第134話「ソイヤの英雄」
「マスクドブレイブ様だ!!」
門番の声が、ソイヤの街に響き渡った。
その瞬間、門の向こう側が一気に騒がしくなる。
通りを歩いていた住民たちが足を止め、店先から人が顔を出し、子供たちがこちらを指さした。
「マスクドブレイブ様!?」
「本物か!?」
「英雄が帰ってきたぞ!」
「ソイヤの英雄だ!」
「ソイヤ! ソイヤ!」
「ソイヤ! ソイヤ!」
一瞬で、門前が祭りのような騒ぎになった。
白くキラキラしたセグウェイ。
その後ろに括り付けられた騎士団の荷台。
荷台には負傷者が詰め込まれ、先頭にいるユウヤは土まみれで、疲れ切った顔をしている。
普通なら、どう見ても異常事態だった。
だが、ソイヤの住民たちはまずユウヤを見た。
そして、歓声を上げた。
「やめろ……」
ユウヤは死んだ目で呟く。
「その掛け声をやめろ……」
アルヴェルトは困惑したように周囲を見回した。
「君、ここで何をしたんだい?」
「……いろいろあったんだよ」
「いろいろで街の名前が変わるものなのかい?」
「俺が聞きてえよ」
後ろでレオルドが、どこか嬉しそうに頷く。
「ソイヤ、ソイヤ」
「てめぇまで言うんじゃねえ!!」
ユウヤが振り返って怒鳴った、その時だった。
「ユウヤ兄ちゃん!」
人混みをかき分けて、小さな影が駆けてくる。
ロウだった。
その後ろから、デン、ガイ、ティナも続く。
「ユウヤさん!」
「本当に帰ってきた!」
「すげえ! なんか変な乗り物乗ってる!」
「キラキラしてる!」
子供たちが一斉に駆け寄ってくる。
ユウヤの顔が、ほんの少しだけ緩んだ。
「お前ら……元気そうだな」
「うん!」
ロウが大きく頷く。
「ユウヤ兄ちゃんも元気そうでよかった! 後ろの人たちは?」
ロウの視線が、荷台へ向く。
そこで、彼の表情が変わった。
意識のないセシル。
血の気のない顔でそれを支えるリア。
負傷したルーク。
肩を押さえるヘルガ。
ただの帰還ではない。
助けを求めて来たのだと、子供たちにもすぐに分かった。
ユウヤは短く言った。
「悪い。こいつを助けたいんだ」
ロウはすぐに頷いた。
「すぐに治療院に行かないと!」
ティナも振り返る。
「私、水持ってくる!」
ガイが駆け出す。
「人呼んでくる!」
デンは通りの方へ走った。
「道を空けて! 怪我人がいる!」
子供たちの声で、騒いでいた住民たちもようやく荷台の惨状に気づく。
歓声が戸惑いに変わり、すぐに誰かが叫んだ。
「道を空けろ!」
「治療院に運ぶぞ!」
「担架を持ってこい!」
英雄の帰還を祝う騒ぎから、負傷者を助けるための動きに変わった。
ソイヤの人々は早かった。
荷台の周囲に大人たちが集まり、セシルを運ぶ準備を始める。
リアはセシルの手を握ったまま、離れようとしなかった。
「セシル……」
「大丈夫です。セシルさんは強いですから」
エマがそっとリアの肩に手を置く。
ヘルガも荷台から降りようとした。
ユウヤがそれを見て眉を寄せる。
「あんたも怪我人だろ」
「片腕が動けば十分だよ」
「怖ぇよ」
「それより、セシルを先に運びな」
ヘルガはそう言って、自分の肩の傷を押さえ直した。
その時、門の奥から大きな声が飛んだ。
「何の騒ぎだ!」
人混みを割って現れたのは、ディルクだった。
かつてグレンの街でギルドを束ねていた男。
今はソイヤのハンターギルドマスターとして、この街を仕切っている。
ディルクはユウヤを見て一瞬だけ目を見開いたが、すぐに荷台へ視線を移した。
セシル。
ルーク。
ヘルガ。
リア。
騎士団の荷台。
その惨状を見て、表情が引き締まる。
「詳しい話は後だ」
ディルクはすぐに指示を飛ばした。
「治療院を空けろ。シエラを呼べ」
周囲のハンターたちが一斉に動く。
「ギルドの者は門を閉めろ。外に斥候を出せ」
「はい!」
「この荷台を見た者は、余計な噂を外へ出すな。騎士団絡みなら、面倒事になる」
ディルクの判断は早かった。
歓迎でも質問でもなく、まず治療。
次に警戒。
最後に情報統制。
ユウヤは小さく息を吐く。
「話が早くて助かる」
「こんなに早く再会するとは思わなかったがな」
ディルクはユウヤを見た。
「こっちもいろいろ聞きたいことがある」
「だろうな」
ユウヤは疲れた顔で答える。
その時、ディルクの視線がアルヴェルトに止まった。
最初は、ただの同行者を見る目だった。
だが、すぐに変わる。
顔立ち。
立ち姿。
昔、王都でハンターをしていた頃に見覚えがある。
ディルクは息を呑んだ。
「……まさか」
その声に、周囲の何人かが振り返る。
ディルクは声を落とした。
