第124話「超高速セグウェイ」
帝国の門を出てすぐ。
目の前にある白くて妙にキラキラした乗り物を見下ろしながら、ユウヤは深いため息を吐いた。
「……はぁ、これに3人で乗るのかよ」
どう見ても無理がある。
細い足場。
頼りないハンドル。
馬車みたいな荷台もなければ、自転車みたいなサドルもない。
ただ立つだけだ。
その後ろで、アルヴェルトが引きつった顔をしていた。
「すごく嫌な予感がするんだけど……本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫じゃなくても行くしかねえだろ」
ユウヤは即答した。
王国へは一刻も早く戻りたい。
馬では遅すぎる。
だったら、もうこれに賭けるしかない。
レオルドが真面目な顔でセグウェイを眺める。
「それで、並び順はどうするのですか?」
「俺が前だ」
ユウヤは言った。
「二番目にアルヴェルト。一番後ろがレオルド」
アルヴェルトが即座に不満を漏らす。
「すごい窮屈なんだけど……というか、なんで僕が真ん中なんだい?」
「しょうがねえだろ」
ユウヤはセグウェイを軽く叩いた。
「振り落とされたら多分死ぬぞ」
「そんな危険な乗り物なのかい!?」
アルヴェルトの顔色が悪くなる。
一方、最後尾へ回ろうとしていたレオルドは、ふと真顔になった。
「……これは……私が一番危ないのでは?」
確かに、最後尾は一番支えが少ない。
前にはユウヤとアルヴェルトがいるが、後ろは何もない。踏ん張りを失えば、そのまま吹き飛ぶ可能性が高かった。
ユウヤは少しだけ目を細める。
そして、ぼそりと言った。
「……お前にしか背中は預けられねえならな」
レオルドの目が一瞬で輝く。
「ユウヤ……私を信頼してくれてるのですね!」
「まあな」
ユウヤは適当に答えた。
アルヴェルトが呆れた顔で二人を見る。
「レオルド……騙されてるよ……」
だが、今さら並び順を変えたところでどうにかなる気もしない。
ユウヤはセグウェイの前に立ちながら、レオルドへ振り返った。
「そうだ。前に風のシールド貼れ」
「風のシールド?」
「自転車の時あっただろ」
あの時、レオルドに風魔法で加速させられた結果、風圧で息ができなくなったのを思い出す。
もし今回のセグウェイが、あの時の自転車以上に速かったら。
今度こそ冗談抜きで危ない。
レオルドもすぐに察したらしい。
「なるほど。風圧対策ですね」
「そういうことだ」
「承知しました」
レオルドが指先を軽く動かす。
三人の前方へ、薄い風の膜が張られた。目には見えにくいが、確かに空気の流れが整えられている。
ユウヤは深呼吸を一つ。
「……よし」
アルヴェルトはまだ不安そうだった。
「本当に行くのかい……?」
「もう乗ってんだろ」
「それはそうだけど……!」
結局、三人はぎちぎちに詰めてセグウェイへ乗り込んだ。
一番前にユウヤ。
真ん中で押し潰されそうになっているアルヴェルト。
最後尾にレオルド。
「狭すぎるよ!! レオルド、もう少し下がってくれ」
アルヴェルトが文句を言う。
「これ以上は無理です。私、荷物も背負ってますし、つま先しか乗れてませんからね?」
「やっぱりこれは無理があるよ。馬にしないかい?」
「それじゃ遅えんだよ……行くぞ」
「待って待って待って、心の準備が――」
ユウヤは聞かなかった。
足元の感覚へ意識を向ける。
すると、セグウェイは最初、すっと静かに前へ出た。
「……お?」
アルヴェルトが目を瞬く。
「本当に動くんだね!! でも、意外とまともじゃ――」
その瞬間だった。
ブォンッ!!
景色が、消し飛んだ。
「速ぇぇぇぇぇぇ!?」
ユウヤの叫びが上がる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アルヴェルトの悲鳴が重なった。
体感では、二百キロ近く出ているとしか思えなかった。
馬どころではない。
木々が残像になる。
道が線になる。
風景そのものが引き伸ばされ、視界の端から端へ一瞬で流れていく。
アルヴェルトが半泣きで叫ぶ。
「速い速い速い速い!! 何だこれぇぇぇぇ!?」
「俺に聞くなぁぁぁ!!」
ユウヤも叫ぶ。
思った以上どころではなかった。
前の自転車と比べても、明らかに頭がおかしい。
それでも、前方の風のシールドのおかげで息はできる。まともに風圧を受けていたら、今頃三人とも後方へ吹き飛ばされていただろう。
その一方で。
最後尾のレオルドだけは、なぜか平然としていた。
「なるほど」
落ち着いた声で呟く。
「こんなに速い乗り物があるのですね……」
「そんな感想で済む速度じゃない!!」
アルヴェルトが叫ぶ。
ユウヤも同意見だった。
というか、なぜそんなに落ち着いていられるのか本気で分からない。
セグウェイはさらに加速し続け、凄まじい勢いで街道を駆け抜ける。
途中、道の脇の草むらから猪みたいな魔物が飛び出した。
次の瞬間。
バンッ!!
