第122話「夜明け前」
夜明け前の帝都は、戦いの熱をまだわずかに残していた。
空は深い藍色から、ゆっくりと白み始めている。
崩れた石壁。
抉れた石畳。
ところどころに残る焦げ跡。
竜の魔王との戦いがどれだけ激しかったのかは、もう誰に説明する必要もなかった。
その中を、ユウヤは一人で歩いていた。
変身はすでに解いている。
派手すぎる白金の衣装も、眩しい炎ももうない。
だが、頭の中には、あの最悪のライブの記憶だけがしっかり残っていた。
「……クソが」
思い出しただけで死にたくなる。
その時だった。
少し離れた場所で瓦礫の撤去をしていた第五騎士団の一人が、ユウヤを見つけて目を見開く。
「ボスだ!!」
その一声で、近くにいた第五の連中が一斉に振り向いた。
「ボス!?」
「生きてた!!」
「よかったぁぁ!!」
ぞろぞろと第五騎士団の面々が駆け寄ってくる。
全員、傷だらけではあるが、表情は妙に明るかった。
どうやら本気で心配はしていたらしい。
「大丈夫だったんすか!?」
「どこ行ってたんです!?」
「いやぁ、マジで心配しましたよ!!」
「うるせぇな……ちょっと野暮用だよ」
ユウヤが面倒くさそうに答える。
だが、安心した空気は長く続かなかった。
一人が、何かを思い出したように目を輝かせる。
「そういやボス、さっきの格好……」
沈黙。
次の瞬間、別の一人が顔を輝かせた。
「めちゃくちゃカッコよかったっす!!」
「は?」
ユウヤの目つきが一気に死んだ。
「いや、マジで!!」
「白いやつ、キラキラしててすげぇ目立ってました!」
「歌も良かったっす!!」
「もう一回聞きたいっす!!」
「ヒーロー!!」
「「「ヒーロー!!」」」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ユウヤがついにブチ切れた。
第五の連中が一斉に飛び退く。
「てめえらさっきのは忘れろ!!」
「いや、ボスが……」
「言うなぁぁぁ!!」
ユウヤは頭を抱えた。
「思い出させんな!! 本気で殺すぞ!!」
第五の連中はぴたりと口を閉じた。
だが、それでも肩は震えている。
笑いを堪えているのが見え見えだった。
「……後で覚えてろ」
低く睨みつけた、その時だった。
「無事だったんですね」
聞き慣れた真面目な声が、横から割って入る。
振り向くと、レオルドがこちらへ歩いてきていた。
服のあちこちに裂け目があり、肩には包帯まで巻かれている。
だが、その顔色は思ったより悪くない。
ユウヤは小さく息を吐いた。
「お前も無事そうだな」
「はい。かなり痛いですが、生きています」
「そりゃ何よりだ」
レオルドはそこで首を傾げる。
「どこに行っていたんですか?」
ユウヤは少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、後始末だな」
「そうですか……」
レオルドはそれ以上は聞かなかった。
だが、その目つきで、何となく察してはいるのだと分かる。
その時、少し離れた場所から呻き声が聞こえた。
そちらを見れば、崩れた建物の前で治癒魔術師たちが負傷者を治療している。
担架で運ばれる騎士。
泣きながら家族の無事を確かめる市民。
壊れた家の前で呆然と立ち尽くす者もいれば、もう瓦礫を片付け始めている者もいた。
帝都は、確かに傷ついていた。
竜の魔王が暴れた爪痕は大きい。
失われたものも少なくない。
だが――
「ありがとう、騎士様……!」
「助かりました……本当に……!」
「帝都を守ってくれて……!」
そんな声も、あちこちから聞こえていた。
騎士たちは疲れ切った顔をしながらも、誰も立ち止まってはいない。
崩れた壁を支え、負傷者を運び、泣く子供を安心させる。
市民たちもまた、壊れた街を前にして、ただ絶望しているわけではなかった。
誰かが瓦礫を持ち上げる。
誰かが水を運ぶ。
誰かが毛布を配る。
戦いは終わった。
そして帝都は、ちゃんと守られたのだ。
ユウヤはその光景をしばらく黙って見つめていた。
「……帝国も悪くねぇな」
「ええ」
レオルドも静かに頷く。
「良い国です」
その時だった。
重い足音が近づいてきた。
振り向くと、ヴォルクハルトが立っていた。
鎧は傷だらけで、顔にも疲労が色濃く残っている。
だが、その背筋は相変わらず真っ直ぐだった。
第五の連中が慌てて姿勢を正す。
レオルドも軽く会釈する。
ユウヤだけは、少し面倒くさそうに目を細めた。
ヴォルクハルトは二人を見た。
しばしの沈黙。
それから、短く言う。
「感謝する」
それだけだった。
余計な飾りはない。
だが、その一言には十分すぎる重みがあった。
ユウヤは鼻を鳴らす。
「別に、礼を言われるようなことでもねえよ」
「そんなことはない」
ヴォルクハルトは静かに頷く。
「帝国騎士団を代表して礼を言おう」
その目は真っ直ぐだった。
「お前達がいなければ、帝都は滅んでいた」
短い言葉だった。
だが、それは事実だった。
魔人化した騎士団。
竜の魔王。
あの夜、ユウヤとレオルドがいなければ、帝国は終わっていた。
ヴォルクハルトは続ける。
「帝国だけではない。世界そのものが滅んでいたかもしれん」
ユウヤは少しだけ肩をすくめた。
「大げさだな」
「事実だ」
即答だった。
その重さに、さすがのユウヤも何も返さなかった。
やがてヴォルクハルトの表情が引き締まる。
「話がある」
ユウヤが露骨に嫌そうな顔をした。
「面倒くせぇ話か?」
「面倒ではあるだろうな」
ヴォルクハルトはあっさり認めた。
「明日、時間をもらえるか」
ユウヤは眉をひそめる。
「何の用だよ」
ヴォルクハルトはわずかに視線を帝都の方へ向けた。
夜明け前の街。
壊れながらも立ち上がろうとしている帝都を、静かに見つめる。
それから、低く告げた。
「帝国の未来についてだ」
夜明けが近い。
だが、本当に大きな話は、まだこれから始まろうとしていた。




