第121話「白金の炎」
帝都から少し離れた夜道に、白金の炎が静かに揺れていた。
背後から迫る気配に、メルキオは足を止める。
勝利の歓声は、もうここまでは届かない。あるのは夜風と、焼けた土の匂いだけだった。
「……まさか、竜の魔王を撃破した直後に、わざわざ私を追ってくるとは思いませんでした」
ゆっくりと振り向いたメルキオの前に、ユウヤが立っていた。
白を基調とした派手すぎる衣装に、金の装飾。どう見てもまともな格好ではない。だが、その全身に揺れる白金の炎だけは、一切の冗談を許さなかった。
「当然だろ?」
ユウヤは鼻で笑った。
「お前だけは、生かして帰す気がねえからな」
その言葉に、メルキオの目が細くなる。
「私に恨みでも?」
「あるに決まってんだろ」
即答だった。
ユウヤの声は低い。
怒鳴ってはいない。だが、その分だけ余計に冷たかった。
「お前がゴブリンキングを使ってグレンとパルマを襲わせたせいで、俺は死にかけた」
白金の炎が、わずかに揺れる。
「お前が魔人を使って王都を襲わせたせいで、俺が借金までして建てた店が潰れた」
一歩。
また一歩。
ユウヤが詰めるたびに、メルキオがじり、と後退する。
「そういや――」
ユウヤの口元が、わずかに吊り上がった。
「俺を解剖しようとしてやがったよなぁ……?」
メルキオの頬が引きつる。
ユウヤは中指を立てた。
「よって――死刑だ」
夜気が張り詰めた。
数秒の沈黙のあと、メルキオが口元を歪める。
「……私なら一人でも倒せるとでも?」
「いつも隠れて逃げる卑怯者のくせに、強がんなよ」
その一言で、メルキオの顔から笑みが消えた。
「……これでも第4席なのですよ。仕方ありません。本当の力をお見せしましょう」
次の瞬間、メルキオの身体から瘴気が噴き上がった。
青白かった肌が赤黒く変色し、筋肉がぶくりと膨れ上がる。骨が軋み、背が伸び、白衣が内側から裂けた。額を割るように二本の角が生え、口元からは獣じみた牙が覗く。
一瞬で、人間の輪郭は崩れた。
そこに立っていたのは、巨大化した異形だった。
「……この姿は理性が利かないからな。嫌いなんだよ」
声音まで変わっていた。
低く、濁り、獣の唸り声のように響く。
ユウヤはその姿を見上げ、呆れたように言う。
「宇宙の帝王みてえな変身しやがって……まさか、あと二回変身残してんじゃねえだろうな?」
「貴様はいったい何を言ってる?」
「無いなら俺でも倒せそうだ」
言い終わる前に、二人は同時に地を蹴っていた。
轟音。
メルキオの拳が唸りを上げて迫る。
ユウヤは半身でそれを外し、白金の炎を纏った拳を脇腹へ叩き込んだ。
鈍い音。
だが、メルキオも止まらない。打たれながら肘を振り抜き、ユウヤの顎を狙う。ユウヤは腕で受け、そのまま膝を腹へ突き上げた。夜道の空気が爆ぜ、足元の石が砕け散る。
それなりに、互角だった。
純粋な身体能力だけなら今のユウヤが上だ。
だが、巨大化したメルキオは瘴気で肉体を無理やり補強し、異常な膂力と耐久で食らいついてくる。拳と拳がぶつかるたび、白金の炎と黒い瘴気が散り、周囲の木々を薙ぎ倒した。
「はっ……頭でっかちのくせに、やるじゃねえか」
「研究者を舐めるな」
メルキオが牙を剥く。
次の瞬間、太い腕が横薙ぎに振るわれる。ユウヤはしゃがんでかわし、そのまま踏み込んで鳩尾へ打ち込む。だがメルキオも、反対の拳を振り下ろしてくる。ユウヤは肩で受け流し、後ろへ飛んだ。
互いに距離を取る。
「やはり、貴様は組織にとっての一番の障害だ」
「そりゃどうも」
「だが、これで貴様も終わりだ」
メルキオが両腕を前へ突き出した。
その掌に、黒い光が集まり始める。
瘴気が渦を巻き、地面の草木が触れるだけで腐り落ちていく。周囲の空気そのものが濁り、夜道がどろりと歪んだ。
「何をする気だ……」
ユウヤが眉をひそめた、その瞬間。
腰のベルトが乾いた音を鳴らした。
カン。
『キラキラブレイブビームの使用を推奨します』
「なんだそれ」
思わず真顔になる。
『キラキラブレイブビームの使用を推奨します』
「またふざけた名前だな」
『推奨します』
「押しが強ぇ……!」
その間にも、メルキオの両腕へ集まる黒い光は膨れ上がっていく。
「消えろ」
メルキオが低く唸る。
「魔瘴術――冥濁滅光」
放たれた。
黒い奔流が、夜道を丸ごと飲み込む勢いで一直線に走る。触れた木々が腐り、石が溶け、地面そのものが抉れて崩れていった。
ユウヤは右手を前へ突き出す。
「知らねえが……やるしかねえか」
白金の炎が一気に収束した。
「いくぜ……キラキラブレイブビーム」
言った瞬間、自分で死にたくなった。
だが次の瞬間、白と金の奔流が砲撃のように放たれた。
轟音。
二つの光が真正面からぶつかり合う。
黒い瘴気と、白金の輝き。
夜道が震え、周囲の空気が悲鳴を上げる。
拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
メルキオの顔色が変わる。
「なっ……!?」
黒い奔流が、押し返されていた。
いや、それだけではない。
白金の光に触れた部分から、瘴気そのものが削り取られていく。飲み込まれるのではない。音もなく、浄化されるように、黒い光が消えていくのだ。
「な、何だこれは!?」
メルキオの声が裏返る。
「魔瘴術が消えていく……なんなんだその魔法は!?」
ユウヤは白金の光を押し込みながら、低く言った。
「俺もよく知らねえよ」
さらに出力が増す。
「だが、悪くねぇ」
「ば、馬鹿な……!」
メルキオが必死に瘴気を注ぎ込む。
だが間に合わない。
白金の奔流が、黒い光を完全に飲み込んだ。
「があああああっ!?」
メルキオの身体が白金の光に呑まれる。
巨大化した腕が砕け、角が焼け、全身から瘴気が剥がれ落ちていく。肉体の輪郭そのものが崩れ、白い粒子へと変わっていった。
「や、やめ――」
最後まで言い切ることはできなかった。
白金のビームは、そのままメルキオの存在ごと貫いた。
轟音が遅れて響く。
光が消えた時、そこには何も残っていなかった。
焦げた地面。
一直線に抉れた夜道。
そして、風に溶けるように消えていく僅かな白い残滓だけ。
ユウヤはしばらく無言でその場を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……終わりか」
夜風が吹く。
白金の炎が、静かに揺れた。
「ちっ……思ったよりスッキリしねぇな……」
それからユウヤは踵を返し、帝都の方へ歩き出す。
派手すぎる衣装の裾が、夜道に揺れた。




