第114話「最高傑作」
夜の帝都。
各地で暴れていた魔人たちは、少しずつ数を減らし始めていた。
本来なら、こうはならないはずだった。
隔離施設から解き放たれた魔人化騎士。
騎士団内部へ広がっていた瘴気。
帝国を内側から壊すための、周到な仕込み。
騎士団だけなら、もっと上手くいっていた。
混乱はさらに広がり、帝都は崩れ、やがて国ごと沈む。
その筋書きだった。
だが、現実は違う。
緑の閃光が、魔人の核を次々と断ち切っていく。
漆黒の焔が、騎士たちを救いながら戦場の流れを押し返していく。
「……忌々しいですね」
薄暗い路地の奥で、ガレスは帝都の空を見上げていた。
遠くで緑の光が走る。
別方向では黒炎が爆ぜる。
レグナ王国最強のハンター、レオルド・フォン・アルヴェイン。
そして、正体不明のハンター、マスクドブレイブ。
この二人の介入で、流れが完全に向こうへ傾いた。
騎士団は崩れなかった。
それどころか、核の情報まで渡ったことで立て直し始めている。
帝国を内部から壊す作戦が、水の泡になろうとしていた。
「まさかとは思い、こちらまで来てみましたが……」
不意に、背後から声がした。
ガレスが振り向く。
そこに立っていたのは、白衣の男だった。
青白い顔。
細い身体。
底の見えない瞳。
蛇架第四席メルキオ。
「やはり、目障りな二人ですね」
メルキオは淡々と、遠くの黒炎を眺めていた。
「マスクドブレイブは捕らえるつもりでしたが……こうなっては仕方ありません。ここで消さねばなりませんね」
ガレスは慌てて頭を下げた。
「メ、メルキオ様……!」
声がわずかに震える。
「もっ、申し訳ございません。研究施設を嗅ぎ付けられ、資料まで持ち出されてしまいました」
帝都壊滅作戦は失敗した。
言い訳など出来ない。
だが――
「いえ」
メルキオは静かに首を横へ振った。
「イレギュラーが紛れ込んでしまいましたからね」
その視線は遠くの戦場へ向いている。
黒焔。
緑の閃光。
本来この場にいるはずのない存在。
「貴方の責任ではありません……まあ、研究内容が露見したのは少々残念ですが、いずれ知ることになる話ですしね」
ガレスは目を見開いた。
そして僅かに安堵する。
「メルキオ様……」
「むしろ、よくやってくれました」
メルキオは穏やかに微笑んだ。
その笑みは上司が部下へ向けるものではない。
研究者が優秀な実験結果を前にした時の笑みだった。
「ですから、最後にもう一つだけ仕事をお願いしましょう」
「は、はい!」
ガレスは即座に頷いた。
第四席直々の命令だ。
断る理由などない。
メルキオはゆっくりと一歩近づく。
「貴方には、最高傑作の糧になって頂きます」
「……え?」
意味が分からなかった。
次の瞬間だった。
メルキオの手が、ガレスの胸へ沈んだ。
「……は?」
鈍い音。
白衣の袖が、一瞬で赤く染まる。
ガレスの口から血が溢れた。
「がっ……な、一体……」
メルキオは無表情のまま、胸の奥へ手を差し込んでいた。
そして。
何かを、無理やり引き抜く。
赤黒く脈打つ魔石。
ガレスの核だった。
「ぐ……あ……っ」
ガレスの身体が痙攣する。
メルキオはその核を、興味深そうに見つめた。
「良い反応です」
静かな声だった。
「やはり第十席まで育てた個体は質が違いますね」
ガレスは膝をつき、血を吐く。
理解が追いつかない。
なぜ。
どうして。
メルキオ様――
「メル……キオ、さま……」
「ご苦労様でした」
その言葉だけを残し、メルキオは踵を返す。
ガレスはその場へ崩れ落ちた。
血が石畳を濡らしていく。
メルキオはもう振り返らない。
彼にとってガレスは、幹部ですらなかった。
ただの素材。
それ以上でも、それ以下でもない。
*
その頃。
帝都の大通りでは、ようやく戦況が落ち着き始めていた。
「胸だ!! 核を狙え!!」
「三人で抑えろ!!」
「一般人を前へ出すな!!」
騎士たちの怒声が飛ぶ。
最初は一体の魔人に対して何人も吹き飛ばされていた。
だが今は違う。
各団長がそれぞれの場所で的確に指揮を取る。
ヴォルクハルトの大剣が魔人を薙ぎ払い、
グレゴールの重撃が足を止め、
ライナーは核を狙う指示を飛ばし、
イルゼの魔法が退路を断ち、
ベルグが笑いながら正面から叩き伏せる。
副団長たちもまた隊を立て直し、騎士たちへ指示を飛ばしていた。
そして。
緑の閃光が、次々と魔人の胸を断つ。
レオルドだった。
「次です」
一体。
また一体。
正確無比に核だけを破壊していく。
その動きに合わせて、第三の騎士たちも戦い方を変えていた。
別の通りでは、黒炎が夜を染める。
「遅い」
ユウヤの拳が魔人の胸を穿つ。
核が砕け、巨体が崩れる。
周囲の騎士たちが息を呑む。
「今だ!!」
「抑えろ!!」
「核を壊せ!!」
ユウヤは騎士たちを助けながら、次の戦場、また次の戦場へと駆けていく。
団長たちの奮戦。
副団長たちの指揮。
そして、ようやく対処法を掴んだ騎士たち。
少しずつ。
だが確実に。
帝都の混乱は鎮静化へ向かっていた。
*
広場に転がる魔人を見下ろしながら、ユウヤは小さく息を吐いた。
黒焔が、ゆっくりと足元で揺れる。
「……ひとまず、この舞台は幕引きが近いようだな」
周囲では騎士たちが負傷者を運び、残る魔人を警戒していた。
第五の連中まで、珍しく真面目に動いている。
その時だった。
「……本当に、どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのですか」
聞き覚えのある声。
ユウヤの目つきが変わる。
広場の奥。
瓦礫と煙の向こうから、白衣の男がゆっくり現れる。
メルキオだった。
「やはり貴様か……!」
黒焔が、わずかに強く揺れる。
「レグナでの借り、ここで返してやる」
メルキオは感情のない顔で、しかしどこか楽しむように目を細めた。
「残念ですが、あなたもここまでです」
その声音には、妙な確信があった。
「私の最高傑作をお見せしましょう」
メルキオは空を見上げ、独り言のように呟く。
「……国どころか、世界が滅ぶ可能性すらありますが……まあ、構いません」
次の瞬間だった。
上空が、不意に暗くなる。
ユウヤが目を細める。
騎士たちも、思わず空を見上げた。
何かが落ちてくる。
巨大な影。
空気が唸り、夜風が押し潰される。
ただ大きいだけではない。
圧そのものが、空から降ってくる。
地上の騎士たちが息を呑み、足を止めた。
ユウヤの黒焔が、夜風の中で大きく揺れる。
「……何だ、あれは」
空を覆うほどの巨大な影が、まっすぐ広場へ落ちてきていた。




