第112話「帰り道」
暗くなってきた頃。
帝都の大通りは、まだ人通りが多かった。
買い物を終えた帰り道。
レオルドは両手いっぱいに荷物を抱えながら、カレンの少し後ろを歩いていた。
「いやー、助かったわー。やっぱ男手あると全然違うね」
カレンが軽い足取りで振り返る。
レオルドは真面目な顔で頷いた。
「それは何よりです」
「レオルドくん、荷物持ち向いてるじゃん」
「そうでしょうか」
「うん。顔いいし、真面目だし、言えばちゃんと持ってくれるし」
「……?」
レオルドは少しだけ首を傾げた。
褒められているのは何となく分かる。
だが、どこを褒められているのかはよく分からない。
カレンはそんな反応を見て、くすっと笑った。
「そういうとこ、ほんと可愛いよね」
「かわ……?」
レオルドは言葉の意味を考えかけて、やめた。
深く考えても分からないからだ。
代わりに、真面目に前を向く。
「では、家までお送りします」
カレンが目を丸くする。
「え、マジで?」
「もう暗くなってきました。荷物もありますし、最近は帝都も物騒ですから」
「真面目すぎでしょ」
カレンは笑いながらも、少しだけ嬉しそうだった。
「じゃあお願いしよっかな」
「お任せください」
そのまま二人は路地へ入る。
表通りより少し静かだ。
だが、まだ完全に日が落ちたわけではない。
人の姿もちらほら見える。
その時だった。
「見つけたぞぉ……レオン」
低く濁った声。
レオルドの足が止まる。
路地の奥。
建物の陰から、ひとりの男がゆっくり姿を現した。
ボロボロの騎士服。
膨れ上がった右腕。
皮膚に浮いた紫色の血管。
赤く濁った目。
だが、その顔には見覚えがあった。
第三騎士団。
訓練場で見た男だ。
レオルドは真顔で首を振る。
「レオンではありません。レオルドです」
沈黙。
カレンが「そこなの!?」と言いたげな顔をした。
男は額をひくつかせ、低く唸った。
「うるせぇ……! 見習いのくせに俺をコケにしやがってぇ……!」
次の瞬間。
男が地面を蹴った。
速い。
魔人化による膂力任せの踏み込み。
だが軌道は荒い。
レオルドは荷物を静かに地面へ置き、腰の剣を抜いた。
振り下ろされた拳を剣の腹で横へ流す。
すれ違い際に切りつける。
致命傷は避ける。
さらに向かってきた所を、そのまま足を払って体勢を崩す。
だが――
「っ……!」
背後から別の気配。
建物の陰から飛び出した二体目の魔人が、脇腹へ蹴りをめり込ませた。
轟音。
レオルドの身体が横へ吹き飛ぶ。
石壁へ叩きつけられ、路地にひびが走った。
「レオルドくん!!」
カレンの声が響く。
レオルドは壁から身体を離し、着地する。
衝撃は逃したが、痛みはある。
だが致命傷ではない。
それより問題なのは、一体ではなかったことだ。
「ぉ……ぉお……」
「ぎ……あ……」
「見つけたぞぉ……!」
別の路地。
建物の陰。
屋根の上。
何人もの異形が、ゆっくりとこちらへ集まり始めていた。
レオルドは目を細める。
「……やはり、私、嫌われていたのでしょうか……」
「今それ言ってる場合!?」
カレンの声が裏返る。
レオルドは剣を握り直した。
だが、闘気も魔法も使えない。
ここで本気を出せば、周囲の人間まで巻き込んでしまう。
「カレンさん」
レオルドは短く言った。
「ここから離れてください」
「で、でも……!」
「早く」
真顔だった。
だからこそ、逆に不安になる顔だった。
次の瞬間。
三体同時に飛びかかってくる。
レオルドは一体の腕を剣の腹で逸らし、二体目の喉元へ柄を叩き込む。
さらに身を沈め、三体目の爪のような一撃をかわす。
しかし数が多い。
今度は横から一体。
背後から二体。
前方の男は、まだ立ち上がっていた。
「……多いですね……」
レオルドは小さく息を吐く。
遠くでも悲鳴が上がった。
爆ぜる音。
建物の崩れる音。
帝都のあちこちで、同時に何かが起きている。
一体だけではない。
魔人化した騎士たちは、各地で暴れているのだ。
そこへ、別方向から怒声が飛んだ。
「市民を下がらせろ!!」
「魔人を近づけるな!!」
騎士たちだった。
混乱を聞きつけて、帝都の各所から出動してきたのだろう。
だが状況は悪い。
魔人一体一体が、普通の騎士より明らかに強い。
二人がかりでも押し負けている。
吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられる騎士までいた。
「ぐあっ!」
「だ、駄目だ……強すぎる……!」
レオルドは周囲を見渡す。
街中が、少しずつ戦場へ変わっていく。
その時、聞き覚えのある声が響いた。
「胸を狙え!!」
第三騎士団長ライナーだった。
第三騎士団の騎士たちを率いながら、別の魔人と激しく斬り結んでいる。
「第一騎士団から情報が来た!」
ライナーが叫ぶ。
「魔人の胸部に核がある!」
「核を破壊しろ!!」
周囲の騎士たちが目を見開く。
「核!?」
「本当なんですか!?」
「今は信じろ!!」
ライナーは怒鳴った。
「戻せる可能性がある!!」
レオルドの目が少し開く。
「……そうでした」
一拍。
そして真顔で頷いた。
「核を狙うんでしたね!」
今さらになってユウヤが言っていたのを思い出した。
その瞬間だった。
建物の上から別の魔人が飛び降りてきた。
真下にいたのは――カレンだった。
「えっ……!?」
さらに、先ほどの戦いでひびが入っていた壁が限界を迎える。
大量の瓦礫が、一気に落ちた。
レオルドの目つきが変わる。
上を見て、カレンは死を覚悟した。
次の瞬間。
緑の闘気が爆ぜた。
「――っ!?」
空気が裂ける。
レオルドの姿が消えた。
いや、速すぎて見えなかった。
一瞬後。
カレンのいた場所へ瓦礫が降り注ぐ。
だが、その直前にレオルドは彼女の身体を抱き上げ、通りの反対側まで駆け抜けていた。
遅れて轟音。
さっきまでいた場所へ、大量の瓦礫が崩れ落ちる。
カレンは、レオルドの腕の中にいた。
いわゆる、お姫様抱っこだった。
「……え」
目の前にあるのは整った横顔。
風に揺れる金髪。
緑の闘気の残光。
カレンの顔が一気に赤くなる。
レオルドはそんな彼女を見下ろし、真面目に首を傾げた。
「顔が赤いですね……」
「えっ」
「もしや瘴気で体調が悪くなっているのでは……!?」
「は!? ち、違うし!!」
レオルドは真剣な顔で頷いた。
「それならよかったです……ですが、安全な場所まで下がってください」
そこでようやく、カレンも状況を思い出した。
周囲ではまだ悲鳴が上がっている。
騎士たちが戦っている。
魔人は減るどころか、さらに増えているようにすら見えた。
レオルドは彼女をそっと下ろす。
そして剣を握り直した。
もう、騎士団の呼び掛けによって一般人はほとんどいない。
緑の光が、薄くその身を包む。
「さて……」
レオルドは周囲を見渡した。
魔人。
騎士。
悲鳴。
そして真面目な顔で頷く。
「騎士としての初仕事ですね」
次の瞬間。
緑の閃光が夜の帝都を駆けていた。




