第13話「仮面勇装マスクド・ブレイブ」
ハンターギルドを出た瞬間、冷たい風が顔に刺さった。
(ゴブリンか……)
ミレイの説明が頭に残っている。
魔石は胸の中心にあり、それを取り出して納品する。
「……気持ちわりぃ」
俺は顔をしかめた。
(でも金だ。宿と飯のためだ)
ベルトを叩く。
カン。
「……なあ。普通の仕事寄越せって言ったよな?」
当然、返事はない。
代わりに腰が点滅し、透明なウィンドウが開いた。
『クエスト発生』
『新人パーティー3名を救い出せ』
『南西方向』
『ゴブリン10体以上に包囲されています』
『現状では対処困難です』
『報酬:ヒーローポイント 3』
「……3ポイント」
唾を飲んだ。
ブリーフもタンクトップも軍手も、もうある。
だが、まだ脱変態には至っていない。
まともな装備を手に入れるには、さらにポイントが必要だ。
(ゴブリンなら……13倍なら余裕で勝てるんだろうが)
問題は別にある。
(三人に見られるの、キツい……)
変身すれば、あの格好だ。
しかも今回は、ギルドの連中――人間に目撃される。
「……でも、3ポイント……」
俺は額を押さえた。
(決めた。この街では恥を捨てる。さっさと稼いで、マシな装備になったら出る)
「……しょうがねぇ」
俺は走り出した。
*
南西の森外縁。
木々の間を抜けた先に、小さく開けた場所があった。
そこにいたのは男が二人、女が一人。
全員まだ新しい装備を身につけているが、動きはそこまで悪くない。
隊列も崩れていなかった。
剣士が前に立ち、魔法使いが後方から牽制する。
さらに一歩後ろでは、回復役が全体を見ていた。
新人としては、かなりまともだ。
……だが。
「くそっ……!」
剣士が息を切らしながら剣を構える。
目の前にいるのはゴブリン。
十体どころではない。
「……二十はいる……!」
魔法使いが焦った声を漏らした。
森の陰から、小さく汚れた緑色の姿が次々と現れる。
一体ずつなら大したことはない。
だが、この数はまずい。
「増え方が……異常だろ……!」
回復役の少女が、杖を握りしめながら震えた。
「だ、だめ……囲まれてる……!」
背後にも左右にもゴブリンがいて、逃げ道はない。
剣士が道を開こうとしても、すぐに別の個体が隙間を塞ぐ。
魔法使いが火球を撃って数体を倒すが、空いた場所にはすぐ新しいゴブリンが入り込んできた。
(このままじゃ……)
剣士の視線が、回復役へ飛ぶ。
女がいる。
このまま逃げられず、ゴブリンに捕まったら――
そこまで想像しただけで、胃の奥が冷えた。
剣士が歯を食いしばる。
「……決めた」
魔法使いが振り向いた。
「何を――」
「俺が道を開く。カイル、お前は火で気を引け」
「……おい」
「ミーナだけでも逃がす」
回復役の少女が目を見開いた。
「やだ! 二人置いて逃げるなんて――!」
「捕まるよりマシだ!」
剣士の声が裏返った。
その瞬間、森の奥から声が飛んできた。
「そこまでだ! クソゴブリン共!!」
三人が同時に振り向く。
木々の間から現れたのは、見たことのない男だった。
武器も鎧もなく、腰に奇妙な帯を巻いているだけだ。
(……何だ、あれ)
剣士は一瞬、状況も忘れて男を見た。
その男はゴブリンの群れへ目を向け、舌打ちする。
「うわ、マジで多いな……」
あまりにも軽い。
この状況が見えていないのか、それとも死にに来たのか。
剣士が叫ぶ。
「来るな! 巻き込まれるぞ!!」
男は振り返ると、悪態を吐くように言った。
「うるせぇ! 助けに来てやったんだよ!」
その直後、ゴブリンの一体が男を認識して叫び声を上げた。
ギャッ!
他のゴブリンたちも反応し、一斉に視線を向ける。
すると、男の腰に巻かれた帯がわずかに光った。
男が腕を振り上げる。
「――変身!!」
場違いなほど派手な音楽が鳴り響き、光が弾けた。
次の瞬間、そこに立っていたのは、キラキラ光る仮面に黄ばんだ袖なしシャツ、そして赤いブリーフを身につけた男だった。
(……は?)
剣士の思考が止まった。
どう見ても変だ。
というか、変態にしか見えない。
それなのに、なぜかさっきまでとは違って見えた。
男は大きく息を吸い、叫ぶ。
「俺は、闇を払い光を照らす!
恐れを越えて、救いを掴む!
仮面勇装――マスクド・ブレイブ!!」
男が地面を蹴った。
剣士が目を瞬いた時には、もうゴブリンの群れの中へ飛び込んでいる。
あまりにも速い。
剣士が知る人間の動きではなかった。
仮面の男は躊躇なく踏み込む。
「邪魔だ! どけ!」
ゴブリンの腕を叩き落とし、そのまま喉へ拳を入れる。
一体が崩れ落ちるより早く、すでに次の個体へ向かっていた。
「ブレイブパンチ!」
叫びとともに放たれた拳が、ゴブリンの顔面を砕く。
返す動きで背後の個体を蹴り倒した。
「ブレイブキック!」
蹴りが入った瞬間、肋がへし折れる音がする。
(……何だ、この人)
剣士は唾を飲み込むことさえ忘れていた。
仮面の男は、圧倒的な人数差を力で潰していく。
ゴブリンたちは群がり、噛みつこうとし、刃物を振るう。
だが、一つも当たらない。
まるで攻撃の癖を読んでいるように先に動き、最小限の動きで躱しては殴り、蹴り飛ばしていく。
血と土が飛び散り、ゴブリンが次々に倒れた。
剣士は呆然としながら、握っていた剣へ力を込める。
(俺たちがあれだけ必死だったのに……)
魔法使いが唇を震わせた。
「……おい……あれ……何者だよ……」
回復役の少女も、杖を抱えたまま呟く。
「……助かる……」
やがてゴブリンは残り数体になった。
逃げ腰になった個体が森の奥へ引こうとする。
だが、仮面の男は容赦なく追った。
「逃げんな! 後で増えるだろ!」
剣士が放心している間に、最後の一体まで倒れた。
さっきまで自分たちを囲んでいたゴブリンは、もう一体も立っていない。
開けた場所に残ったのは、倒れたゴブリンの山と、赤いブリーフ姿の仮面男だけだった。
男が息を吐く。
「……はぁ。取り出すの面倒だな……」
その姿を見ながら、剣士はようやく気づいた。
見た目はふざけているし、格好もどうかしている。
それでも、自分たちがもう終わりだと思った時に現れ、一人で包囲を崩して誰も死なせずにゴブリンを倒した。
(……勇者って、こういう人なのかな)
すぐに違うと思った。
勇者はもっと遠い存在で、少なくともこんな格好はしていない。
それでも今、この場で助けられた自分たちにとっては。
あの仮面の男が、勇者よりもかっこよく見えた。




