第104話「ごまかせない」
氷の壁が戦場を断ち切り、暴走していた騎士たちの足を止めた。
地面は白く凍りつき、飛び交っていた魔法すら氷に閉じ込められている。
その中心で、漆黒の装いを纏ったユウヤは荒い息を吐いた。
「ふっ……他愛ない……」
口ではそう言った。
だが、さすがに身体が万全じゃない状態で使った真封印解除の反動は重い。
視界が揺れる。
足元も怪しい。
ユウヤはかろうじて立ったまま、戦場の向こうを見た。
「……後は、あやつに任せるか」
次の瞬間、黒い装いがほどけるように消えた。
変身が解ける。
「っ……!」
膝が折れかける。
だが、どうにか踏ん張った。
その時にはもう、別の風が戦場を駆けていた。
*
騎士団の魔法が凍りついている。
地面も。
暴走した騎士たちの足も。
武器を振り上げた姿勢のまま、動きを止められている者までいた。
レオルドはその光景を見て、素直に感心した。
「さすが我が友ですね」
本当に、とんでもない。
あの乱戦を、一瞬にして止めてしまった。
「私も負けていられません」
レオルドは木剣を握り直した。
その瞬間、緑の闘気が溢れた。
風が巻く。
ただの追い風ではない。
鋭く、研ぎ澄まされた風だ。
次の瞬間には、レオルドの姿が消えていた。
「――っ!?」
まだ凍結を逃れ、暴れようとしていた第二の騎士の懐へ一瞬で潜り込む。
首筋へ一撃。
騎士は声も上げられず、その場に崩れ落ちた。
間髪入れず、別方向へ。
詠唱しかけていた第四の魔法騎士の手首を打ち、杖を弾き飛ばす。
返す手で鳩尾へ一撃。
魔法騎士もまた、白目を剥いて沈む。
さらに前へ。
木剣を振り回していた第三の騎士の足元を風で払う。
体勢を崩したところへ肩を打ち、意識を刈り取る。
速い。
あまりにも速い。
ベルグも、グレゴールも、周囲の騎士たちも、一瞬何が起こっているのか理解できなかった。
緑の閃光だけが戦場を横切っていく。
暴走者が一人。
二人。
三人。
次々に地面へ倒れていく。
「おいおいおい……何者だあいつ……」
誰かが呟く。
レオルドは構わず進んだ。
風魔法で足を絡め取る。
木剣で手首を打つ。
鳩尾を狙い、顎を跳ね、首筋へ打撃を入れる。
殺さない。
だが、確実に沈める。
氷と風。
そして、圧倒的な身体能力。
それだけで、乱戦の残火は急速に消えていった。
やがて最後の一人が倒れた時、レオルドは小さく息を吐いた。
「これで完璧です。我ながらいい仕事をしました」
満足して周囲を見回す。
そこで、気づいた。
残っていた騎士たちの視線が、全部自分へ向いている。
ベルグ。
グレゴール。
ヴォルクハルト。
まともな騎士たち全員が、言葉を失った顔でこちらを見ていた。
レオルドは少しだけ首を傾げる。
「……もしかすると、この状況は不味いかもしれません……」
どう考えても不味かった。
*
大規模演習は、その場で完全に中止になった。
その直後、ユウヤの腰で小さく音が鳴る。
カン。
『クエストクリア:暴走した騎士達を止めろ』
『ヒーローポイント15を獲得』
『現在のヒーローポイント75』
「あと5ポイントか……」
ユウヤは小さく呟く。
ブレイブドライバーのアップグレード条件まで、残りわずかだった。
怪我人は多数出た。
骨折、打撲、火傷、裂傷。
担架がいくつも運ばれ、急遽集められた治癒魔術師の治癒魔法が飛び交い、怒号と呻き声が演習場に満ちる。
だが――あの悲惨な状況にもかかわらず、奇跡的に死者は出なかった。
ヴォルクハルトの初動。
ベルグとグレゴールの制圧。
そして、ユウヤとレオルドの介入。
そのどれが欠けても、もっと酷いことになっていただろう。
後処理が終わる頃には、日はかなり傾いていた。
そして案の定。
ユウヤとレオルドは、ヴォルクハルトに呼び出された。
*
騎士総長室。
重苦しい空気の中、ユウヤとレオルドは並んで立っていた。
ユウヤは腕を組み、露骨に面倒くさそうな顔をしている。
レオルドは背筋を伸ばしていたが、どこか落ち着かない。
正面では、ヴォルクハルトが椅子に座ったまま二人を見ていた。
しばしの沈黙。
やがて、低い声が落ちる。
「では聞こうか」
その一言だけで、部屋の空気がさらに重くなった。
「なぜ、王国最強とパルマの英雄が帝国騎士団にいるのかを」
レオルドの肩がびくりと跳ねた。
「な……ち、違います! 私はレオンです! ですよね、ユウヤ!」
必死だった。
ただ必死だった。
ユウヤの名前を出してしまうほどに。
ユウヤはレオルドの方を見て、深いため息をつく。
「はぁ……思い切り俺の名前呼んでんじゃねえか……」
そこで観念したように頭を掻いた。
「ちなみに、何で分かったんだ?」
「ゆっ、ユウヤ!?」
レオルドの悲鳴に近い声が響く。
ヴォルクハルトは表情を変えない。
「試験官を倒したという見習いがいると聞いた時点で、身元調査を入れていた。そして、今日の演習で緑の闘気を見た瞬間に確信した。この世界であの力を振るえる男は一人しかいない」
レオルドは顔を引きつらせた。
ヴォルクハルトは続ける。
「先程、ハンターギルドからの報告も届いた。王国で指名手配されているハンターが二人、帝国へ国外逃亡したとな」
机の上の書類へ、視線を落とす。
「Sランクハンター、レオルド・フォン・アルヴェイン。Bランクハンター、マスクド・ブレイブ」
ユウヤがぴくりと眉を動かした。
「ユウヤだ……。なるほどな。完全にバレちまってるわけか……」
そういうことだ、とヴォルクハルトは頷いた。
そして、二人をまっすぐ見据える。
「それで、なぜ貴様らは我が騎士団に入り込んでいる? 王国で指名手配を受けていることから、王国の差し金とも思えん」
部屋が静まり返る。
レオルドは助けを求めるようにユウヤを見る。
ユウヤは面倒くさそうに目を細めた。
もう、ごまかせる段階ではなかった。