何かにぶつかった音がした。
「おい!! 今、なんかぶつかったぞ!?」
ユウヤが叫ぶ。
「何か言いましたか!?」
後ろからレオルドの声が返る。
「風の音で全然聞こえねえ!!」
「こちらもです!!」
「風が煩くて会話もできないじゃないか!!」
アルヴェルトが泣きそうな声で割って入る。
だが、もう止まれない。
いや、止め方がよく分からない。
そのまま数時間ほど爆走を続けているうちに、遠くの景色の中に石造りの砦が見えてきた。
国境近くの砦だった。
ユウヤの目が見開かれる。
「おい、あれ国境の砦じゃねえか!?」
「本当にもう着いたのかい!?」
アルヴェルトが半泣きで叫ぶ。
「まだ、数時間くらいしか経ってないよ!?」
「とんでもねえ速度だな」
ユウヤはそう言いながら、ふと真顔になった。
「もうすぐ日が暮れちまう。砦も近いし、この辺で野営するぞ」
「うん、それはいいけど……」
アルヴェルトが顔を引きつらせる。
「なんで、止めないんだい?」
沈黙。
ユウヤの顔が固まった。
「……止め方が分かんねえ」
「え?」
「何故分からないんですか?」
「俺だって初めて乗ったんだよ!!」
砦はどんどん近づいてくる。
「やべぇ!! と、とりあえず――止まれ!!」
次の瞬間。
ガクンッ!!
セグウェイが急停止した。
「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
三人の身体が揃って前方へ吹き飛ぶ。
ユウヤが一番前に転がり、アルヴェルトがその上に突っ込み、最後にレオルドがまとめて突っ込んだ。
土煙が上がる。
しばらくして、地面に埋まりかけたユウヤが呻いた。
「……だからロクな旅になんねぇと思ったんだよ……」
アルヴェルトは顔面を土だらけにしながら震える。
「死ぬかと思ったよ!!」
レオルドだけが比較的平然と起き上がった。
「なるほど。停止時にも注意が必要なのですね」
「なんでてめえだけ毎回無傷なんだよ……」
ユウヤは痛む腰を押さえながら立ち上がる。
*
しばらく休んでから、三人は野営の準備に取りかかった。
レオルドが近くの水場から水を汲んでくる。
ユウヤが火を起こし、鍋に入れた水を煮沸する。
その様子を見ながら、アルヴェルトが不思議そうに言った。
「そのまま飲んじゃだめなのかい?」
ユウヤとレオルドが、ぴたりと同時に振り向く。
「「やめた方がいい」」
息ぴったりだった。
アルヴェルトが少し引く。
「え、何かあったのかい?」
ユウヤが苦い顔をした。
「ああ……前回、川の水飲んだだけで2人揃って腹下してな」
レオルドも真顔で頷く。
「思い出したくもないですね」
「じゃあ……それはやめておこう……」
鍋の中で、水が静かに沸き始める。
そこでユウヤは、ふと思い出したようにベルトへ視線を落とした。
「そういや、ヒーローシステム変更って、結局なんだったんだ?」
カン。
ベルトが乾いた音を鳴らす。
表示が浮かぶ。
『今回のアップグレードでヒーローシステムは一時的にアイドルシステムへと変更されました』
『アイドルシステムは、ファンを増やすほど強さを増し、ファン数が必要条件に達した時、ベルトがアップグレードされます』
ユウヤが眉をひそめる。
「……ファン?」
さらに表示が切り替わる。
『現在のマスクドブレイブファン数』
『6248人』
ユウヤの目が少し開く。
「おお……そんなにいるのかよ!?」
まさか、自分にファンがついてるとは思わず、少し照れくさくなる。
アルヴェルトが不思議そうに首を傾げる。
「何の話だい?」
「いや、何か……いや……六千人もいんのか……ちょっとすごくね?」
だが、次の瞬間。
表示がまた切り替わる。
『次回アップグレード条件』
『必要ファン数:100,000,000人』
沈黙。
ユウヤはしばらくその数字を見つめた。
一。
十。
百。
千。
万。
「……は?」
さらに指で数える。
「一十百……」
数秒後。
「一億!?」
叫び声が響いた。
アルヴェルトとレオルドが同時にびくっと肩を跳ねさせる。
「どうしたんだい!?」
「ユウヤ、何かありましたか!?」
ユウヤはしばらく口をぱくぱくさせていた。
一億。
何度見ても一億だった。
ベルトは何の感情もなく、その数字を表示し続けている。
「無理に決まってんじゃねえか!!!」
砦近くの森に、ユウヤの絶叫が木霊した。
1億人のファンを集めるまで、あの派手なアイドル衣装にクソみたいな名乗りと必殺技がついてまわる。
アルヴェルトとレオルドが、何が起きたのか分からないまま顔を見合わせる。
ユウヤは慌てて咳払いした。
「……悪ぃ。なんでもねえ」
「いや、絶対なんでもよくないよね?」
アルヴェルトが即座に突っ込む。
「かなり大変そうな雰囲気でしたが」
レオルドも真面目に言う。
「気のせいだ」
ユウヤは即答した。
だが、その目は完全に死んでいた。




