第135話「信じる街」
治療院の中は、慌ただしい空気に包まれていた。
シエラを中心に治癒術師たちが動き、セシル、ルーク、ヘルガの容体を順に確認していく。
ユウヤたちは一度治療室の外へ出されたが、すぐにシエラが顔を出した。
その表情は、柔らかくはなかった。
「先に、セシルさんの状態をお伝えします」
リアが息を呑む。
エマが、その肩をそっと支えた。
シエラは言葉を選ぶように続ける。
「危険な状態です。ですが、命は繋がっています」
リアの瞳が揺れた。
「命は……」
「はい。ただ、しばらくは絶対安静です」
シエラは一度、治療室の奥へ視線を向けた。
「正直に言えば、原因は分かりません。外傷だけなら説明がつかないほど、体力が著しく消耗しています」
ユウヤは眉を寄せる。
「体力?」
「はい。それに、魔力もほとんど枯渇しています。普通なら意識を保っていられる状態ではありません」
シエラの声は重かった。
「体の中に残っていた何かを、無理やり使い切ったような状態です。こんな症状は、私たちも初めて見ました」
リアの顔から血の気が引く。
「そんな……」
「今は眠らせています。無理に起こしてはいけません。少なくとも数日は、こちらで経過を見ます」
「お願いします……」
リアは両手を握りしめた。
「セシルさんを、助けてください」
シエラは静かに頷く。
「全力を尽くします」
その言葉に、リアは何とか立っていた。
だが、次にシエラが視線を向けたのはヘルガだった。
「それと、ヘルガさん」
「私は平気だよ」
ヘルガは当然のように立ち上がろうとした。
次の瞬間、シエラの表情が変わる。
「座ってください」
「だから、私は――」
「毒が入っています」
その一言で、場の空気が止まった。
ユウヤが目を細める。
「毒?」
「肩の傷です。矢に毒が塗られていた可能性があります」
シエラはヘルガの肩を見ながら、少しだけ眉を寄せた。
「よくこれで動いていましたね」
ヘルガは平然と言う。
「……少し動きにくい気はしたな。まあ、問題ないだろ」
「問題しかありません」
シエラは即答した。
「処置も必要ですし、解毒が済むまでは安静にしてください」
ユウヤはヘルガを見た。
「あんた本当に人間か?」
「失礼だね」
「毒入りの矢食らって、普通に暴れてたやつに言われたくねえよ」
ヘルガは鼻を鳴らしたが、さすがに反論は弱かった。
シエラはさらにルークへ視線を移す。
「ルーク殿下も、今日は休んでください」
「僕は大丈夫です」
ルークはすぐにそう言った。
だが、その顔色は悪い。
身体を打った痛みも、逃亡の疲労も、明らかに残っていた。
シエラは首を横に振る。
「歩けるかもしれません。ですが、それと動いていいかは別です」
「ですが、兄上たちが……」
ルークはアルヴェルトを見る。
アルヴェルトは静かに歩み寄り、弟の肩に手を置いた。
「今は休め、ルーク」
「兄上……」
「お前は十分頑張った」
ルークは悔しそうに唇を噛む。
何か言いたそうだった。
まだ何かをしたい。
まだ守られているだけではいたくない。
そんな顔だった。
だが、今の自分が足手まといになることも分かっているのだろう。
ルークは小さく頷いた。
「……分かりました」
治療院に残る者は、そこで決まった。
セシル。
ヘルガ。
ルーク。
そして、リアとエマ。
リアは治療室の扉を見つめたまま言う。
「私は、セシルさんのそばにいます」
エマも頷いた。
「私も残ります。治療の手伝いなら、少しはできますから」
アルヴェルトは二人を見て、静かに頭を下げた。
「頼む」
ユウヤたちは治療院を出ることになった。
治療院の外にはロウ、デン、ティナが心配そうに待っていた。
ロウがユウヤを見上げる。
「ユウヤ兄ちゃん……さっきの女の人、大丈夫?」
ユウヤは少しだけ言葉に詰まった。
それから、乱暴にロウの頭を撫でる。
「今、治してもらってる。ありがとな」
「うん……」
デンもティナも、不安そうに治療院の扉を見ていた。
ユウヤはそのまま歩き出そうとして、ふと足を止めた。
「おい、グレッグ、トム」
「なんだ?」
「このガキどもに何か食わせてやってくれ」
ユウヤは小さな袋を投げる。
グレッグが受け取り、中身を確認して眉を上げた。
「お前、こういう時だけ妙に気が回るな」
