第109話「魔王因子」
「では、処理してください」
ガレスはまるで荷物の片付けを頼むように、背後の護衛たちへ視線を向けた。
それだけで、空気が変わった。
護衛たちが無言で剣を抜く。
奥で呻いていた異形たちも、ゆっくりと身体を起こした。
紫色に濁った瘴気が床を這い、地下室の空気を重くしていく。
ユウヤは小さく息を吐いた。
「はぁ……せっかくここまで潜ったってのによ」
本当なら、もう少し情報を拾いたかった。
薬の流通経路。
国との繋がり。
ここに運ばれてくる人間の数。
だが、見つかった以上は仕方ない。
ユウヤは右手を腰へ置く。
「変身」
次の瞬間、黒炎が噴き上がった。
轟ッ――!!
黒一色の装束。
翻るコート。
顔の半分を覆う黒い眼帯。
檻の中で震えていた者たちが息を呑み、剣を構えていた護衛たちですら、思わず足を止めた。
その瞬間、ガレスの営業用の笑みが初めて固まった。
「……は?」
数秒、完全に思考が止まったようだった。
やがてガレスは、黒い装甲を見つめたまま乾いた声を漏らす。
「まさか……マスクドブレイブ」
ユウヤはゆっくりと右手を前へ突き出し、左手を顔の前へ掲げた。
「ほう……我が名を知っているか……そう、我は漆黒の奈落を統べる、終焉の代行者……!」
黒焔が地下室の壁を照らす。
「禁じられし黒焔の封印を解き、滅びの摂理すら捻じ曲げよう!恐れるがいい、汝らの運命は既に我が掌の上だ!我が名は、漆黒勇装・マスクドブレイブ!!」
『名乗り成功』
『身体能力強化:27倍(基礎)』
『名乗りボーナス:32倍(加算)』
『合計:身体能力強化 59倍』
地下室に、黒焔が渦を巻いた。
ガレスは額へ手を当て、深くため息を吐いた。
「……第九席撃破の報告は共有されていますので」
その声には、さっきまでの余裕が少しだけ薄れていた。
「帝国に潜んでいる可能性があるとは聞いていましたが……まさか、帝国騎士に紛れ込んでいるとは」
「貴様らの目が節穴だっただけだ」
「いやぁ……これは思った以上に大問題です」
ガレスの顔から余裕は消えていた。
だが、その目だけはまだ諦めていない。
「ですが、あなたほどの力があるなら理解できるはずです。人間の限界というものを」
ガレスは地下室を見渡した。
檻の中で震える者。
床に転がる半魔人。
発狂し、呻き声だけを上げる実験体。
それらすべてを、商品棚の在庫でも見るような目で眺める。
「人間は弱い。恐怖に支配され、病に倒れ、老いて死ぬ。だから我々は選別する。適応できた者だけが生き残り、魔人だけが次の時代へ進む」
ユウヤは黙って聞いていた。
そして、鼻で笑う。
「くだらんな」
「……」
「弱者を踏みつけて出来る世界など、掃き溜め以下だ。貴様らの理想に価値など無い」
ガレスは肩を竦めた。
「残念です。交渉の余地はありませんか」
「最初からない」
「そうですか……」
ガレスは小さく息を吐き、もう一度だけ護衛たちへ視線を向けた。
「では、本当に処理してください」
護衛たちが飛び出した。
異形たちも吠える。
「ギァァァァアア!!」
その声が地下室に響いた瞬間、ユウヤの足元から黒焔が走った。
炎は床を這い、蛇のようにうねりながら護衛と異形へ絡みつく。
「――ッ!?」
護衛の一人が慌てて身を引いた。
だが遅い。
黒焔は剣を伝い、腕へ絡み、鎧の隙間から身体を焼いた。
「ぎゃああああっ!!」
異形もまた、黒い炎に包まれる。
暴れ回り、壁へ身体を叩きつけ、床を転がる。
それでも炎は消えなかった。
普通の炎ではない。
水を浴びても、床を転がっても、肉を焼きながら燃え続ける。
護衛の一人が水魔法を放った。
だが、黒焔は水ごと燃やした。
「なっ……!?」
絶句する護衛の懐へ、ユウヤが踏み込む。
「……漆黒ブレイブパンチ」
拳が腹へめり込んだ。
護衛の身体がくの字に折れ、黒い炎が身を包みそのまま後方へ吹き飛ぶ。
さらに背後から斬りかかってきた別の護衛の剣を、ユウヤは素手で掴んだ。
黒焔が剣へ伝い、金属ごと赤黒く焼け落ちる。
「足掻いても無駄だ」
ユウヤの声が低く響く。
「我の黒焔は消すことはできない」
異形が突進してくる。
元は騎士だったのだろう。
理性を失っていても、踏み込みと拳の軌道には戦いの名残があった。
だが、それでも届かない。
ユウヤは身を沈めて拳をかわし、横腹へ蹴りを叩き込む。
