第113話「漆黒勇装」
「はい、三番テーブルに料理二つ! あと酒追加ね!」
「何で俺がこんなことを……!」
ミレナの声に急かされながら、ユウヤは不機嫌そのものの顔で皿を運んでいた。
店内は相変わらず騒がしい。
演習中止で暇を持て余した騎士や、常連の商人たちで席はほとんど埋まっていた。
「おい兄ちゃん、酒こぼすなよ!」
「うるせえ、だったら自分で取りに来い」
「愛想悪っ!」
「元々だ」
配膳。
皿下げ。
酒運び。
第五の見習いに引き続き、ここでも馬車馬のように働かされている。
その時だった。
腰のベルトが、乾いた音を鳴らした。
カン。
ユウヤの動きが止まる。
『緊急クエスト発生』
『魔人化した騎士団が暴れている』
『騎士達と協力し、魔人の暴走を止めよ』
『報酬:ヒーローポイント10』
「……はぁ?」
次の瞬間、酒場の外から悲鳴が響いた。
「うわあああっ!!」
「化け物だ!!」
「騎士を呼べ!!」
さらに、遠くで警鐘が鳴る。
一回や二回ではない。帝都のあちこちで同時に鳴っていた。
アルヴェルトが顔を上げる。
ミレナも手を止めた。
「今のは、まさか……」
ユウヤは盆を近くの机へ乱暴に置いた。
「こらっ! 雑に扱うんじゃないわよ!」
「知るか!」
エプロンを引き剥がすように外し、そのまま扉へ向かう。
ミレナが叫ぶ。
「ちょっとアンタ! どこ行くの!」
「仕事だよ!」
「あんた仕事してんの!?」
「騎士だ!! ばかやろう!!」
そのまま店を飛び出した。
*
夜の帝都は、すでに混乱に飲まれ始めていた。
通りを走る市民。
避難を叫ぶ騎士。
遠くで上がる火の手。
建物の屋根を飛び越える黒い影。
一ヶ所ではない。
東も、西も、南も。
帝都の各地点で同時に魔人が暴れ回っている。
「ふざけんなよ……こっちは、まだ飯にありついてねえってのに……」
ユウヤは舌打ちした。
隔離施設から漏れた連中だけではない。
昨日まで普通の騎士だった者たちが、ほぼ同時に各地で暴走している。
あまりに出来すぎていた。
その時、通りを駆け抜ける伝令騎士の声が響いた。
「総長命令! 第一から第五、混成小隊を編成! 各区画へ散開しろ!!」
「団長、副団長はそれぞれ担当地点へ急行!!」
ヴォルクハルトの対応は速かった。
帝都全域を守るには、騎士団ごとの縄張り意識など捨てるしかない。
演習でやったように第一から第五までを混ぜ、即席の制圧部隊として各所にばら撒く。
「……さすがだな。仕事が早ぇ」
だが、それでも足りていない。
ユウヤの目の前、交差路の先では、三人の騎士が一体の魔人に押し込まれていた。
元は第二か第三の騎士だったのだろう。
膨れ上がった両腕。
胸の奥で赤黒く脈打つ核。
剣を受けても怯まず、そのまま体当たりで騎士をまとめて吹き飛ばす。
「ぐっ!!」
「もう、駄目だ……止まらん……!」
その魔人が、倒れた騎士の一人へ腕を振り上げた。
「おい!! 待て!!」
一瞬、魔人がこちらを向く。
『観測されました』
ユウヤは短く息を吐く。
「変身」
轟ッ――!!
