第106話「団長会議」
騎士総長室の隣にある大会議室には、重たい空気が流れていた。
長机の奥には、五人の団長が揃っている。
ヴォルクハルト。
グレゴール。
ライナー。
イルゼ。
ベルグ。
その全員の視線の先にいるのは、ユウヤとレオルドの二人だった。
特に、レオルドに向けられる視線が重い。
ベルグが腕を組みながら、にやりと笑う。
「いやぁ、驚いたぜ。まさか王国最強のハンター様だったとはなぁ」
グレゴールも険しい顔でレオルドを見ていた。
「……凄まじい闘気と剣速だった」
イルゼはじっと目を細める。
「王国の“緑の閃光”……レオルド・フォン・アルヴェイン」
レオルドは冷や汗を流した。
「い、いえ……私はレオンで――」
「なんでまだ誤魔化そうとしてんだよ!! さっきバレただろ」
ユウヤが即座に切り捨てる。
レオルドは静かに俯いた。
その横で、グレゴールの視線が今度はユウヤへ向く。
「……そちらも、ただ者じゃないな」
ベルグが待ってましたとばかりに声を上げた。
「教えてやろう! こいつは第五の新しいボス、ヒムロだ!!」
「誰がボスだ」
ユウヤは即座に顔をしかめた。
イルゼが小さく首を傾げる。
「ねえ……あの氷、君が出したのよね?」
ユウヤは少しだけ目を細める。
「……まあな」
「やっぱり」
イルゼの目つきが変わる。
「あれ、魔法じゃないわよね?」
空気が少し張る。
イルゼは淡々と続けた。
「魔法なら魔力の残滓がもっと濃く残る。でも、あの氷にはそれがほとんど無かった。しかも、あれだけの規模なのに、火炎魔法でもびくともしなかったわ」
ベルグまで頷く。
「確かにな。そりゃ、普通の魔法じゃねえ」
ユウヤは露骨に嫌そうな顔をした。
「面倒くせえな……」
その時だった。
ヴォルクハルトが低く口を開く。
「後にしろ」
一言で空気が止まる。
「今は、そんなことを話している状況ではない」
重い声だった。
演習場で暴走した騎士たち。
強化薬。
今優先すべきは、そこだ。
ヴォルクハルトは全員を見回した。
「この中で、団長自ら強化薬を使用したことがある者はいるか」
沈黙が落ちる。
やがて、ライナーがゆっくり手を上げた。
空気が変わる。
グレゴールが眉をひそめる。
「……ライナー」
第三騎士団長ライナーは、苦い顔で口を開いた。
「使ったことがある」
ベルグが目を細めた。
イルゼも黙って見ている。
ライナーは低く続ける。
「部下に使用者が増え始めた時点で、確認する必要があると思った。どんな薬なのか。本当に危険なのか。団長である私自身が把握しなければならなかった」
グレゴールが低く問う。
「それで?」
ライナーは拳を握る。
「最初は……効果の強い強化薬としか思えなかった。魔力も闘気も増える。身体も軽い。疲労すら薄れる」
ユウヤが眉をひそめた。
完全に“便利な薬”だ。
ライナーの声が重くなる。
「だが、一週間ほど使っていた頃からだ。身体の奥から、妙な力が湧き上がる感覚が出始めた」
会議室が静まり返る。
「気分が高揚する。力が溢れる。何でもできるような万能感に包まれる。だが同時に、少しずつ意識が濁っていく」
ベルグが顔をしかめた。
「……かなりヤバそうじゃねえか」
ライナーは苦々しく頷く。
「分かっていても、やめられなかった。飲まないと落ち着かない。身体が、あの感覚を求める」
イルゼも静かに目を伏せる。
「うちの隊でも似た症状が出ているわ……」
グレゴールが低く息を吐いた。
「第二もだ」
ヴォルクハルトだけが、変わらず冷静だった。
「第一では確認次第、徹底的に排除している」
ベルグが鼻を鳴らす。
「俺んとこにはいねえな。そんなもんに頼る奴は、第五にはいらねえ」
ユウヤが少しだけベルグを見る。
その言葉だけは、意外とまともだった。
だが、その空気を切るように、レオルドがおずおずと手を挙げた。
ユウヤが嫌な顔をする。
「……何だ」
「喋ってもいいですか?」
「……ろくなことじゃねえだろうな?」
レオルドはこほんと咳払いした。
「真面目な話です。あの気持ち悪い感じ、魔人や……レグナで針を刺されておかしくなった人達に、かなり似ていました」
会議室の空気が変わった。
ヴォルクハルトとベルグの目が細まる。
ユウヤも腕を組む。
「……やっぱり、そうだよな」
ヴォルクハルトが静かに頷いた。
「私も同じ感想だ。昔、魔人と戦った時に感じたものに酷似している」
グレゴールが眉をひそめる。
「……そこまで危険なのか」
イルゼも小さく息を吐いた。
「ただの強化薬、では済まないわね……」
ヴォルクハルトが静かに口を開く。
「……問題は、その薬がどこから流れているかだ」
ユウヤが即座に反応する。
「それだ」
視線がライナーへ向く。
ライナーは数秒黙った後、重く口を開いた。
「ヴァンデル商会だ」
ユウヤとレオルドの表情が変わる。
「……やっぱりか」
ライナーは続ける。
「週に一度、騎士団向けに卸しに来る商人がいる。騎士向けの特別品として、裏で広まっていた」
グレゴールが顔をしかめる。
「俺のところにも来ていたな」
イルゼも小さく頷いた。
「第四にも」
ヴォルクハルトの目が鋭くなる。
「次の販売日は」
ライナーが答える。
「明日だ」
その瞬間だった。
ユウヤの腰で、小さく音が鳴る。
カン。
『緊急クエスト発生』
『強化薬の出処を調べよ』
『このままでは帝国内で魔人化の危険が拡大します』
『報酬:ヒーローポイント5』
ユウヤの眉がぴくりと動く。
「ヴァンデル商会か……」




