちろん、私は二人を信じている。だが、王族は最悪を考えなければならない」
ルークは黙って兄を見る。
「誰かが倒れても、次の誰かが国を繋ぐ。それが王家の役目だ」
その言葉に、リアがルークの隣へ立った。
「ルーク兄様」
ルークが妹を見る。
リアの目には涙が浮かんでいた。
それでも、声は震えていなかった。
「私も残ります」
「リア……」
「セシルさんのそばにいます。ルーク兄様も、一緒に待ちましょう」
リアはアルヴェルトを見て、それからユウヤたちを見る。
「アルヴェルト兄様が戻ってこられる場所を、ここに残しましょう」
ルークは唇を噛んだ。
悔しさは消えない。
だが、リアの言葉は、彼の胸に確かに届いていた。
戻る場所を残す。
それもまた、役目なのだと。
ルークはゆっくりと息を吐いた。
「……分かりました」
アルヴェルトは何も言わず、弟の言葉を待つ。
ルークは拳を握りしめたまま、まっすぐに兄を見た。
「僕は、ここに残ります」
短い沈黙。
そして、ルークは続けた。
「兄上が戻るまで、リアとセシルさんのそばにいます」
それだけでは終わらなかった。
ルークは、震える声を抑えながら言う。
「そして、もしもの時は……」
アルヴェルトの目が細くなる。
ルークは言い切った。
「王家の血を、王国の希望を、僕が繋ぎます」
その場の誰も、すぐには口を開かなかった。
それは、逃げの言葉ではなかった。
戦えない少年が、自分に与えられた役目を受け止めた言葉だった。
アルヴェルトは静かに頷く。
「頼んだ、ルーク」
「はい」
ルークは深く頷いた。
ディルクが前へ出る。
「ルーク殿下たちは、ソイヤの街で預かります」
その声には、ギルドマスターとしての責任があった。
「この街にいる限り、好きにはさせません」
レオンもまっすぐユウヤを見る。
「兄貴」
「あ?」
「こちらは任せてください」
レオンは胸を張った。
「ルーク殿下も、リア殿下も、セシルさんも、俺たちが必ず守ります」
「……言うじゃねえか」
ユウヤは少しだけ笑った。
「頼んだぞ」
「はい!」
レオンの返事は、朝の空気に真っ直ぐ響いた。
少し離れた治療院の窓辺で、ヘルガは外の騒ぎを見ていた。
肩には包帯。
顔色も良くない。
それでも、門前に立つルークの姿を見ると、口元だけはわずかに緩んだ。
「若いのが、いい顔するじゃないか」
誰に聞かせるでもなく、ヘルガはそう呟いた。
ユウヤはセグウェイに乗る。
アルヴェルトが真ん中。
レオルドが後ろ。
いつもの並びだった。
アルヴェルトは一度だけ、ルークとリアを見る。
「ルーク、リア」
「はい」
「はい、兄様」
アルヴェルトは微笑む。
「必ず戻る」
ルークは真っ直ぐに頷いた。
「待っています」
リアも胸の前で手を握る。
「お気をつけて、アルヴェルト兄様」
レオルドが静かに言う。
「参りましょう」
ユウヤはハンドルを握り直した。
「よし、今度こそ行くぞ」
ロウたちが門の横から手を振る。
「ユウヤ兄ちゃん!」
ロウが胸の前で手を合わせる。
「……ソイヤ」
それに続いて、子供たち、街のハンター、住民たちが祈るように胸の前に手を合わせる。
「「「ソイヤ」」」
ユウヤは思わず振り返る。
「だから、それ祈りの言葉じゃねえからな!?」
ため息をついて、ハンドルを握る。
カン。
『アイドルモビリティ、高速走行モードへ移行します』
「安全は!?」
カン。
『優先順位を変更しました』
「すんな!!」
アルヴェルトが顔を引きつらせる。
「……何かあったのかい?」
「気にすんな!!」
「嫌な予感がするんだけど!?」
レオルドは後ろで風の膜を張る。
「いつでも出発できます」
「お前ら、ちゃんと掴まってろよ!」
白いセグウェイが朝日の中で光を放つ。
次の瞬間、三人を乗せた乗り物は、王都へ続く街道を走り出した。
残る者は、希望を繋ぐために残る。
戻る者は、王国を取り戻すために戻る。
白い光は、朝日に照らされながら、王都へ向かっていった。




