第120話「逃がさねえ」
「今度は私が終わらせます」
レオルドの呟きは、戦場の喧騒の中でも不思議とはっきり響いた。
次の瞬間、白金の光に底上げされた緑の闘気が爆発する。レオルドの姿は一閃の光と化し、仰け反った巨竜の首元へ再び斬り込んだ。
今度は違う。
剣が深く入る。
硬く閉ざされていた鱗を斬り裂き、その下の肉まで断ち割る。赤黒い血が噴き上がり、巨竜が苦悶の咆哮を上げた。
「よし!! 今だ!! 傷口へ集中しろ!!」
ライナーの怒声が飛ぶ。
第三騎士団が即座に動いた。レオルドが作った傷口へ向けて、一斉に斬撃を叩き込む。浅い。だが浅くていい。重ねれば通る。その確信が、今の騎士たちにはあった。
「第四騎士団!! 行くわよ!!」
イルゼが杖を振り上げる。
光槍、氷槍、風刃。白金の加護を受けた魔法が、先ほどまでとは別物のような威力で夜空を切り裂いた。狙いは首元と翼。逃がさない。再び飛び上がらせない。その意志が、魔法の軌道にはっきり宿っていた。
グレゴールは第二騎士団を率い、前脚へ食らいつく。
「押し込め!! 脚を殺せ!!」
大盾が並ぶ。重装騎士たちが歯を食いしばり、巨体の片脚へ体重ごとぶつかった。踏み潰されそうになりながらも、誰も離れない。前脚の動きが鈍った瞬間を、ヴォルクハルトは見逃さなかった。
「そこだ」
大剣が唸る。
深い一撃が、前脚の関節へ食い込んだ。
「がははっ!! 最高だ!! 力が湧き出てきやがる!!」
ベルグは楽しそうに笑いながら、真正面から竜の顎へ拳を叩き込み続けている。吹き飛ばされてもすぐ戻り、また殴る。その馬鹿みたいな執念が、今は確実に巨竜を苛立たせていた。
一方その頃、広場中央のステージでは。
ユウヤが死んだ目でマイクを握っていた。
「キミの願い、ぜんぶ受け止めるっ♪
このボクが明日へ連れてくよっ♪」
「「「「ボース!!」」」」
(おぇぇぇ、マジで死にてえ……)
第五騎士団だけが異様な熱量で拳を突き上げている。
「ボスー!! 最高っす!!」
「もっとです!!」
「これが俺たちのボスだ!!」
(こいつら絶対後で殺す)
だが、その殺意すら無駄にならないのが最悪だった。
『敵意・羞恥・殺意を出力へ変換』
『ブレイブLIVE出力上昇』
(そんな変換すんな!!)
ユウヤの内心の絶叫とは裏腹に、白金色の光はさらに強まっていく。騎士たちの武器がより強く輝き、魔法陣はさらに濃くなった。
巨竜も反撃に出る。
爪が振り下ろされ、尾が唸り、喉奥で赤黒い光が脈打つ。何度も騎士たちが吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。だが、今は違った。折れない。誰も退かない。踏みとどまれる。立ち上がれる。
それは白金の光が与える加護であり、同時に、ここまで耐え抜いた帝国騎士たち自身の意地でもあった。
ヴォルクハルトが前へ出る。
血で濡れた鎧も、砕けかけた大剣も、その歩みを止めなかった。
「帝国は我らの手で守る!!」
広場に響く、鋼のような声。
「帝国騎士の意地を見せろ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
返る咆哮は、もはや恐怖ではなかった。
ヴォルクハルトが竜の正面へ飛び込み、その一撃で視線を引きつける。グレゴールが下から押し上げ、ベルグが顔面を殴り飛ばし、イルゼの魔法が翼を縫い止める。ライナーが戦場全体へ視線を走らせ、最も効率のいい位置へ仲間を送り込んでいく。
その全てを見ながら、レオルドは一度だけ剣を握り直した。
曾祖父。
人類史上最強と呼ばれた勇者。