黒焔が爆ぜ、異形の身体が壁へ叩きつけられる。
圧倒的だった。
ガレスはその光景を静かに見ていた。
そして、僅かに笑みを引き攣らせる。
「……なるほど。第九席が敗北したのも納得です」
ユウヤはゆっくりとガレスへ視線を向けた。
「次は貴様だ」
その瞬間、ガレスは懐から小さな魔導具を取り出した。
カチリ。
乾いた音が鳴る。
地下の奥で、低い唸りのような振動が響いた。
ユウヤの目が細まる。
「……何をした」
「証拠管理も仕事ですので」
ガレスは営業用の笑みを浮かべたまま、少しずつ後ろへ下がる。
「ここはあと一分で爆破します」
「は?」
ガレスは檻の中へ視線を向けた。
老人。
子供。
女。
まだ魔人化しきっていない者たち。
全員が、怯えた顔でこちらを見ている。
「あなたなら、簡単に私を倒せるでしょう」
ガレスの声は穏やかだった。
「ですが――」
その笑みが深くなる。
「あそこにいる人間達を、見捨てることができますか?」
数秒。
沈黙が落ちた。
ユウヤはガレスを見た。
次に、檻の中で震える人々を見た。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
ガレスは満足そうに笑った。
「やはり、そういう方ですか」
次の瞬間、ガレスが瓶を床へ叩きつけた。
紫煙が一気に広がる。
視界が塞がれた。
「では、また」
ガレスの気配が遠ざかっていく。
「逃げたか……!」
追えば届くかもしれない。
今なら、まだ間に合うかもしれない。
だが、その時。
「た、助けて……」
檻の中の子供が、震える声でそう言った。
直後、天井に亀裂が走る。
瓦礫が落ちた。
ユウヤはガレスを追うのを諦め、檻の方へ走った。
黒焔が鉄格子を焼き切る。
鎖が焼け落ちる。
「動ける奴は立て!」
老人たちが震えながら立ち上がる。
「走れ! 出口は上だ!」
地下が揺れる。
天井の亀裂が広がり、壁の一部が崩れた。
ユウヤは次々に檻を壊していく。
足が動かない女を抱え、倒れていた男を肩へ担ぎ、子供を出口の方へ押し出した。
「動ける者は、動けない者を連れて行け!」
老人の一人が必死に頷き、隣で震えていた子供の手を引いた。
その時、ユウヤの視界の端に棚が映る。
大量の資料。
実験記録。
投薬記録。
瘴気反応表。
「……全部は無理か」
ユウヤは舌打ちしながら、手当たり次第に紙束を掴み取った。
懐へ突っ込む。
さらに別の棚からも束を引き抜く。
轟音。
天井の一部が崩れ落ちた。
「くっ、時間切れか……」
ユウヤは黒焔で瓦礫を焼き払いながら、出口へ向かって駆けた。
背後で地下施設が崩れていく。
悲鳴。
崩落音。
爆発前の不気味な振動。
それら全部を背負いながら、ユウヤは最後の一人を抱えて階段を駆け上がった。
そして――
地上へ飛び出した直後。
轟音。
地下施設が爆発した。
集落の奥が大きく揺れ、炎が夜空を赤く染める。
熱風が背中を叩き、ユウヤは子供を抱えたまま地面を転がった。
助け出された人々は、呆然と燃え上がる建物を見つめていた。
誰も声を出せない。
ユウヤは荒い息を吐きながら、ゆっくり身体を起こした。
「くっ……逃がしたか……変身解除」
漆黒装備が消える。
だが、懐に押し込んだ資料は燃えていない。
それだけは、確かに残った。
ユウヤはその場へ腰を下ろし、急いで紙束を確認する。
『魔王因子適応実験』
その文字を見た瞬間、眉が動いた。
「魔王の……因子?」
さらに紙をめくる。
『闘気・魔力増幅効果を確認』
『長期投与による瘴気適応率上昇』
『騎士個体は核形成率が高い』
『完全魔人化後の戦闘力も高水準』
『投与開始から三十日前後で完全魔人化を確認』
ユウヤの顔色が変わる。
「一ヶ月……!?」
さらに別の資料。
『今代魔王由来サンプル』
『先代因子との反応率比較』
喉が乾く。
強化薬なんかじゃない。
「やっぱり、魔人化させる薬じゃねえか……!」
演習騒動。
薬の流通。
騎士団内部の暴走。
全部繋がった。
しかも。
「魔王が関係してんのか……?」
ただの違法薬物じゃない。
もっと根本的に危険な何かだ。
「一ヶ月ってことは、そろそろ本格的に魔人化が始まっちまう……!」
その瞬間。
カン。
『クエストクリア:強化薬の出処を調べよ』
『ヒーローポイント5を獲得』
『現在のヒーローポイント80』
『ブレイブドライバー・アップグレード解放可能』




