第133話「ソイヤへ」
「……無理に決まってんだろ」
ユウヤは、白くキラキラしたセグウェイを見ながら、心底嫌そうに言った。
森の中に、妙に現実的な沈黙が落ちる。
このセグウェイは、そもそも一人乗りだ。
それを三人で無理やり乗っただけだ。
そこへさらに、意識のないセシル、負傷したルーク、肩を射抜かれたヘルガ、疲労困憊のリア、エマ、グレッグ、トムまで乗せられるはずがない。
アルヴェルトも、白いセグウェイを見て顔を引きつらせる。
「まあ……さすがに無理だろうね」
「さすがにじゃねえよ。三人でも無理あっただろ!」
「それは否定できないね」
ユウヤは深くため息を吐き、周囲を見回した。
このまま森に留まるわけにはいかない。
ゼインたちは一度退いたが、それはあくまで今この場での交戦を避けただけだ。すぐに次の手を打ってくるに決まっている。
王都に戻るにしても、どこか別の村や街へ向かうにしても、とにかく移動手段が必要だった。
倒れた騎士やハンターたちは、ゼインたちが回収していった。
だが、慌ただしく撤退したせいか、森の端にはいくつか荷物が残されている。
その中に、馬だけ外された小さな荷台があった。
馬車ほど立派ではない。
荷物運搬用の簡素なものだ。
だが、人を乗せるだけなら使えないこともなさそうだった。
ユウヤは目を細める。
「……あれ、使えるんじゃねえか?」
アルヴェルトが視線を追い、すぐに眉を上げた。
「騎士団の荷台を使うのかい?」
「俺らを殺そうとした連中の荷台だろ? だったら俺たちのものだ」
「理屈が荒すぎるよ」
レオルドは静かに頷いた。
「合理的ですね」
「合理的じゃないよ!?」
アルヴェルトの突っ込みは、当然のように誰にも届かなかった。
グレッグとトムが荷台を確認し、使えそうな縄を集める。
ヘルガは肩を押さえたまま、結び目や荷台の傾きを指示した。
「そこは二重にしな。途中で外れたら死人が出るよ」
「はいっす!」
レオルドは荷台を軽々と持ち上げ、セグウェイの後ろへ移動させる。
「軽いですね」
「……強度とか大丈夫だよな」
ユウヤがそう言いながらセグウェイの後部を覗き込むと、腰のベルトが乾いた音を鳴らした。
カン。
『牽引対象を確認しました』
『負傷者を確認。アイドルモビリティを安全走行モードに切り替えます』
「いや、怪我人いなくても最初からそれにしろよ!?」
アルヴェルトが怪訝そうにユウヤを見る。
「また誰かと喋ってるのかい?」
「こっちの話だ!」
カン。
『牽引モードを起動します。姿勢制御補助を拡張します』
「それも最初から言えよ……」
白いセグウェイの後部から、光の金具のようなものが伸びる。
グレッグたちはそれに縄を通し、荷台を固定していった。
その横で、アルヴェルトも当然のように縄を手に取っていた。
「……手つき、慣れてんな」
ユウヤが思わず呟く。
アルヴェルトは結び目を締めながら、少しだけ笑った。
「王族だからって、何もできないわけじゃないよ」
「王子って、縄も結べんのか」
「逃げる時も、隠れる時も、身分だけではどうにもならないことがあるからね」
「妙に実感こもってんな……」
「実際、何度かあるからね」
「あるのかよ」
ぼやきながらも、荷台の固定は進んでいった。
準備が終わると、荷台にはセシルを中心に、ルーク、リア、エマ、グレッグ、トム、ヘルガが詰め込まれた。
どう見ても定員オーバーだった。
セグウェイ側には、ユウヤ、アルヴェルト、レオルド。
並びは、前回と変わらずユウヤ、アルヴェルト、レオルドである。
アルヴェルトが当然のように顔をしかめた。
「また私が真ん中なのかい?」
「王族だから守られてるんだよ」
「……近すぎる護衛だね」
ユウヤはハンドルを握り、深く息を吐いた。
とりあえず、移動手段はできた。
問題は、どこへ向かうかだった。
*
「王都へは戻らねえからな」
ユウヤが真っ先に言った。
アルヴェルトが顔を上げる。
「王都へ戻らなければ、セドリックを止められない」
「今の王都にセシル連れて戻れるわけねえだろ」
ユウヤの声ははっきりしていた。
「さっき魔人扱いされたばっかだぞ。王都に連れてったら、治療どころか処刑だ何だって騒ぎになる」
アルヴェルトは黙った。
否定できなかった。
ヘルガも荷台の後ろから口を開く。
「ユウヤの言う通りだ。王都は敵の腹の中だよ。治療どころじゃないね」
「でも、王都以外で治療できる場所となると……」
アルヴェルトが考え込む。
その時、トムが荷台の上で手を上げた。
「それならソイヤがいいっす!」
「ソイヤ?」
アルヴェルトが首を傾げる。
ユウヤは嫌そうな顔をした。
「……ああ、パルマのことか」
「そうっす! 今はソイヤの街っす!」
「マジでその名前になってんのかよ……」
ユウヤが頭を抱える。
トムはなぜか誇らしげだった。
