第123話「それぞれの戦場」
翌日。
ユウヤとレオルドは、ヴォルクハルトに呼ばれて騎士団本部へ向かっていた。
帝都の空は澄んでいた。
昨日まで竜の咆哮と爆炎に揺れていたとは思えないほど静かで、だからこそ街のあちこちに残る傷跡がやけに目につく。
だが、街は止まっていなかった。
騎士も市民も、もう次へ進み始めている。
「なんで朝っぱらから呼び出すんだよ……」
ユウヤが露骨に嫌そうな顔でぼやく。
その横で、レオルドは相変わらず真面目な顔だった。
「大事な話なのでしょう」
「大事じゃない話であってほしい」
「恐らく無理ですね」
「だろうな」
やがて二人は、騎士総長室へ通された。
部屋の中では、ヴォルクハルトが机の前に立っていた。鎧はまだ傷だらけのままだが、その目には昨日までとは違う強い意志が宿っている。
ユウヤは入るなり、面倒くさそうに口を開いた。
「で、何の話だよ」
ヴォルクハルトはすぐには答えなかった。
しばらく二人を見てから、低く告げる。
「まずは礼を言わせてもらう」
ユウヤが眉をひそめる。
「またそれか?」
「まただ」
ヴォルクハルトは一切ぶれずに続けた。
「帝国騎士団を代表して感謝する」
部屋が静まる。
ユウヤは頭を掻いた。
「大げさだな」
「お前たちがいなければ、帝国は終わっていた」
即答だった。
レオルドも静かに首を振る。
「見習い帝国騎士として当然のことをしたまでです」
「まあ、そういうこった」
「真似しないでくださいよ」
「ちゃちゃ入れんじゃねえよ!」
ヴォルクハルトの口元がわずかに緩む。
だが、それもすぐ消えた。
「では、本題に入る」
その一言で空気が変わる。
ヴォルクハルトは机の上の書類を手に取った。
「お前が地下研究所から持ち帰った資料。それを元に、騎士団で徹底的に調査した」
「結果――宰相本人が蛇架と繋がっていた」
レオルドの表情が変わる。
ユウヤも、さすがに軽口を挟まなかった。
ヴォルクハルトは淡々と続ける。
「魔人化騎士。隔離施設。研究資金。帝国内部への浸透。全てに宰相の影があった」
「派閥の一部が暴走したわけではない。最初から、帝国の実質的な最高権力者が敵側だったということだ」
ユウヤが低く吐き捨てる。
「……終わってんな」
「そうだ」
ヴォルクハルトは否定しない。
「今回の件は、帝国の敗北だ」
その声音には、言い訳も責任転嫁もなかった。
「騎士団は止められなかった。内部に薬を広められ、隔離施設からの脱走も許し、竜の魔王まで出された」
「守るべき国を、守り切れなかった……私はその責任を取らねばならない」
ユウヤが腕を組んでヴォルクハルトを見る。
「責任取って辞めるのか?」
だが、ヴォルクハルトは即座に首を横に振った。
「違う」
その返答に迷いはなかった。
「逃げるつもりはない。私は……この国を変える」
レオルドが静かに問う。
「……どうするつもりなのですか?」
ヴォルクハルトは答えた。
「既に動いている」
書類を机へ置く。
「皇族の血を引く人物がいる。能力も高く、民からの評判も良い。だが、長年表舞台から遠ざけられてきた」
「宰相によってな」
ユウヤが目を細める。
「そいつを担ぎ上げるってことか」
「ああ」
ヴォルクハルトははっきり頷いた。
「私は帝国騎士団を率いて、帝国を正す」
必要なら武力も辞さない。
そう言外に示すだけで十分だった。
レオルドが真顔で言う。
「私達も力を貸しましょうか」
だが、ヴォルクハルトは首を横に振る。
「不要だ。帝国は我々が守る」
その一言に、騎士総長としての矜持が込められていた。
ヴォルクハルトは二人を見る。
「お前達には、お前達の戦うべき場所があるはずだ」
ユウヤは黙っていた。
王国側は、まだ何一つ終わっていない。
匿われているルークとリア。
蛇架の後ろ盾を得て、反逆を起こしたセドリック。
そして王国へ戻り、事態を収めなければならないアルヴェルト。
問題は山積みだ。
ヴォルクハルトが静かに言う。
「急げ」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
ユウヤは少しだけ視線を逸らし、ぼそりと呟く。
「……悪ぃな」
ヴォルクハルトが目を細める。
「最後まで付き合ってやれなくて」
レオルドも、隣で静かに頭を下げた。
ヴォルクハルトはしばらく二人を見つめ、やがて低く返す。
「十分すぎるほど助けられた」
さらに続ける。
「王国に何かあれば、その時は帝国騎士団が力を貸そう。今度は我々が恩を返す番だ」
ユウヤは鼻を鳴らした。
「その時は遠慮なく使ってやるよ」
「そうしろ」
それで話は終わった。
だが、空気は決して悪くなかった。
*
本部を出ると、廊下の先で妙に見覚えのある連中が待っていた。
第五騎士団だった。
「ボス!!」
「いなくなっちゃうんですか!?」
「マジで!?」
「寂しいんですけど!!」
ユウヤが露骨に嫌そうな顔をする。
「何でお前らがここにいんだよ」