「腹減ってたらうるせえだろ」
「照れ隠ししやがって」
「うるせえ」
トムが胸を叩いた。
「任せるっす!」
ユウヤはロウたちを指さす。
「お前ら、このおっさんはめちゃくちゃすげえ料理人だから、なんか作ってもらえ」
グレッグが即座に怒鳴る。
「おっさんじゃねえ!!」
ロウたちは少しだけ笑った。
その笑い声に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
ディルクはそれを見届けてから、ギルドの方へ歩き出した。
「詳しい話はギルドで聞く。ここで話すには、人が多すぎる」
ユウヤは肩をすくめる。
「だな。この国じゃ、お尋ね者になっちまってるからな」
アルヴェルトの表情が曇る。
「すまない」
「お前のせいじゃねえだろ」
ユウヤは前を向いたまま言った。
「謝るなら、全部終わってからにしろ」
アルヴェルトは少しだけ目を伏せる。
「……分かった」
*
ギルドへ向かう道の途中、ディルクが口を開いた。
「王国中のハンターギルドに通達が来ている」
ユウヤは面倒くさそうに顔をしかめる。
「俺とレオルドのやつか?」
「ああ」
ディルクは低い声で続けた。
「Aランクハンター、レオルド・フォン・アルヴェイン。Bランクハンター、マスクドブレイブ。両名を反逆者として捕縛。抵抗する場合は討伐せよ、とな」
「要するに殺せってことだろ」
ユウヤは悪態をつく。
レオルドも頷く。
「実際に帝国へ向かう時、狙われました」
「ルーク殿下とリア殿下の件も流れている」
ディルクの言葉に、アルヴェルトが静かに拳を握った。
「セドリック……」
怒りは声にならなかった。
だが、その拳には確かに力が入っていた。
ディルクは足を止めずに言う。
「だが、この街でその通達を本気にした者は一人もいない」
ユウヤが足を止めかけた。
「……あ?」
ディルクは振り返らない。
「お前はこの街を守った」
ユウヤは黙る。
「ゴブリンキングを含む二千のゴブリン軍を相手に、命を懸けて戦った。この街の者は、その背中を見ている」
通りの端で、住民たちがユウヤを見る。
その目にあったのは、恐怖ではなかった。
警戒でもない。
信頼だった。
「何度も立ち上がり続けた英雄を、反逆者だとは思わん」
ユウヤは何も言えなかった。
レオルドも少しだけ驚いた顔をする。
ディルクはさらに続ける。
「レオルド殿も同じだ。あんたがユウヤと共にいる時点で、我々は疑う理由がない」
「私までですか」
「当然だ」
ディルクはそこで初めて振り返った。
「王都が何と言おうと、ここではあんたたちを敵とは見ない」
ユウヤは気まずそうに視線を逸らす。
「……ったく、大袈裟な」
「事実だ」
「そうかよ」
アルヴェルトはその横顔を見て、小さく笑った。
「本当に、君は英雄なんだね」
「うるせえ。お前まで言うな」
「王都でこの光景を見せたいくらいだ」
「やめろ。余計なこと考えんな」
そんな会話をしながら、四人はハンターギルドへ入った。
*
ギルドの中は静かだった。
いや、人はいる。
ハンターたちも、受付に立つ者も、壁際で腕を組む者もいた。
だが、誰も軽口を叩いていない。
視線は一箇所に集まっていた。
壁に貼られた通達。
そこには、レオルドとマスクドブレイブの名があった。
さらに、ルークとリアの名もある。
国家反逆罪。
捕縛、もしくは処断。
はっきりとそう書かれていた。
ユウヤはそれを見上げる。
「……俺、こんな顔してるか?」
通達に描かれた似顔絵は、妙に目つきが悪かった。
レオルドも隣で自分の似顔絵を見る。
「私はもっと整った顔をしています」
アルヴェルトが呆れたように言う。
「気にするのはそこだけかい!?」
その時、ギルドの奥から椅子を引く音がした。
「やっぱり!」
立ち上がったのは、レオンだった。
その隣には、ガイ、カイル、ミーナの姿もある。
明日への誓い。
かつてユウヤたちと関わった若いハンターたちが、四人揃ってそこにいた。
レオンがまっすぐユウヤの方へ歩いてくる。
「兄貴なら、絶対ギルドに来ると思っていました」
「……レオン」
レオンは壁の通達を一度見てから、眉を寄せた。
「指名手配されていて、本当に驚きました」
ユウヤは軽く肩をすくめる。
「で? 捕まえるか?」
