第119話「反撃のLIVE」
『ブレイブLIVEを開始します』
その無慈悲な宣告と同時に、広場の中央へせり上がった巨大ステージが一斉に輝き始めた。
無駄に豪華な照明。
意味もなく舞い散る紙吹雪。
やたら神々しく立っている一本のマイク。
そして、そのど真ん中に立たされているのは、当然ユウヤだった。
上空では、巨竜が大きく旋回しながら喉奥へ赤黒い光を溜め続けている。今にも次のブレスが落ちてくる。戦場としては最悪の状況だ。
だが、そんなことはお構いなしに、軽快すぎる前奏が夜の帝都へ響き渡った。
(やめろ……! やめろぉぉぉぉぉ!!)
心の中では全力で叫んでいる。
だが、身体はぴくりとも逆らわない。
足は勝手にステップを踏み、片手はマイクを握り、もう片方の手は妙に慣れた動きで客席――もとい広場の騎士たちへ向かって伸びていく。
(なんでそんな動き知ってんだよ俺の身体……!)
そして、口が勝手に開いた。
「僕はみんなのヒーロー♪」
第五騎士団が、待ってましたとばかりに拳を突き上げる。
「「「「ヒーロー!!」」」」
(コールアンドレスポンスすんじゃねえ!!)
ユウヤの心のツッコミなどお構いなしに、歌は続く。
「闇に震える夜だって♪
キラキラ笑顔で救うよっ♪」
「「「「救うよー!!」」」」
(合いの手が完璧すぎるだろ!!)
ベルグはすでに腹を抱えて笑っていた。
「がははははは!! 最高だ!! 最高だぞボス!!」
ライナーは頭を抱えたくなる衝動を必死に堪えている顔だった。
「何なんだこれは……本当に何なんだ……」
イルゼは呆れたように息を吐いたが、次の瞬間、その目つきが変わる。
「……ちょっと待って。これ、ただの悪ふざけじゃない」
ステージから溢れ出した白金色の光が、波紋のように広場全体へ広がっていた。
柔らかな輝きだった。
だが、その中にいる騎士たちはすぐに異変に気づく。
剣が軽い。
闘気が増している。
魔力の流れが明らかに良くなっている。
何より、竜の瘴気に押されていた感覚が薄れていた。
ヴォルクハルトが大剣を握り直し、目を細める。
「闘気が……溢れてくる」
グレゴールは大盾を持ち上げ、驚いたように眉を上げた。
「何だ、この力は……!?」
レオルドだけは、やはり真面目な顔で納得していた。
「歌による全体強化ですね。合理的です」
(合理的で済ませるな!!)
だが、そのツッコミは声にならない。
ユウヤの口は、さらに痛々しい歌詞を紡ぎ続ける。
「愛と勇気をメガ盛りで♪
ハートに希望をチャージするっ♪」
「「「「チャージ!!」」」」
(何をチャージしてんだお前ら!!)
白金色の粒子が、騎士たちの武器へ、鎧へ、身体へと降り注いでいく。
剣には聖なる光が宿り、槍は星のように白く煌めいた。第四騎士団の魔法騎士たちが展開する魔法陣も、今までとは比べものにならないほど鮮明になっている。
そして、その変化は上空の竜にも伝わった。
巨竜が低く唸る。
明らかに警戒していた。
「来るぞ!!」
ヴォルクハルトが叫ぶ。
上空で竜が口を開く。
再び赤黒い奔流を吐き出そうとした、その瞬間だった。
レオルドが地を蹴る。
いや、もはや跳躍というより飛翔だった。
白金色の光をまとった緑の閃光が、一直線に夜空を駆け上がる。
「止めます!!」
次の瞬間、レオルドの斬撃が竜の頭部へ叩き込まれた。
金属を打ち鳴らしたような高い音が響き、巨竜の首がわずかに跳ねる。ブレスの照準が大きくぶれ、赤黒い光が夜空へ散った。
「今だ!!」
ライナーが叫ぶ。
イルゼが即座に反応する。
「第四!! 翼を狙いなさい!! あれを落とすわよ!!」
一斉に魔法陣が展開された。
無数の光槍。
氷槍。
風刃。
強化された第四騎士団の魔法が、夜空へと突き刺さる。
最初の一撃で翼膜が裂ける。
二撃目で大きく抉れる。
三撃目、四撃目と重なり、ついに片翼のバランスが崩れた。
巨竜が空中で大きく揺れる。
「もっと撃ち込みなさい!!」
イルゼの怒声と共に、さらに魔法が叩き込まれる。
耐えきれなかった。
巨竜の巨体が、ぐらりと傾く。
「落ちるぞ!!」
誰かの叫びの直後、竜が轟音と共に広場へ墜落した。
石畳が砕け、衝撃波が四方へ走る。
瓦礫が跳ね、広場全体が揺れた。
その瞬間、ヴォルクハルトが大剣を振り上げる。
「総員、総攻撃!!」
待っていたように、全員が動いた。
ヴォルクハルトの大剣が前脚へ深く食い込む。
グレゴールの重撃が胴を揺らし、ベルグの拳が顎を跳ね上げる。
ライナー率いる第三が死角から斬り込み、イルゼの魔法が傷口へ突き刺さる。
今まで押されるだけだった騎士団の総攻撃が、初めて明確に竜を押し始めていた。
その中心で、ユウヤの地獄はなおも続く。
「白金ステージ舞い降りた♪
君だけの推しのヒーローっ♪」
「「「「ヒーロー!!」」」」
(黙って攻撃してろよ!!!)
第五のノリは最高潮だった。
ザックまで拳を振り上げ、完全にライブ会場の客と化している。
「ボス最高!!」
「もう一曲いけます!!」
「アンコール!!」
(ふざけるな!! 後で全員殺す!!)
だが、その恨み言すら白金色の光となって戦場へ広がっていくのだから、もはやどうしようもなかった。
『会場の盛り上がりを確認しました』
『ブレイブLIVE出力上昇』
(上がるな!! そんなもん!!)
『第五騎士団の熱量を高く評価します』
(評価すんな!!)
だが、その熱量のおかげで出力が上がっているのも事実だった。
白金色の光がさらに強く広がる。
騎士たちの剣筋は鋭くなり、魔法の出力もさらに増す。今までなら弾かれていた攻撃が、今は確かな手応えとして竜へ届いていた。
レオルドが再び跳ぶ。
白金色の輝きをまとった緑の斬撃が、竜の首筋へ深く食い込んだ。
「今です!!」
その声に応じるように、ヴォルクハルトとベルグが同時に叩き込む。
大剣と拳が重なり、ついに巨竜の巨体が大きく仰け反った。
「押してる……!」
イルゼが息を呑む。
その光景を見た騎士たちの目に、初めてはっきりと希望が灯る。
「行けるぞ!!」
「今なら押し切れる!!」
「畳みかけろ!!」
絶望に支配されていた広場へ、ようやく反撃の形が戻ってきた。
その中心で、ユウヤだけが死んだ目でマイクを握っている。
「キミの声援、全部ちょうだいっ♪
ときめき無限に響かせてっ♪」
「「「「ボース!! ボース!!」」」」
(だからこっち見んじゃねえ!!)
白金色の光は、なおも夜空へ広がり続ける。
そして巨竜は、初めて明確に後退した。
石畳を削りながら、その巨体が半歩、確かに下がる。
その瞬間、レオルドが鋭い目を巨竜に向ける。
「……曾お祖父様」
小さく呟く。
その声音には、さっきまでの軽さは一切なかった。
「今度は私が終わらせます」
緑の闘気が、爆発した。