「見送りっす!!」
「ベルグ隊長が、またなって伝えといてくれって!」
「また会いましょうね!!」
少しだけ、空気がしんみりしかけた。
――が。
「……あの歌と踊り見たいっす!!」
その一言で全部壊れた。
ユウヤのこめかみがぴくりと動く。
「ヒーロー!!」
「ヒーロー!!」
「ヒーロー!!」
「二度とやるかぁぁぁぁぁ!!」
第五の連中が一斉に飛び退く。
「殺される!!」
「ボスが本気で怒ってる!!」
「でも、よかったっすよ!!」
「黙れ!!」
レオルドが真面目な顔で頷く。
「次は私も混ぜて貰えますか?」
「お前も黙れ」
最後まで騒がしかった。
だが、それが妙に第五らしかった。
*
二人はそのままアルヴェルトの酒場へ向かった。
店の前では、すでに出発の準備が進んでいる。荷物をまとめたアルヴェルトが、二人を見るなり苦笑した。
「大変だったね。帝都中が君たちの話でもちきりだったよ」
「マジかよ……」
「よかったと言っていいのか分からないけれど、帝国は戦争どころではなくなったね……」
「ヴォルクハルトの話では、いい方向に変わると思うぜ。王国に何かあったら騎士団が駆けつけてくれるってよ」
「昨日の竜の騒ぎといい、帝国は君たちに救われたみたいだね。帰りにでも教えてくれ」
「ああ、そのつもりだ」
「馬は手配してある。いつでも出られるよ」
「助かる」
ユウヤが短く返すと、レオルドがふと思い出したように首を傾げた。
「そういえば、ミレナさんには伝えたんですか?」
アルヴェルトは少しだけ遠い目をした。
「ああ。凄く悲しまれたよ……せっかくの男手がいなくなったってね……」
レオルドは真顔で頷く。
「労働力としてしか見られてなかったんですね」
「うるさいよ!!」
アルヴェルトが即座にツッコむ。
その横でユウヤが鼻で笑った。
「まあ、間違ってねえだろ」
「君まで乗るのやめてくれるかな!?」
レオルドは静かに頷く。
「では、すぐに出発ですね」
だが、そこでユウヤが馬を見て顔をしかめた。
「……いや、待て」
「ん?」
「急ぐにしても、馬じゃ一ヶ月以上かかっちまうぞ」
アルヴェルトが腕を組む。
「それはそうだけど、他に手があるのかい?」
ユウヤも腕を組んだ。
少し考える。
「……とはいえ、自転車に三人はさすがにキツいよな」
その時だった。
腰のベルトが、乾いた音を鳴らす。
カン。
『漆黒鋼機動輪はアップグレードで他の乗り物に変更されました』
ユウヤの目が見開かれる。
「マジか!?」
アルヴェルトが首を傾げる。
「何か手を思いついたのかい?」
ユウヤの顔が少しだけ明るくなる。
「まさか車とか……!」
表示が切り替わる。
『アイドルモビリティを召喚しますか?』
沈黙。
ユウヤの顔が引きつった。
「……アイドルモビリティ? やな予感しかしねぇな……」
だが、他に選択肢もない。
これまで一輪車から自転車へと地味に進化を遂げてきた。
少しの期待と共にユウヤはベルトへ手をやる。
「仕方ねぇ……アイドルモビリティ召喚だ」
次の瞬間、白い光が地面へ広がった。
アルヴェルトが少し身を乗り出す。
レオルドも真顔で見守る。
そして、光の中から姿を現したのは――
「……えっ……なんでキックボード……? いや、これセグウェイじゃねえか!!!」
絶叫が響いた。
そこにあったのは、セグウェイだった。
しかも無駄に白くて、ちょっとキラキラしていた。
アルヴェルトが固まる。
「……え?」
レオルドが不思議そうに眺める。
「自転車ではないのですね」
ユウヤは頭を抱えた。
「どうやって三人乗るんだよこれ!!」
アルヴェルトは恐る恐るセグウェイを指差した。
「これは……馬に繋いだりするのかい?」
「しねぇよ!!」
アルヴェルトがますます困惑する。
「いや、意味が分からないんだけど……」
レオルドが少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「わかりました! 二人をここに乗せて、一人が引っ張るんですよ!!」
「んなわけねえだろ!!」
ユウヤのツッコミが飛ぶ。
レオルドは真面目な顔のままだった。
「違うのですか?」
「違うわ!! 何でわざわざ人力でセグウェイ運用すんだよ!!」
沈黙。
三人でセグウェイを見る。
セグウェイも何も言わない。
しばらくして、ユウヤがぽつりと呟いた。
「……めちゃくちゃ詰めりゃ、行けねえ事はねえか……」
アルヴェルトが恐る恐る聞く。
「まさか……3人でここに乗ると?」
「他に案あるか?」
「いや、それ本当に馬より速いのかい?」
「ああ、今までの経験上こいつが速えのは間違いない」
もう時間はない。
帝国は帝国騎士団へ託した。
そしてユウヤたちは、王国へ向かわなければならない。
その第一歩が、まさか三人乗りセグウェイになるとは誰も思っていなかった。
ユウヤはセグウェイを睨みつけながら、深くため息を吐く。
「……絶対ロクな旅になんねぇだろ、これ」