黒炎が夜を裂いて噴き上がった。
黒一色の装束。
翻るコート。
顔の半分を覆う黒い眼帯。
魔人の腕が振り下ろされるより早く、ユウヤはその懐へ踏み込んでいた。
「漆黒ブレイブキック」
黒焔を纏った蹴りが、魔人の胴へ突き刺さる。
轟音。
魔人の身体が大きくくの字に折れ、そのまま石畳を削りながら壁へ激突した。
騎士たちが目を見開く。
「なっ……」
「今のは……!?」
ユウヤはゆっくりと立ち上がり、右手を前へ突き出し、左手を顔の前へ掲げた。
「フッ……この混沌にてなお、我が降臨に立ち会えるとは。運命に感謝するがいい」
黒焔が夜風の中で渦を巻く。
「我は漆黒の奈落を統べる、終焉の代行者……!」
「禁じられし黒焔の封印を解き、滅びの摂理すら捻じ曲げよう!」
「恐れるがいい、汝らの運命は既に我が掌の上だ!」
「我が名は、漆黒勇装・マスクドブレイブ!!」
カン。
『名乗り成功』
『身体能力強化:27倍(基礎)』
『名乗りボーナス:32倍(加算)』
『合計:身体能力強化 59倍』
次の瞬間。
交差路の反対側で戦っていた第五騎士団の連中が、一斉に顔を上げた。
「「ボス!!」」
ユウヤの眉がぴくりと引きつる。
「黙れ、眷属ども。歓喜に酔うにはまだ早い」
第五の騎士たちが一瞬きょとんとする。
だが、すぐに顔を輝かせた。
「やっぱボスだ!!」
「今日も絶好調だ!!」
「喧しいぞ、眷属ども! まずはこの混沌を鎮めよ」
そこへ、先ほど吹き飛ばした魔人が瓦礫を跳ね飛ばして起き上がった。
胸の核がぎらつく。
「ぐるぁぁぁ!!」
魔人が突進してくる。
ユウヤはコートを翻し、半歩だけ前へ出た。
「無様だな。貴様は既に終わっている」
拳が振り下ろされる。
ユウヤは身を捻ってそれを外し、肘を胸部へ叩き込んだ。
硬い感触。
核だ。
「その赤黒き核こそ、貴様を縛る檻」
さらに黒焔を纏わせた拳を、真っ直ぐそこへ突き立てる。
「砕け散るがいい」
鈍い音。
魔人の胸が内側から弾け、核が砕ける。
身体が大きく痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
完全に殺したわけではない。
だが、魔人化は止まった。
騎士の一人が息を呑む。
「た、倒したのか……?」
ユウヤは振り返りもせず言い放つ。
「心臓ではない。胸部の核を穿て。そこが崩壊の起点だ」
「か、核……!」
「治療は貴様らに任せる。我は次の救援へ向かう」
その時、別の通りから怒号が上がった。
「押し返せ!!」
「核を狙え!!」
「一般人を下がらせろ!!」
さらに遠方では、巨大な氷槍が夜空を裂いていた。
別方向では、大剣の一閃が建物越しに魔人を吹き飛ばす。
また別の地点では、見覚えのある緑の光が連続して明滅している。
団長たちも動いている。
ヴォルクハルト。
グレゴール。
ライナー。
イルゼ。
ベルグ。
帝都の各地点で、それぞれが魔人を抑え込んでいるのだろう。
「ボス!! こっちもヤベえです!!」
見ると、第五の騎士が二人がかりで別の魔人を抑えていた。
だが押し負けている。
その向こうでは、第四の魔法騎士が魔法陣を展開しながら後退し、さらに奥では第一の騎士が市民を下がらせていた。
混成小隊だ。
もうそこかしこで、騎士たちが持ち場に散っている。
新たな魔人が、屋根を蹴って飛び込んできた。
「ちっ……次から次へと!」
だが、その舌打ちは一瞬で黒い昂揚へ呑まれる。
「よかろう。ならば、我が黒焔にて道を示してやる」
ユウヤは足元へ黒焔を走らせた。
蛇のようにうねった炎が魔人の足へ絡みつき、その動きを止める。
そこへ一気に踏み込む。
「遅い」
拳。
膝。
回し蹴り。
黒焔が爆ぜる度に、魔人の身体が吹き飛ぶ。
「す、すげえ……!」
「さすが俺たちのボスだ……!」
「騒ぐな。戦え。貴様らが立たねば、この街は守れん」
その声に、騎士たちの表情が引き締まる。
「……はい!」
「抑えろ、今なら行ける!!」
さっきまで押されていた連中が、少しずつ立て直していく。
一体に対して三人。
四人。
数で押し、隙を作り、胸を狙う。
まだ完全な反撃ではない。
だが、流れは変わり始めていた。
ユウヤは息を吐きながら、通りの先を睨む。
帝都の混乱はまだ収まっていない。
だが、騎士たちも完全に崩れたわけじゃない。
「そうだ……抗え。汝らの矜持を見せてみろ」
その時だった。
さらに遠くの空で、赤い信号弾が上がった。
別地点で、また大きな戦闘が起きている。
ユウヤは黒焔をまとい直し、地面を蹴った。
「まだ終幕には早いか」
漆黒のコートが夜風を裂く。
「ならば次の舞台へ向かおう。今宵、滅びを与えるのは我が役目だ」
黒炎を引きずるように、漆黒のヒーローが夜の帝都を駆けていく。
その背を、第五の騎士たちが必死に追った。