世界を滅ぼしかけた竜種の魔王を、命と引き換えに討ち倒した英雄。
その血を自分は引いている。
だが――
レオルドは、静かに目を細めた。
「貴方は一人で戦った」
小さな呟きは、誰にも届かない。
「ですが、私は違います」
その背後では、帝国騎士団が戦っている。ユウヤは歌と踊りで力を与えながら、全員を支えている。
一人ではない。
だからこそ、ここで終わらせられる。
「これで決着です」
緑の闘気が、さらに膨れ上がる。
次の瞬間、レオルドは真っ直ぐに竜の首元へ跳んだ。
白金の加護を纏った最後の斬撃が、深々と傷口へ叩き込まれる。
同時に。
ヴォルクハルトの大剣。
ベルグの拳。
グレゴールの重撃。
ライナーの号令で放たれた第三騎士団の斬撃。
イルゼ率いる第四騎士団の一斉魔法。
そして、広場中の騎士たち全員の総攻撃が、一つの傷口へ集中した。
巨竜が絶叫する。
地面が揺れるほどの咆哮だった。
だが、もう止まらない。
傷は裂け、鱗は砕け、白金と緑の光がその巨体を穿つ。
やがて。
巨竜の首が大きく仰け反り、膝から崩れた。
巨体が傾く。
誰もが息を止める。
そして次の瞬間、世界を震わせるような轟音と共に、竜の魔王は地に伏した。
もう、動かない。
広場を支配していた圧が、ふっと消える。
数秒の沈黙のあと。
「……勝った」
誰かが呟いた。
それを合図にしたように、歓声が爆発した。
「やったぞ!!」
「倒した!!」
「帝都を守ったんだ!!」
騎士たちが武器を掲げる。傷だらけの顔に、疲労と安堵と誇りが浮かんでいた。
ヴォルクハルトは大きく息を吐き、レオルドは剣を下ろす。イルゼはその場にへたり込み、ベルグは豪快に笑い、グレゴールは無言で盾へ額を預けた。
絶体絶命の状況から帝都は守られた。
誰一人かけてもこの結果にはならなかった。
「……あれ?」
第五騎士団の一人が、きょろきょろと辺りを見回した。
「ボスは?」
その一言で、数人がステージのあった場所を見る。
だが、もうそこには何もなかった。
巨大ステージは消えている。照明も紙吹雪も、あの忌々しいマイクすら影も形もない。
「……ほんとだ」
「いつ消えた?」
「ボス、さっきまで歌ってませんでした?」
ライナーが顔を上げる。
レオルドも周囲を見渡した。
ヴォルクハルトでさえ、いつ消えたのか把握していなかった。
誰も気づかなかった。
勝利の瞬間、あまりにも多くの視線が巨竜へ向いていたからだ。
*
帝都から少し離れた夜道を、メルキオは無言で歩いていた。
背後で起きたことは、振り返らなくても分かる。
伝説の竜の魔王の気配が消えた。
つまり、倒されたのだ。
「……予想以上でした」
静かな声で呟く。
レオルド・フォン・アルヴェイン。
確かに凄まじい力を持つ男だった。勇者の血を色濃く継ぐ存在として、危険視する理由は十分にあった。だが、あれはまだ理解できる力だ。強い。だが、理屈の外にはいない。
想定内だった。
想定外だったのは――
マスクドブレイブ。
あの白金の光。謎の属性。味方全体の魔力と闘気を底上げした謎の力。あの場で戦況をひっくり返した、理解不能の化け物。
「本当の脅威は……」
そこまで呟いた、その時だった。
「おい」
背後から、低い声。
メルキオが振り向く。
白い光が、夜の道へ静かに降り立っていた。
そこに立っていたのは、ユウヤだった。
白金の炎を揺らしながら、じっとメルキオを見据えている。
「何処に行く気だ」
その声に、さすがのメルキオも表情を変えた。
ユウヤは一歩前へ出る。
「前は逃げられたからな」
さらに一歩。
「今回は逃がさねぇ」
メルキオの顔から、初めて余裕が消えた。
逃げられない。
そう理解したからだ。