レオンは即座に首を横に振った。
「そんなわけないじゃないですか。兄貴を捕まえるくらいなら、先にその紙を破ります」
ガイも頷く。
「ユウヤさんが反逆者なんて、どう考えてもおかしいです」
カイルは真面目な顔をしたままで言う。
「王都の方で何か起きていると思っていました」
ミーナも真剣な顔で続ける。
「ユウヤさんが、悪事を働くわけがありません」
ユウヤは居心地悪そうに頭をかく。
「わかった、わかった。ったく、相変わらずだなお前ら」
レオンは少しだけ笑った。
「兄貴も、相変わらずですね」
「褒めてねえだろ、それ」
「褒めてます」
アルヴェルトが横で感心したように呟く。
「……ここまで慕われてるのは凄いね」
レオルドも嬉しそうに頷く。
「羨ましいです。そういえば帝国騎士団でも人気者でした」
「お前ら全員、黙れ」
ユウヤが顔をしかめたところで、ディルクが手を叩いた。
乾いた音がギルド内に響く。
「感動の再会はそこまでだ」
その一言で、場が引き締まる。
ディルクはギルドマスターの顔になっていた。
「信じる信じないだけで動くわけにはいかない。ここからは事実を確認したい」
ハンターたちが静まり返る。
ディルクはアルヴェルトへ向き直った。
「アルヴェルト殿下。王都で何が起きているのか、話していただけますか」
アルヴェルトは一歩前へ出た。
ユウヤとレオルドが、その左右に立つ。
アルヴェルトはギルドの中を見渡した。
「分かった」
静かな声だった。
「全て話そう」
*
アルヴェルトの説明に、ギルド内の空気は何度も揺れた。
王都では、第二王子セドリックが実権を握っていること。
蛇架という組織が裏で動いていること。
ルークとリアが反逆者として追われていること。
レオルドとマスクドブレイブも同じく手配されていること。
王は病で意識がないこと。
そして、王の密書によって、アルヴェルトが正統な王位継承者と示されていること。
その文書にはルークとリアの保護も命じられていたこと。
だが、セドリック側はアルヴェルト本人さえ偽物扱いする可能性が高いこと。
そして、王都に戻れば戦いは避けられないこと。
話が進むたび、ハンターたちの表情は険しくなっていった。
レオンたちも、誰一人口を挟まなかった。
ディルクは最後まで黙って聞いていた。
やがて、アルヴェルトが話を終える。
「以上だ」
ギルド内に沈黙が落ちた。
しばらくして、ディルクが口を開く。
「事情は分かりました」
全員の視線が、ディルクへ集まる。
「ソイヤのハンターギルドは、アルヴェルト第一王子殿下に協力します」
ざわめきが走った。
アルヴェルトはディルクを見つめる。
「即決していいのか?」
「即決しなければこの国は終わります」
ディルクの声に迷いはなかった。
「それに、この街はマスクドブレイブに借りがある」
ユウヤが顔をしかめる。
「だからその言い方やめろ」
ディルクはわずかに口元を緩めたが、すぐに表情を戻す。
「ただし、街の守りを空にするわけにはいかない」
その言葉に、空気が少し変わる。
「王都がどう動くか分からない以上、ここも狙われる可能性がある。負傷者もいる。街を守る者は必要だ」
レオンが前へ出る。
「俺たちがいるので大丈夫です!」
ガイ、カイル、ミーナも頷いた。
レオンはユウヤを見る。
「兄貴たちが王都へ向かうなら、この街は俺たちが守ります」
ユウヤは少しだけ目を細めた。
「頼もしくなったじゃねえか」
「少しは成長しました」
「そこは胸張れよ」
レオンは照れたように笑った。
ディルクは机の上に地図を広げる。
「王都へ戻るなら、明朝がいい」
「今すぐじゃ駄目なのか?」
ユウヤが聞く。
「夜に動けば、途中で魔物や追手に襲われた時に不利だ。それに、あんたたちも限界だろう」
「一晩は休めってことか」
「休める時に休め」
ディルクは短く言った。
アルヴェルトは地図の上の王都を見つめる。
「セドリック……」
その声は低かった。
レオルドが静かに言う。
「王都を取り戻しましょう」
ユウヤは地図を見下ろし、軽く息を吐いた。
助けたい奴がいる。
信じてくれる街がある。
なら、逃げる理由はない。
ユウヤは口の端を上げる。
「上等だ」
そして、王都の方角を睨むように見た。
「ここまで来たら、最後まで付き合ってやるよ」