「あそこなら絶対大丈夫っす! ハンターも多くいますし、治療院もあるっす。シエラさんも腕がいいっす!」
ユウヤはセグウェイを見た。
以前、パルマから王都へ向かった時は、途中で馬車に拾われても五日はかかった。
このセグウェイは、帝国から国境近くまで数時間で移動した。
この異常な速度なら、普通なら五日以上かかる道でも一日で届く可能性はある。
問題は、乗り心地だった。
「……死なねえ程度に飛ばせば、日が暮れる頃には着くかもな」
「死なない程度でお願いします」
アルヴェルトが真顔で言う。
荷台のトムも必死に頷いた。
「本当にお願いするっす」
ユウヤはソイヤの方角を見た。
パルマ。
かつてユウヤがひょっとこ姿でゴブリンキングと死闘を繰り広げた街。
ソイヤの掛け声がなぜか伝説になり、ついには街の名まで変わった場所。
ロウたち子供たちや、かつて共に戦ったハンターたちがいる場所。
「……よりによってあそこかよ」
「楽しみですね」
レオルドが笑顔で言う。
「なんでお前はいつも楽しそうなんだよ……」
ユウヤはそう吐き捨てて、ハンドルを握り直した。
「行くぞ。目的地はソイヤだ」
*
白いセグウェイが、ゆっくりと動き出した。
最初は慎重だった。
荷台を引いている分、セグウェイの動きは少し重い。
安全走行モードと牽引モードが効いているのか、荷台がすぐ横転するようなことはなかった。
だが、森道との相性は最悪だった。
少し進むたびに、荷台が跳ねる。
「ちょ、待って! これ死ぬっす!!」
トムが叫ぶ。
「怪我人運んでんだぞ! 揺らすな!!」
グレッグも荷台の端を掴みながら怒鳴る。
「俺に言うな! 森の中走ってんだから仕方ねえだろ!!」
ユウヤも叫び返した。
荷台の上では、リアがセシルの身体を必死に支え、エマも薬や布を押さえながらセシルの呼吸を確認していた。
ルークは痛みに顔をしかめながらも、リアとセシルを気にしている。
「リア、大丈夫?」
「私は大丈夫。ルークこそ無理しないで」
「僕は……」
「座ってろって言われただろ」
ユウヤが前を見たまま割り込む。
「怪我人は黙って揺られてろ」
「揺れ方が問題なんだよ」
ルークが珍しく反論する。
「うるせえ、文句はベルトに言え」
カン。
ユウヤの耳元で、乾いた音が鳴った。
『慎重な運転を推奨します』
「してるだろ!!」
ユウヤが叫び返す。
アルヴェルトは顔を引きつらせた。
「いや、誰と喋ってるんだい!?」
レオルドは最後尾で風の膜を張りながら、真面目に答える。
「ユウヤはかなり慎重に運転しています」
「そうなのかい!?」
「はい。前回よりゆっくりです」
「比較対象が悪すぎる!!」
森を抜け、街道に近い道へ出ると、荷台の揺れはいくらかましになった。
もちろん、快適とはほど遠い。
だが、セシルを運ぶには、これ以上の速度と安全性を同時に確保できる手段はなかった。
リアはセシルの手を握る。
「セシル、もう少しだから……」
セシルは目を覚まさない。
だが、呼吸は続いている。
それだけが、今は救いだった。
*
日が傾き始める頃。
長く続いた街道の先に、街の外壁が見えてきた。
夕陽を受けた石壁が、遠くで赤く染まっている。
レオルドが前方を見て言った。
「街が見えます!」
ユウヤは目を細める。
「マジで一日で着いちまったよ」
アルヴェルトはげんなりした顔で答えた。
「乗り心地は最悪だけどね」
荷台の上では、トムがぐったりしている。
「徒歩で何日もかけた方がマシだったかもしれないっす……」
グレッグが隣で首を横に振った。
「いや、セシルがもたねえ。これで正解だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
無茶な移動だった。
揺れもひどい。
全員、体力の限界に近い。
何度か本気で荷台が外れるかと思った。
それでも、今日中にソイヤへ着けた。
それだけで、この移動には意味があった。
ユウヤは速度を落としながら、ソイヤの門へ向かう。
街道を進むにつれて、門番たちの姿が見えてきた。
向こうも、こちらに気づいたらしい。
最初は警戒するように槍を構える。
当然だった。
白くキラキラした謎の乗り物。
その後ろに括り付けられた、騎士団の荷台。
荷台には負傷者が多数。
先頭にいる男は土まみれ。
意味が分からない集団だった。
門番の一人が目を凝らす。
「なんだ、あれ……?」
もう一人が息を呑んだ。
「騎士団か? いや、でも……あの先頭の男……」
白いセグウェイが、門の前でぎこちなく止まる。
キラキラした光が、夕陽の中で妙に目立っていた。
ユウヤは疲れ切った顔でハンドルから手を離す。
「……着いたぞ」
その瞬間、門番の目が大きく見開かれた。
「ま、まさか……」
彼は槍を下ろし、門の内側へ向かって叫んだ。
「マスクドブレイブ様だ!!」
その声が、ソイヤの街へ響き渡る。
門の向こうで、人々が一斉に振り返った。