「アルヴェルト第一王子殿下……?」
周囲がざわついた。
アルヴェルトは、静かに頷く。
「事情があって、今は身を隠していた」
その一言だけで、場の空気がさらに重くなる。
第一王子。
行方不明だった王位継承者。
その男が、マスクドブレイブと共に、騎士団の荷台で負傷者を連れてソイヤへ来た。
ただ事ではない。
だが、アルヴェルトはすぐに荷台の方を見た。
「説明は後でいい。今は彼女たちの治療が先だ」
ディルクは深く頷いた。
「承知しました」
その声には、迷いがなかった。
セシルは慎重に荷台から下ろされた。
リアはその横を離れず、エマも薬箱を抱えてついていく。
ルークも立ち上がろうとしたが、足元がふらつく。
アルヴェルトが支えようとするより先に、グレッグが肩を貸した。
「無理すんな。お前も怪我人だろうが」
「すみません……」
「謝る暇があるなら、ちゃんと治してもらえ」
トムも荷物を抱えて走る。
「こっちっす! 治療院はこっちっす!」
ロウたちも動いていた。
ティナは水を抱え、ガイは人を呼び、デンは通りの人波を押し分けて道を作る。
ロウはユウヤの隣に立った。
「俺たちも手伝う!」
ユウヤは少しだけ目を細める。
「助かる」
ロウは力強く頷き、すぐに駆け出した。
その背中を見て、ユウヤは小さく息を吐く。
「……たくましくなってんな」
「これが君が守ったものだろ?」
アルヴェルトが言う。
「ちっ……気持ち悪ぃこと言うんじゃねえ」
治療院へ向かう途中も、住民たちは道の両側に集まっていた。
「マスクドブレイブ様……」
「本物だ……」
「ソイヤの英雄が帰ってきた……」
そして、誰かがまた小さく言う。
「ソイヤ……」
「ソイヤ……」
ユウヤのこめかみがぴくりと動いた。
「ソイヤすんじゃねえ!!」
その瞬間、腰のベルトが小さく鳴る。
カン。
『ファン数が増加しました』
ユウヤは顔を引きつらせた。
「増えるな!!」
「また誰かと喋ってるのかい?」
アルヴェルトが横から覗き込む。
「だからこっちの話だ!」
レオルドは嬉しそうに街を見回している。
「すごい人気ですね。羨ましい限りです」
「じゃあ、変わってくれ」
それでも、誰もユウヤを嘲笑ってはいなかった。
住民たちの目には、感謝があった。
かつてこの街を救った男が、今度は助けを求めて戻ってきた。
ならば、今度は自分たちが助ける。
そういう空気が、街全体に広がっていた。
*
治療院の扉が開け放たれる。
駆けつけたシエラは、セシルを見た瞬間、表情を引き締めた。
「すぐに中へ運んでください」
その声に迷いはない。
セシルが寝台に乗せられると、シエラは手早く脈と呼吸を確認した。
次に、胸元から腕へ残る黒い筋の痕を見て、わずかに眉を寄せる。
リアが震える声で尋ねた。
「セシルさんは……?」
シエラはすぐには答えなかった。
短い沈黙。
それだけで、リアの顔が青ざめる。
だが、シエラははっきりと言った。
「危険な状態です」
リアの手が震える。
シエラは優しく微笑んで言った。
「ですが、まだ助けられます。私たちに任せてください」
リアの目に涙が浮かんだ。
「お願いします……助けてください」
シエラは静かに頷く。
ルークも別の寝台へ運ばれ、ヘルガも半ば強引に座らされた。
「私は後でいいよ」
「駄目です」
シエラは即答した。
「肩の傷を放っておけば動けなくなります」
「ちっ……見た目の割に強情だね」
「あなたの方が強情です」
ヘルガは何か言い返しかけて、やめた。
ユウヤたちは治療室の外へ出された。
扉が閉まる。
その向こうで、シエラたちが慌ただしく動き始める気配がした。
リアは扉の前に立ち尽くし、両手を握りしめる。
「セシル……」
エマがその隣に立ち、そっと肩を寄せた。
ユウヤはしばらく扉を見ていたが、やがてディルクへ視線を向けた。
ディルクはすでに、治療院の外へ数人のハンターを配置していた。
さらに街の門は閉じられ、物見のハンターたちが外壁へ向かっている。
「治療はシエラに任せろ」
ディルクが言った。
「お前たちは状況を話せ。王都で何が起きている」
アルヴェルトが静かに頷く。
「話すべきことは多い」
レオルドも表情を引き締めた。
「急ぐ必要があります」
ユウヤは治療室の扉を一度だけ見る。
それから、ディルクに向き直った。
「分かった。ギルドで話す」
ディルクは短く頷いた。
「ソイヤの街は、マスクドブレイブに借りがある」
外では、閉じられた門の上にハンターたちが並び始めていた。
かつて救われた街が、今度は守る側へ回ろうとしている。
ディルクは低く言った。
「今度は、こちらが返す番だ」




